複雑・ファジー小説

Re: 鎖解時 第四話更新中 −参照100突破感謝です− ( No.25 )
日時: 2011/12/09 20:43
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: FQzo10Uq)

番外編。
キャラクタの過去編他。

尊side.

『涙なんかもう捨てた』

 あの時自分に「力」と呼べるものが存在していただろうか。
 あの日自分に「力」というものを感じる事ができただろうか。

 初めて自分の非力さを怨んだ。子供だから仕方がない、立ち向かっただけ偉いじゃないか。哀れみと同情しか含まないその言葉に何かを思う価値なんか存在したのだろうか。
 自分の存在価値が一瞬にしてなくなったとき、何を力にしたのだろう。十数年前の出来事でさえ、思い出す事が不可能になっている。思い出そうとすればするほど、何を考えているのか、何を思い出そうとするのか、誰が自分に話しかけたのか、そんな事まで解らなくなる。脳に記憶されているはずの映像も、フィルターが掛かっているとでも言うべきか、すりガラス越しに見た映像のようにピンボケしていた。

 あの日あの時の映像以外は全て見えなくなっていた。

*

 ——あの日は喜びが溢れていた。

 気分がよく、スキップをしていた帰り道。生憎天気は気分が最悪のようで、空から涙をこぼしていた。無数の涙は舗装されていない道に吸い込まれ、大きな泥沼を作っていた。大人が歩いても、子供が歩いても足を取られてしまうほどグチャグチャになっている道の上を少年は一人、スキップをしながら渡っていた。足を下ろす度にバチャ、と水がはねる音、足を引き抜くたびにグチュ、と泥が足裏に吸い付く音が繰り返し続いていた。少年はそんなこと気にする事も鳴くスキップを続ける。足がどんなに汚れても、服がどんなに汚れても少年は一切を気にする事はなかった。
 少年が走っているのは雨音が響き、止まる事を知らない、といわれている街であった。何時からかこの土地一帯は年間降水量が1000ℓ以上を超える地域になっていた。雨が降っている間、町民は誰一人として家から出ない。偶に太陽が垣間見えたときのみ家から出る。他の町民からしてみれば、土砂降りの日に外を出歩くなど言語道断。有り得ない事であった。少年も今までは他の町民と同じ考えを持っていた。それでも出歩く必要があったのだ。隣町に越してきた母に会うために。

 もう何分外にいるだろう。体が冷え切っていることを感じながらも少年はスキップを続ける。途中走ったりもしていたが足が沈み走る事が困難と知り、スキップをし続けた。歩くよりは早く、走るより足を取られない、そんな点を利点だと少年は思っていた。
 早数十分経ったころ、ようやく景色が変わり始めた。背の高い木に囲まれた泥沼と化している道から、石畳で舗装され、住宅は煉瓦作りの家が立ち並んでいる。沢山立ち並ぶ住宅を前に、少年はポツリ呟いた。“必ず母を見つけ出す”と。