複雑・ファジー小説
- Re: 鎖解時 第四話更新中 −参照100突破感謝です− ( No.26 )
- 日時: 2011/12/15 21:34
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: FQzo10Uq)
先ほどから降り続く雨は、雨脚が少し強くなり始めてきていた。
石造りの大型マンションの窓からは暖かい光がこぼれているところが多かった。たったそれだけ、光が部屋に灯っているという事だけで少年は少し心を痛めた。自分が家に帰っても光は灯っていない、自分が家に帰っても出迎えてくれる人はいない。父は死別していて、兄弟は一人もいない。ただ、母親がこの町で暮らしている、それだけが今少年の生活の支え、心の支えとなっていた。
息をのむ。ゆっくりと一歩を踏み出す。
——雨が強くなってきたかも。少年は一歩前進し厚い雲に覆われた空を見上げる。少年が町に入ることを拒むかのようであった。
少年は雨脚の強くなってきた雨に臆する事無く着実に一歩一歩、歩を進めていた。服もズボンも靴も髪も肌までもが酷く濡れ、少年の身体にぴったりと張り付いていた。
そんな少年がやってきたのは、町の入り口から徒歩約二分程度の所に位置していた他の総合住宅より群を抜いて大きい石造りの大型マンションだった。大体五階建て程度が主流であったこの時代では、考えも着かなかった高さだ——七階建てというのは。たった二階分違うというだけでも、それは大きな存在感と威圧感を伴っていた。
ガチャリ。
青銅で作られていると想像できる、少し青みがかった金属の扉のをあける。少年は比較的静かに開けた心算ではあったのだが扉に装飾品として付けられていた扉と同じ金属であしらわれていた鎖が音を立ててゆれてしまった。
入って直ぐ、管理人室と思しき部屋を背の低い少年は背伸びをして覗く。中には一人、肌が黒い少し小太りな小母さんが眼鏡を掛けて書類の整理をしているところだった。
「あら坊や、どうしたの?」
先に口を開いたのは、小母さんのほうだった。
「僕の母さん……僕の、母親は此処で暮らしていますかっ!?」
まだ筋力が十二分にない少年の脚は、ぷるぷると限界が近いことを知らせる。それでも少年は小母さんと目を離そうとはせずにしっかりと背伸びをした状態を続けていた。
「坊や、お名前は何て言うの?
私も入居者全員の名前を覚えているって訳じゃないのよ。よく世間話をする人と、最近新しく入っていた子の名前なら直ぐ言えるんだけれど……」
『最近新しく入ってきた子』? 少年の目の色が極僅かにだが変化した。小母さんのいった『新しく入ってきた子』、この言葉だけが脳内をグルグル駆け回っていた。もしかしたら海棠茉里(かいどうまり)——七平茉里(ななひら)がいるかもしれないのだ。
「お、小母さんっ! 新しく入ってきた人の名前っ、僕に教えてっ!」
背伸びをすることが、身体に鞭を打たれるよりも辛くなってきている少年は、相手に聞く口調が少し早口で切羽詰っている風になっている事に気付けるはずがなかった。
「わかったわ。最近の新規入居者は三人いるのよ。順番に名前言っていくわね。
まず、一人目。安立優子、二十代半ばの女性ね。
二人目は、ビル・ターナー一家。一週間前に家族で引っ越してきた人たちよ。
最後の三人目……加納麻奈。
以上よ、坊や。お探しの方は……、その表情からすると居なかったのかしら」
小母さんがふふっと笑っていた事なんて、その時の自分は気付きもしなかっただろう。
母が容易に見つけられないという事は解っている。母を探す上で承知していた事である。
ただ、こんなところで思わぬ協力者が現れるとは思わなかった。
「なぁお前。人探ししてんのか? 俺にも手伝わせろよっ」
幼き海棠少年の目に移ったのは、日焼けをしている肌に銀髪のアクセント……。
未来の、海棠尊のよき理解者になる男だった。