複雑・ファジー小説

Re: Baroque《歪》 ( No.1 )
日時: 2011/12/05 20:32
名前: 耀李 (ID: K.HEaMnc)

「ふーん。お前、英雄ラグスと同じ国の生まれなのか?」
「……ああ」

 青年二人が隣り合い、お互いの話を聞いていた。それはほんの些細な話、お互いの生まれた国の話である。
 現在、レムストラ大陸全ての国で言語が統一されたので、お互い生まれが違くとも話は可能だ。茶髪の青年は此処カルドレアで生まれ育ったのに対し、青い髪の青年はルェッチェの生まれらしい。
 ルェッチェといえば、カルドレアと比べるとかなりの小国である。このレムストラ大陸の中心国家であるカルドレアと比較するのも酷な話だろうが。
 そんな田舎からわざわざ、と茶髪の青年は思った。それを言えば、カルドレアの英雄であるラグス=オルフェルも出身はルェッチェなのだが。

「ルェッチェの人って体が丈夫なのか? 俺、今朝の訓練でもうへとへとだぜ……」
「まだ午前中だ、午後も休み無しで訓練だと」
「マジかよ……さすがはカルドレア王宮の騎士訓練、親父に特訓受けてたときとはわけが違うな……」

 彼らはカルドレア王宮の騎士になるべく、志願した見習い騎士である。着ている鎧も真新しく、主を守るべく所持している剣の鞘にも、目新しい傷はついていなかった。
 ふと、二人の目線が重なった。その先には目立つ赤髪の女性がいる。身に纏う鎧には自分達の着ている物と同じ、一輪の花をモチーフにしたカルドレアの紋章が刻まれていた。
 この城にいる人間で、彼女の名前を知らぬ人はいないだろう。

「リーシア殿!」
「あら……志願兵の方かしら?」

 リーシア=アイルス、カルドレア軍の中で数少ない女性騎士の一人。素早い剣捌きにも注目が行くが、何よりも彼女の美貌が名が知れる秘密だろう。
 二人も一度だけ彼女の下で稽古を受けたが、厳しさの中にある優しさには惹かれる物があった。

「調子はどう?」
「はい、順調です!」

 先ほどとは打って変わって、茶髪の青年はリーシアの笑みに答えている。
 リーシアは彼から視線を移動させ、隣にいる青髪の青年を見た。腕甲に刻まれている我が国の紋章と、鎧の形状はまさしく見習い騎士達が使用する物である。だが、リーシアは感じていた。
 幾百という戦場を潜り抜けた、修羅のような気と瞳の輝きが、その青年にはあったのだ。

「っ……あな」

 た。最後の一言を言う前に、彼女は腹の激痛に気づいた。彼の顔から視線を落とし、自らの腹部を見る。全身を覆う鎧の僅かな隙間を掻い潜るように、一本の剣が刺さっていた。これはつい先日、見習いの騎士達に支給された剣だ。今ここには、見習いの騎士は二人しかいない。それに、ごく僅かな鎧の隙間に剣を通すなど、素人には出来ない芸当だろう。
 目の前にいる青髪の青年の気とその剣が、一本の線で結ばれた。

「が、はぁっ!」

 青髪の青年が剣を抜くと、リーシアの体はがくりと崩れ落ちた。相当深く刺さったのか、出血量はおびただしい量で、絨毯の敷いてある床にしみ込んでいく。
 リーシアの肩に手を沿え、茶髪の青年が彼女の名を呼ぶ。

「リーシア殿っ! リーシア殿っ!」
「わ、たしは、いい、から……。この、事を、へい、か、に……」

 例え死に際だろうと、最期まで主を守り通すのが騎士の役目。リーシアはその役目に従い、敵の存在を主へと伝えるべく、茶髪の青年伝言を託す。
 その様子を、青髪の青年は口を閉ざしたまま見つめていた。

「お前……一体誰なんだよ……」

 怯えの見られる声色で、茶髪の青年は青髪の青年に問いかける。
 彼の答えは紡がれぬまま、リーシアの血が少しずつ床を汚していく。
 先に動いたのは青髪の青年だった。青い髪を宙に揺らしながら、茶髪の青年に背を向ける。

「答えろっ!」

 ついに茶髪の青年は腰にある剣を抜き、目の前にいる自分の敵へと駆け出した。
 剣を振り上げ、主を守るため、仲間を守るため、青年は剣を振り落とそうとした。
 一瞬、彼の体に閃光が走る。剣が鞘へと収められる音が響いた。
 そして、茶髪の青年の鎧が自らの血で染まり、彼の死体は地に伏した。

「……あの女が言ったように、国王に知らせていれば死なずに済んだものを」

 まだ意識の残っているリーシアの苦しむ姿を横目に、青髪の青年はその場を立ち去ろうとする。

「ま、て……あなたは、一体……」

 リーシアは意識を保つのが精一杯だが、それでも力を振り絞って言葉を紡ぐ。
 そんな彼女の言葉に、青年は足を止めた。

「……急所は外してあるが、あんたはどうせ死ぬだろうな。名前だけ言っておこう」

 彼女の腹から流れる血は勢いを潜めている。もうじき、彼女の体から完全に血が無くなるだろう。
 青年は口を開く。自分の名を言うために、言葉を発した。

「イルス=オルフェル……」

 嗚呼、ファミリーネームがかの英雄ラグス=オルフェルと一緒なのは、偶然なのか否か。