複雑・ファジー小説
- Re: Baroque《歪》 ( No.16 )
- 日時: 2012/01/20 07:20
- 名前: 耀李 (ID: K.HEaMnc)
見渡すと、月の光さえも遮るほどに生い茂った木々が何本も生えている。カルドレアの、しかも首都であるルシーンにこんな森があるのかと、イルスは思った。
あの後、少年に引っ張られて来た場所はこの森だった。時間が真夜中であることも含むが、この森はやけに暗い。日が昇ってもこの暗さは変わらないのだろう。イルスは森に入ってきたときに見た看板を思い返した。暗闇の森、かなり歪な形に変形していた看板には、そう書かれていた。
イルスは、自分の前を歩く少年に声をかけた。
「どこへ向かってるいる?」
「多分、この辺りなんだけど……あっ!」
先を注意深く見ていた少年が、ふいに声をあげる。声につられてイルスも彼の視線の先を見た。そこには、暗闇の森の中に現れた一つの光がある。赤色が含まれているので、大方火の光なのだろう。
少年はその光がある方へと駆け出した。イルスもそれにつれて歩みを速める。長身な彼が少年の走りに追いつくのは大したことではなく、二人は延長線上に並んだ。
近づいていくにつれて、その光の周りに何かがあるのが見えた。大きさがあるのは分かるが、この暗さのせいで詳しいことはわからない。
少年はその何かに向かっているようなので、イルスは彼に尋ねた。
「あれは……」
「家だよ、ぼくとおねーちゃんの家」
すぐ近くに町があるというのに、こんな場所に住んでいるのかと疑問に思う。
家の目の前まで来たとき、イルスは改めてその家を見上げた。普通の一軒家より少し小さいくらいの木でできた造りだ。先ほどの少年の口ぶりからすると、彼の他に彼の姉がいるらしい。
少年が「おねーちゃん!」と言いながら家の扉を叩くと、音をたてながら扉が開いた。
「あー、シルウァ? おかえ……」
「お前……!」
扉から顔を出した少女の容姿を見て、イルスは目を丸くした。少女の方も開いた口が塞がらないという状態である。
肩までかかるこげ茶の髪に、薄い茶色のパーカーにズボン。それだけでもあの少女だと分かるが、それ以前に決定的なものがある。
彼女の頭には、可愛らしさと凛々しさを併せ持った獣の耳があったのだ。
「イルスじゃないか!」
「……リディオン?」
「あれー? おねーちゃんの知り合い?」
リディオンとイルスの関係がわからないらしい少年は首をかしげる。
兎にも角にも、イルスと少年は家の中へ入り、状況を説明する事になった。
「……なーるほど、イルスがシルウァを……感謝するよ」
「無闇に剣を振るうカルドレアの兵が気にいらなかっただけだ」
感謝の気持ちを表すリディオンに、イルスはため息交じりで返した。
シルウァとは、イルスをここまで連れて来た少年の名前だ。リディオンの横で、子供らしい笑顔を浮かべて椅子に座っている。
「そういえば、何故シルウァはカルドレア兵と戦っていたんだ?」
「うんと、それは……」
国の兵がわざわざ一人の少年に剣を振るうのだから、何か理由があるはず。
シルウァは自らの黄緑色の髪を掻き分る。そこから覗いたのは、ヒューマンにはない形状の尖った耳だった。その耳を持つ種族といえば、エルフしかいないだろう。上位種のハイエルフも同じ耳を持つが、あれは片目の視力を失っている。シルウァは視力には問題無さそうに振舞っているため、普通のエルフだ。
「……これでわかったでしょ?」
「ああ」
多種族を嫌うヒューマンの中心国、カルドレア。そのカルドレアに他種族がいるという事は、国からすればあってはならない事だ。恐らく、徘徊中の兵士にエルフである事を見抜かれ、戦闘になってしまったのだ。
シルウァは尖った耳を再び髪で隠した。
「まったく、ヒューマンじゃないって分かった途端に攻撃してきてさー。イルスもカルドレアは変だと思わない?」
呆れるようにカルドレアへの愚痴を洩らすシルウァに、イルスは軽く相槌を打っておく。
「ヒューマンしじょーしゅぎだか何だか知らないけど……そこでなんだよ、イルス!」
「……何だ?」
しばらく愚痴しか出していなかったシルウァの口から、不意に違う話が切り出される。
自分の名前が呼ばれ、イルスは冷めた返事を返した。
彼の返事を聞いた後、シルウァは幼さの残る話し方で続ける。
「ぼくと、おねーちゃんは、そのヒューマンしじょーしゅぎを何とかするために、いろいろやってるの!」
「情報収集したり、大陸周辺の島の人の話を聞いたりね」
かなり大雑把なシルウァの説明に、リディオンは簡易な補足を足す。
「それでね、普通の人なら絶対に攻撃しないカルドレアの兵に立ち向かったイルスを見て、思ったんだ!
この人なら、ぼくたちの事をわかってくれるかもって!」
「……それで、ここまで連れて来られたのか」
冷たさの残る声でイルスは言うが、対するシルウァは全然気にしていないようだ。
「敵の敵は味方って言うでしょ? ここは一つ、私たちと手を組まないかい?」
シルウァの意図がわかったのか、リディオンが用件を切り出した。
確かに、ヒューマン至上主義が人々から消えれば、イルスにとってもメリットがある。元々この思想は、国が一方的に人々に押し付けたようなものだ。カルドレアに従うが故にこの思想に従うといった人も少なくはないだろう。そんな人たちを味方に付ければ、イルスの目的も格段に達成しやすくなる。
「イルスにとってもメリットがあるでしょ? ヒューマン至上主義が消えれば」
イルスの心情を読み取ったかのように、リディオンが言葉を発した。
彼は顎に手を当てて考え込むが、しばらくして彼女への回答を口にした。
「協力はする。だが、俺の目的は俺だけでやり遂げる。お前達に手出しはさせん」
「ふふっ、それだけ聞ければいいさ」
リディオンはにっこりと笑った。