複雑・ファジー小説

Re: Baroque《歪》 ( No.3 )
日時: 2011/12/08 18:43
名前: 耀李 (ID: K.HEaMnc)

 此処、レムストラ大陸は現在、最も巨大な大陸とされている。
 中央部に位置するカルドレア聖王国はレムストラ大陸でも先進国家とされており、大神カルドレアが最初に地上に降り立ったとされる、カウレア火山を所有しているのが聖王国と呼ばれる由来である。
 今から数百年前、カウレア火山は大噴火を引き起こした。莫大な犠牲と悲劇を生み、中には人間には生息不可能な地域へと変貌を遂げた場所も生まれた。
 復興までに何十年もの年月をかけたが、ここで新たに問題となったのが「バロックと魔術」である。
 カウレア火山の大噴火以来、各地で未知の物質が発生し始め、架空から炎や水を生み出すという人間が続出した。政府はこの現象を科学では説明困難と判断し、各地の研究者を寄せ集め、原因の解明に勤しんだ。
 研究者は未知の物質を「バロック」と名付け、現象を「魔術」と称し、バロックが原因で魔術を使う人間が出てきたという結論を下したのだった。
 「バロック」と「魔術」については、現時点でも解明されていない事の方が多いのだ——

* * *

 カルドレア聖王国、首都ルシーンの城下町。
 昼夜を構わずして賑やかなことで有名で、それは今日も例外ではない。
 町の人々や旅人が、今日も城下町の雰囲気を作っていく。

「…………」

 そんな温和な空気の中を、彼は歩いていた。
 深い海のように青い髪を持つ彼は、まさしく先ほどカルドレア宮殿の人間を二人、あっさりと殺した青年だ。
 イルス=オルフェル。数十年前、大陸全土の危機とも呼ばれた「種族戦争」を瞬く間に制圧した、英雄ラグス=オルフェルの実の息子である。
 王宮にいたときは鎧の中に入れていた、腰まで届く長さの結わわれた髪が風になびいた。その時に着ていた支給用の鎧とは違い、動き易い服の上から髪と同じ色のロングコートを着ている。
 その表情は飽くまでも無表情だ。つい先ほど、自分の手で人を殺したとは思えないほどの落ち着きようは、町の雰囲気とは真逆の印象を持っている。
 イルスは町の広場にある宿屋の前に立ち、扉を開けた。

「こんにちは、お泊りですか?」

 出迎えたのは若い女性だった。忙しくて切る暇もないのだろう、長い茶色の髪を後ろで結んでいた。

「一泊する、305号室は空いているか?」
「はい、予約も入っておりませんので、利用できますよ」
「そこで頼む」

 305号室は隣の建物がすぐ傍にある為、窓の景色が悪い。その為、わざわざそこを指定する人はほとんどいない。
 不思議に思いながらも、女性はカウンターの引き出しから鍵を取り出し、目の前の客へと差し出す。イルスは差し出された鍵を受け取ると、横にある階段を上った。

Re: Baroque《歪》 ( No.4 )
日時: 2011/12/08 18:43
名前: 耀李 (ID: K.HEaMnc)

 305号室の部屋は、良いとも悪いとも言えない雰囲気だった。難点といえば、二つある内の一つの窓は、隣の建物の壁だけを映している点だろうか。
 肩に下げていた自分の荷物を床に置くと、何を思ったのだろう、彼は壁を叩き始めた。

「王宮にいた時は身分をさらすのも同然だったから、ずっと此処に隠していたが……」

 ゆっくりと二回叩き、間を置いて素早く三回、壁をノックするように叩く。
 するとその壁の一部が引っ込み、代わりに一つの空間と一本の剣があった。刀身から柄までシンプルな形をした剣だが、柄には短文の彫りこみが施されている。先ほどのイルスの呟きと重ね合わせると、これはオルフェルの血縁者である証拠なのだろうか。
 彼はそれを手に取り、腰に下げている鞘に収めた。
 まだ宿の人間には知られていないようだ、イルスは心の中でそう思う。
 この仕掛けは、今のところ自分以外には誰も知らない。随分前に同じ部屋に泊まったときに、たまたま壁の向こうが一部分空洞になっている事に気づいたのだ。詳しく調べようと壁を叩いていたら、この空洞が現れたというわけだ。
 そのときは、自分がオルフェルの家の者だと証明するこの剣を、どこに隠そうか考えていたところだったのだ。幸いこの事は宿の人間は知らないし、部屋の位置から考えてこの部屋に人が泊まることなど滅多にないだろうと思い、ここに隠していたのだ。

「ふっふーん、なーるほどなるほどー」
「誰だ」

 女性の声だが、先ほどカウンターにいた人とは違う声色だ。
 イルスが振り返ると案の定、そこには一人の女がいた。
 こげ茶色の肩に掛かる程度の長さの髪で、額から後頭部にかけて頭は濃い赤色のバンダナで覆われている。薄茶色のパーカーとズボンという、運動に適した格好をしていた。

「こっから妙に血の匂いがしたと思ったら、やっぱそうだったね」

 鼻をくんくんと動かし、いかにも匂いを嗅いでいるしぐさを見せる女。
 確かにここに来る前、イルスは人を殺している。しかしその際に使った剣や鎧は、来る途中に処分したはずだ。

「不思議そうな顔をしてるね」

 女はそんなイルスの心境を見透かすように言った。そして、頭のバンダナに手をかける。
 彼女がそれを脱ぐと、あっと言う光景がイルスの目に飛び込んできた。
 可愛げがあり、尚且つ気高き印象を持たせる、髪と同じ色の獣の耳があった。

「お前、獣人か……?」
「そ、だからどんなに証拠を隠しても、私にはお見通しさ」

 レムストラ大陸から離れた島国には、一般的な人——ヒューマンから突然変異で生まれた種族が生息している。しかし、彼らは元からいたわけではなく、カウレア火山の噴火の影響でヒューマンには生息不可能とされた地域、その場所でのヒューマンの突然変異が始まりである。
 獣人はその一種で、中にはその頃より問題になっていたバロックの影響を受けたエルフなども突然変異種だ。
 ヒューマンはこれらの種族を恐れ、彼らを大陸周辺の島国へと追い出した。そして彼らを徹底的に差別したのだ。

「なら、何故ヒューマンである俺に、わざわざ正体を明かす必要があるんだ?」
「私にはお見通しだって、言ったじゃないか」

 女はにこりと笑いながら、続ける。

「キミは、自分のお父さんの死に不満を持っているらしいね」
「……っ」
「キミのお父さんはカルドレアの英雄ラグス、とある戦で背後をつかれ、戦死したと国は公に発表している」

 女の口から飛び出る言葉は、全て自分に関わる事であり、事実だ。
 十二年前、五歳だったイルスに伝えられた、突然の父の死。父は自分にとって誇れる存在であり、目標だった。父と同じような騎士となり、カルドレアのために剣を振るう。そのために剣を学んだのだ。
 当時は死を知らせた兵士が言った理由で納得していた。しかし、とある事件がきっかけで、彼は父の戦死理由はカルドレアが原因だという、疑問と不満を持ち始めたのだった。

「でも、キミはその理由に納得しなかった。そして決めたんでしょ?
カルドレアに復習する事をね」
「……なぜ、そこまで知っているんだ?」

 女が言った事は、まるで自分の記憶をそのまま見て言っているようだった。
 だが、そこまで知っているのには、当然裏があるのだろう。
 イルスはその疑問を、ストレートに女にぶつけた。

「裏の人間御用達の情報屋リディオンと言えば、私の事だけど?」

 妙に意地悪っぽい笑みで、リディオンはそう言った。