複雑・ファジー小説

第二章——俗に言う「迷子」というモノ ( No.12 )
日時: 2012/01/04 09:34
名前: 楓 (ID: bW1QoTcC)

そのころ里奈はというと……。
錆びてところどころ鉄骨がむきだしになった階段を、そろそろと下っているところだった。
あのバケモノが、いつ仲間を呼んで襲いかかってくるか分からない。
走ったほうがいいのは分かっていた。
というか、走ろうとしているのだが、足ががくがく震えて、体を支えるので精一杯なのだ。
……ところで、一番最初に気がつくべきところには、まだ気づいていない。
「えっと、あの看板があっちだから……」
見栄えの良い階段の踊り場で、見慣れない景色にとまどう小さな女の子。
丸っこい水筒が、鉄骨にぶつかって、いやな音が響いた。
……それにさえ気づかないほど、方向音痴でパニックな里奈。

「ここ、どこだろう……」
あのバカでかいカラス……おそらくはカラスの親分かなにかに、エサと勘違いされて連れてこられたに違いない。
——今日、期末テストなのに!
鼻の奥が熱くなってくる。
歯をくいしばって、泣きたいのを懸命にこらえた。
変なところで涙腺がゆるむのは、里奈の弱点だった。
いや、幼稚園生の体だと、普段より泣き虫になるのかもしれないが。

ふいに、ふっくらした頬に涙が伝った。
その瞬間、里奈の心をとめていた何かがはずれて、里奈は盛大に泣き出した。
「……ひっく、お母さーん、だずげでぇー……。」
何とか息を飲み込もうとするが、かぼそい泣き声がもれてくる。
——何泣いてるんだろ、私。こんなところで中学生が迷子になって泣いてるなんて、恥ずかしいったらありゃしない!

けれど、見た目とはいえ幼稚園生が道端で泣いているのは、日常的にはまだ「普通」の圏内だ。
「普通」の中の小さな異常を見つけた、たまたま通りかかった警察官が里奈のわきにしゃがみこんだ。

Re: ありきたりなファンタジー ( No.13 )
日時: 2012/01/03 11:31
名前: ちぇりお (ID: ChJEPbqh)

初めまして!ちぇりおです!

ちぇりおりーおー(なんだその挨拶)

カラスに変われるお兄ちゃんか・・・なんだか移動手段に使えそうだなぁ(ぉぃ)
若返りしたおじいさんが、カラスのお兄ちゃんと少女たちにどうからんでくるのか楽しみです!

応援してます!

Re: ありきたりなファンタジー ( No.14 )
日時: 2012/01/03 21:02
名前: 楓 (ID: GU/I8Rhf)

>ちぇりおさん

ありがとうございます^^
かえでえーでー(←……。)

……完全パクりな挨拶はスルーして大丈夫ですw

はい、カラスお兄ちゃんは移動手段にはもちろん、姿の不気味さに耐えれば布団や枕にも使えます。
お値段はなんと……198円!

完全にジルの存在価値を否定しそうになったのでここでやめます。
イチキュッパはかわいそうですね。

ちぇりおさんの小説も読んでみますね♪

第二章——俗に言う「迷子」というモノ ( No.15 )
日時: 2012/01/04 09:34
名前: 楓 (ID: bW1QoTcC)

「どうしたの?」
地面に影が落ちたので、誰かが自分の顔を覗き込んだのはすぐに分かった。
里奈は腕に顔を伏せて涙をぬぐうと、顔を上げる。
とたんに、塾したリンゴのように真っ赤になった。
いつも見かける、いかにもベテランそうな中年の警察官とは違い、この警察官はかなり若い。まだ青年という感じさえする。
しかし、慣れた様子で里奈の表情をうかがっている。
警察官にしては珍しい……というか、良いのか分からないが、長めの明るい色の髪が帽子から出ている。
でも、制服からして警察官なのは間違いない。里奈の家の近くにある交番にいる見慣れた警察官とまるっきり同じだ。
胸ポケットには、いつでも仲間と連絡が取れるようにトランシーバーが入っているのが見える。
——あれで学校に連絡されたら、私は不登校になるしかない!
『二年生の佐藤里奈さんが迷子で……』と、なぜか校内放送で校舎中に響き渡る警察官の声を想像して、今度は真っ青になる里奈。


「いや、あの、違くて……」
しどろもどろに何か言おうとして、目を泳がせ、また涙目になる少女を見て、警察官は考える。
——この子、熱があるのか? 顔が真っ赤だな……。


「ごめんね、幼稚園はどこかな?」
「……?」
真っ赤な目をしているのも忘れ、里奈は警察官を見上げた。
道を聞かれているのかと思って拍子抜けしたのだ。……いや、迷子の中学生に道を聞くわけがない。
何も答えない里奈を見て、警察官は里奈のぶかぶかな制服に手をのばした。
生徒手帳を見られるんだ……。最初のページには学校の電話番号が書いてある。
——ああ、このおじさんとか学校の先生とか友達とか、みんなの記憶を消せる魔法でも使えたら良いのに!

しかし、途中、警察官の手際よく動いていた腕がぴたりと止まった。
胸章に書いてあった文字を見、里奈の顔を見、もう一度胸章を見る。
『桜木中学校 二年 佐藤里奈』
どうしたのかと里奈が聞こうとすると、警察官がははっと笑った。
「そうか、お洋服を間違えちゃったから泣いていたのか」
「……え?」
「ほら、見て見なさい。さくらぎちゅうがっこうって書いてある。これは君のお姉ちゃんのじゃないか? よく見たら君、園服にしてはぶかぶかだよ。——待ってなさい、お母さんに電話してあげるから」


第二章——俗に言う「迷子」というモノ ( No.16 )
日時: 2012/01/04 11:54
名前: 楓 (ID: bU2Az8hu)

えんぷくがぶかぶか? 制服のことだろうか。
それなら、里奈の通う桜木中学校は長いスカートと紺色のブレザーという地味な制服で有名なのだからしかたない。

——スカートが長くて悪かったね!

一瞬むっとして思わず眉をひそめていたので、頑張って作り笑いをして、警察官を見上げる。
とにかく、ここを逃げ出さなければ。考えるのはあとだ。
「いや、道は分かります。一人で帰れるんで……大丈夫です」
初めてちゃんとした受け答えができた。
心の中で胸を撫で下ろしていると、警察官が目を見開いてから、笑顔になった。
何を言われるのかと里奈が身構えると……
「君、しっかりしているねぇ。お母さんがしっかりしているんだろうな」
「はあ……」
なんだ、そんなことか。
息をとめて吐き出しての繰り返しで、だんだん息苦しくなってきた。
それでも、これまで青くなったり赤くなったり点滅信号みたいだった里奈の顔も、だんだんピンク色の頬を取り戻しつつあった。

第二章——俗に言う「迷子」というモノ ( No.17 )
日時: 2012/01/04 12:00
名前: 楓 (ID: bU2Az8hu)

「えっと、それで、ご心配をおかけしてすみません、それじゃ」
こわばっていた体に力を入れる。
なんとか立ち上がり、その場を駆け去ろうとしたのだが……。
ウエディングドレスのように後ろにのびていたスカートのすそにつまずき、前かがみに倒れた。
とっさに手をついたが、コンクリートに打ち付けたひざからは細く血が流れている。


その手を……自分の小さくて丸っこい手を見て、ようやく里奈は『一番最初に気づくべきこと』に気づいた。
一度手を見て、体を起こそうと両腕に力を入れ、また見て目をこすり、また見ては目を見開いた。
この三度見のあと、里奈はか細い悲鳴をあげることになる。


警察官はその後ろで肩をすくめると、トランシーバーに向かって言った。
「迷子の女の子がいます。幼稚園生だと思うんじゃが……ごほん、思いますが、中学校の制服を間違えて着ていて、場所は桜木町二丁目……」
しかし幸いなこと、この警察官は『わけあって』トランシーバーの使い方を心得ていなかった。
だから、自分が押しているのが通信ボタンではなくスピーカーボタンなのに気づいていない。

あたり一帯に生い茂る雑草を抜け、あたり一面にスピーカーを通した警察官の声がこだまする。
——ここでやっと、ヒーローの登場だ。
まあ、限りなく頼りないヒーローではあるが。

かんそー ( No.18 )
日時: 2012/01/06 00:06
名前: ちぇりお (ID: ChJEPbqh)

楓さんの小説の終わり方は、続きが気になって夜も眠れます!(ぉぃ)

Re: ありきたりなファンタジー ( No.19 )
日時: 2012/01/06 20:04
名前: 楓 (ID: jOAGGOOx)

>ちぇりおさん

∑眠れるんかい!
まぁ私も、寝る前に展開を考えようと思って気づいたら朝ってパターンですけど・ω・゛

第二章——俗に言う「迷子」というモノ ( No.20 )
日時: 2012/01/07 13:30
名前: 楓 (ID: SsxPl8C6)

背後に鋭い風が吹き付けたので、里奈は体をふるわせた。
本能的なものだった。
体の奥底から寒気がするような、そして肌が乾燥するような……いや、それはない。
——とにかく、本能的に不吉なモノを感じとって、おそるおそる後ろを振り返った。

いきなり立ち上がったからか、焦点が合うのに時間がかかった。
そのため里奈には、ジルの慌てた姿が、黒い塊がうごめいているように見えたのだ。
塊の中で、不気味な光をたたえる一対のガラス玉のような瞳。
しかし、その漆黒の瞳に心配そうな光が浮かんだのに気づいた瞬間、里奈は我にかえった。
ただの少年ではないか。
里奈と同じくらいの背丈。里奈はほっと息をついた。


でも、まだおそろしい寒気は消えない。
それどころか、少年が現れてから、根を張りはじめたかのようにじわじわと広がっているのだ。

——またあの化け物が現れるんじゃ……。
でも、今はそれどころではない。
もう一度、いまだに信じられないことを確かめるため、手に目をやる。
丸っこくて小さく、つるつるした手。
里奈はごくりと唾を飲み込んだ。
これが一体どういうことなのか考えようとするのだが、頭のどこかがストップをかけられているかのようにぼーっとする。
これは驚かないといけないシチュエーションだ……と、心が必死に警告しているのにも気づいているのだが、そんな里奈を何かが止めていた。

そのせいか、思ったより冷静な自分に驚く。
遠くから、ずっと上のほうから自分を見下ろしているような感じがするのだ。
こういう時、人間って不思議だ。

「……あ、あの、落ち着いて聞いてくれるかな」
緊張しているわけでもないだろうに、妙に裏返った声で少年が言った。
——この人、どこかで見覚えがある……?
誰? また幼稚園児を助けようとする世話好き?
そんなことが一瞬頭をよぎったが、素早くうなずく。
うなずこうとしていないのに、止めるより早く体が動いてしまう。
少年がまた口を開きかけたそのとき、後ろで誰かが息を飲んだ。
——そうだ、警察官のこと、忘れてた。

無理矢理振り返ろうとして体に力を入れる。
すると、あっけなく体が動いて拍子抜けした。
体のどこかがわけもなくしびれるような、おそろしい何かが消えている。
さっきの、気のせいだったのかも。
安心して力を抜いたが、すぐに身がまえた。
警察官が、目をこれでもかというほど見開いて里奈を……
いや、里奈の後ろの少年を見つめているのだ。
「お前……」
さっきとは別人のような、震えた情けない声で、警察官に化けた——老人が言った。