複雑・ファジー小説

Re: 黒き聖者と白き覇者 −小さな黒と大きな白の物語− ( No.9 )
日時: 2012/01/10 11:38
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: JbVqO821)
参照: http://loda.jp/kakiko/?id

第三話

 ——同刻、エリアノエル城にて。

「失礼します! ノエル国王!」

 兵士が一人、国王の部屋に入っていった。兵士がくぐったその扉はとても大きく、金や銀など高価な宝石で彩られている。城下に広がる町などを見た後、この扉を見ると、これ程までに庶民と貴族の差があるものなのかと疑うほどだった。

「……よっぽどの事がない限りわしを呼ぶなと貴様の部隊の隊長には言っておいた筈だが? 貴様は何をしにきた」

 口の周りを覆うように白く長いひげが生え、在り来たりとも言える黄金の王冠を被った目つきの鋭い年寄りが、兵士に背中を向ける状態で窓の外、庶民たちの暮らしぶりを見ていた。

「もっ、申し訳ありません! ただいま、このエリアノエル帝国に用があると言う謎の男が現れまして……」
「謎の、男だと……?」

 兵士の言った言葉を、確かめるように鸚鵡返しする。兵士は「はい!」と大きく返事をした。ノエルは特に顔色も変えず、ジロリと遠くに見える城門を見た。いつもなら城門を見たところで、見える景色は何一つとして変わらなかった。だが、今日違った。高さ23メートルある城門から、真白い三つ首が見えていたのだ。

「あれは……もしかして……」

 恐怖の念を持ったのか、ノエルは日の光を浴びて輝く金色(コンジキ)の装飾をされた扉の元へ駆け、部屋から出る。驚いた兵士もそれに続いて、ノエルを急いで追いかけた。ノエルの年齢は60半ばあたり。それでも現役兵士が全力疾走をしても追いつかないほどの体力があった。
 ノエルは白く美しい大理石で作られた長い螺旋階段を急いで駆け下りた。その途中で出会った兵士たちは何事かと、ノエルの後についていった。ノエルが右に曲がれば、急いで兵士たちも右に曲がる様子は、魚の群れのようだった。
 正門まで来ると、ノエルは疲れ果てた様子で懸命に息を整えていた。その後に続いていた城内の約半数の兵士たちも深呼吸を繰り返して息を整えていた。

「ノ、ノエル国王……。急に、どうなさったのですか……」

 ハァ、ハァと荒ぶる呼吸を整え切れていないが兵士の一人がノエルに尋ねた。するとノエルは正門からその兵士に視線を移し、ニヤリと笑った。

「わしが呼んだ男が、きたようだ」

 心底楽しみだと言わんばかりの笑顔に兵士たちは乳酸が溜まった足を労わるように少しずつ自分の持ち場へと戻っていった。正門前に残ったのは、ノエル国王と連絡を入れた兵士だけだった。

「なんだ。お前もくるか? キルト=アーヴィン中尉よ」

 ニヤニヤと笑いながら、ノエルはキルト中尉を見る。キルトは、少し戸惑った表情を見せた後すぐキッとノエルを見た。

「もちろん。私もついていく所存であります!」
「ならば、決まりだ」

 珍しく兵士に笑顔を向けたノエルは、正門のすぐ横にある小さな木戸を開け、外に出た。それに続いてキルトも外に出る。高台には位置していないこの城の正門からも、三つ首のケルベロスの顔が良く見えた。