複雑・ファジー小説

Re: 黒き聖者と白き覇者 −小さな黒と大きな白の物語− ( No.14 )
日時: 2012/01/10 16:37
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: JbVqO821)
参照: http://loda.jp/kakiko/?id

第四話

 相変わらず静まりかえった城門の前で響く音は三つだけ。タリスとルトナの砂を踏む音、リノアルの呼吸の音だけだ。兵士たちは恐怖で動く事も儘ならない状態だった。

「此処は、外でありますか? ノエル国王」
「ああ。その通りだ」
 
 急に光の中から現れた異色の格好をした二人に、兵士たちは驚きながら一列乱さず敬礼をする。

「あぁ。どうもノエル国王。……初めまして」

 微塵も驚いた表情を見せず、まるで“此処に表れるのが分かっていた”ようにノエルに挨拶をする。キルトをチラッと見たタリスは、目分量で相手の戦闘数を把握していた。

「貴殿がタリス殿ですかっ、いやはやもう少し年配の方かと予想していましたよ」
「よく言われますよ。山に篭っている若造なんか、基本的にはいませんから。……ところで、ノエル国王。あの方は?」

 ノエルから視線をはずし、キルトを見る。見る、といってもキルトたちからしてみれば向く、だ。ノエルはタリスの向いている方を見て、キルトにアイコンタクトを送る。キルトは、アイコンタクトの意味を察したのか、ノエルの背中に頷いた。

「私の名前はキルト。キルト=アーヴィンだ。階級は中尉である!」

 「休め」の状態で、辺りに響く声でキルトは言う。タリスは自己を紹介しているキルトの体をなめる様に見ていた。服の上からでは正確にはわからないが、相手の戦闘値数を図っていた。図っていたといっても全て推測でしかないのだが。

「キルトさん、ですか。宜しくお願いしますね」
「こちらこそ、宜しく頼みます。城に行ったら、案内は私がさせていただくので」

 そんな社交辞令をしている間に、目の前からいなくなったノエルが大きな声で感嘆の声を漏らした。それも、目の前にいたルトナに対してではなく、タリスの後ろで恐ろしいほどの威圧感を漂わせているリノエルに向けたものだった。

「美しい毛色だ……」

 リノアルの大きく太い前足の毛を撫でながらノエルが呟く。うっとりとしながら呟くその様はタリスの脳内変換の結果、薄汚い豚、になった。

「な、なぁタリス殿。このケルベロス、私目に預からせては頂けないだろうか? なぁに、貴殿が滞在するうちの数日間で構わないんです」

 作ってるのではないかと思わせるノエルの笑み。タリスは肯定の意を表そうと思い、口を開いた瞬間にキルトが声を発した。

「ノエル国王! 無理であります! このような大きな生物をおいておくスペースなど、この帝国には存在しないことを国王殿下が良く知っているはずではありませぬか!」

 キルトの言うとおり、このエリアノエル帝国は隣国のガラン帝国とは比べ物にならないほど広大な面積を持ち合わせている。ただ、面積が広い分、住んでいる人の量も多い。国土面積の3分の1はエリアノエル城がしめている。残り3分の2は城下に街ができ、店や住居が立ち並ぶ。職無人間(現代語⇒ホームレス)たちも地区ごとにある小さな公園で集まって暮らしている。……この帝国で37メートル6トンもの生き物が生活するのはどう足掻いても無理なのだ。

「それじゃぁ……。ケルベロス、小さくしましょうか。って言っても瞬間的なものなので、一日二回、朝と夜は魔法をかける必要があるので朝と夜だけ、ノエル国王の下へ伺うことになりますが……よろしいでしょうか?」

 タリスの発言にキルトや兵士たち。ルトナにリノアルも驚きを隠しきれないでいた。ただルトナとリノアルは、表情や声にはせずタリスの方を向くだけだった。

「小さくできるのですか?! それならば、お願いいたしますぞ。タリス殿!」

 一瞬ノエルが口元に浮かばせた怪しげな笑みを、タリスは見逃さなかった。コンマ1秒もないくらい瞬間的なことだった、他の兵士たちは気付いていない。ノエルはささっとリノアルから離れる。

「ケルベロス」

 あえて「リノアル」とは呼ばずに、リノアルに近づく。リノアルも、何かを悟ったかのように頭を下げ、スムーズに魔法をかけれる様にする。ポウッと淡いオレンジ色の輝く左手を黒いローブから出し、リノアルの鼻先に近づける。

「……リノアル」

 周りには聞こえない小さな声でリノアルに話しかける。少し頭を上げようとしたリノアルの鼻先を、右手で押さえる。

「何も聞き返さないでくれ。リノアル、君はあの国王と一緒に過ごしてくれ。君は国王と一緒にいる、どういうことかは……君の知能だったら十分に分かるだろ? 私とルトナは外から情報を集める。君は城内から情報を集めてくれ。何かあれば、遠慮しないで呼んでくれ。君は大切な私の家族だ」

 そう言うと、左手をリノアルの鼻先に近づける。
 瞬間、リノアルの体が光に包まれた。ノエルはそれを好奇の目で、キルトや他の兵士は初めて物を見るような目で見ていた。悲しみに満ちた目をしていたのはルトナとタリスだけだった。ルトナは大切な家族を失う恐怖に瞳を潤ませ、タリスはリノアルが何をされるかも分からない所に連れて行かれる恐怖に襲われ目を潤ませていた。