複雑・ファジー小説

Re: 黒き聖者と白き覇者 −小さな黒と大きな白の物語− ( No.19 )
日時: 2012/01/12 21:39
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: kx1LgPV4)

 キルトに案内されてタリスとルトナがやって来たのは上位階級の兵士が使用するような大きな部屋だった。中にはシングルサイズのベッドと小さな円形のテーブル、棚が置いてあるだけの質素な部屋だった。棚にしまわれている本の約半数が錬金術や魔術に関しての一般的書物だった。床は大広間や廊下とは異なりヒノキと思われる木で作られた床だった。その木でできた床と白い大理石であしらわれた壁は一言で言うと“不釣合い”だった。

「タリス様。もしお出掛けになられるのでしたら、私に一言お願い致します。……それと、この城内で過ごす数日間につきましては不審な動きをされないようお願い致しますね」
「キルトさん、ご案内有り難う御座います」

 キルトの突き刺さるような視線を関るのが面倒だという風に気にせず部屋の中へと入る。外から見ると大きいと感じる部屋も中に入ってみると小さく感じた。タリスに続いて部屋に入っていったルトナにキルトは一瞬怪訝そうな表情をしたのをタリスは見逃さず、ルトナは感じ取った。それでも、何も感じない素振りをする。第三者に“ルトナは唯のグリフォン”である、と思わせる必要があるからだ。

「でわ、失礼致します」

 キルトは浅く一礼をし扉を閉める。木は使われてから相当年月が経っているのだろう。ギィーと少し耳障りな音がした。

「それにしても、汚い部屋だなぁ……。折角大理石使ってるんだから統一するとかすれば良いのに……。あ、もしかしてなんか考えてる事があるのかな? いや、考えてる事があるならもっと前に修繕してるはずだ。大理石を作ることができなかったのか……? ううん、それは有り得ない。まだ数百年は掘り続ける事ができるんだ」

 先ほどから続けていた神妙な話し口調からタリスは素の話し方へと切り替える。一つ気になることがあるとそれを追求するという知的好奇心が多いのか、部屋の壁と床を見つめながらぶつぶつと独り言を続ける。それも足を動かしながら。狭い部屋の右端から左端を何度も何度も行ったり来たりを続ける。そんなタリスの行動をルトナは当たり前のことのように無視し、タリスが寝ると予想されるベッドへと飛び乗った。急に上から下、重力が加算された43㎏の塊がのしかかった為か、ギシギシと木が軋む音がした。

『あるじー……。リノアルだいじょーぶなのかなぁ……』
「リノアル? ……少し、心配かな……。ルトナ、会いにいくかい?」

 ルトナの出す高周波音波で構築された“声”に、普段の口調で答える。普通の人間ならギリギリ“音”として聞き取れる音波を感じた瞬間に脳が締め付けられる痛みを感じ、苦しむ。タリスも外見からしたら唯の一般的な人間だ。リノアルに魔法を使う際に取り出した左手も、兵士たちと同じ白色人種の色をしている。実際には、異なるが——
 タリスの肌は、元々白色人種のものである。普通の人間も同じ白色人種の肌をもっている。異なるのは“全てが白色か否か”という点だ。この国の普通の人間は顔や腕、足や陰部に至るまで全てが白色なのに対し、タリスは何故か首の付け根から始まり、胴体、右腕右手、両足や足の指を黒い鎖状の痣のような模様のようなものがある。鎖状のものに関してはタリスも分かっている事は“魔法の副作用”であるという事だけで、そのほかにタリス自身が分かっている事は無い。

『あるじーっ! あたち、行く! リノアルにあいに行くっ!』

 先程よりワントーン上がった声を出しながら扉の方へ歩いていく。グリフォンは四足歩行のため、扉を開けることが出来ない。部屋の中央付近に立っているタリスを見つめて、扉を開ける催促をする。タリスは「分かっているよ」と苦笑つきで呟く。着ているローブについていた皺を簡単にのばし扉の方に歩いていく。タリスが一歩、自分の……扉の近くにくる度にルトナがタリスを見る視線に輝きが増す。

「それじゃあ、開ける」

 笑顔を貼り付けていた顔を、無口で感情を表に出さない役をしているかの様に無表情にする。ルトナも同様に決して声を出さないように、唯の従者として見られるように内面で整理をつける。タリスの手がドアの取っ手に掛かる。一瞬二人に緊張が走った。タリスもルトナも心臓がバクバクと互いに音が聞こえそうなくらい鼓動を繰り返す。ふぅ……と息を吐き扉を思いっきり引く。扉を閉めた時と同様にギィーという古臭い音が鳴る。その音を背中に受けながらタリスとルトナは廊下に歩み出した。