複雑・ファジー小説
- Re: 黒き聖者と白き覇者 −小さな黒と大きな白の物語− ( No.20 )
- 日時: 2012/01/13 13:12
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: kx1LgPV4)
それにしても……。部屋から数歩出た辺りでタリスはまた考え事を始める。何故ノエルはリノアルを預かりたいと言ったのだろうか……。確かに真白いケルベロスは希少だ。ある地方では絶滅した、とも話されている。私が出会ったケルベロスの中にいた真白い種は、リノアルしかいなかった。それでもノエルが求めているのは伝説の一角獣、漆黒に染め上げられたユニコーンではないのだろうか。漆黒のユニコーンを探している魔術師や錬金術師は腐るほどいる。もうその大半は腐っているころだろうと思うが……何かが、可笑しいんだ……自分の気付いていない何かが……。タリスの歩幅が徐々に小さく狭まったものへと変わっていく。考え事をしている最中に足が止まることはまだまだ短い生涯の中で一度たりともなかったのだ。
「ルトナ。ノエル国王は、何故リノアルを連れて行ったんだと思う?」
不安と焦りが入り乱れたタリスの声は恐ろしいほど震えていた。まるで小さな純粋無垢な子供が殺意を持って現れた大人に刃物を向けられているときの様な……。ルトナは“わからない”と心底伝えたそうにしていた。それでもルトナが躊躇うのはタリスに止められているからだった。部屋を出る前にタリスに言われていた、「2人きり以外の時は声を発してはいけないよ」と。
「そうだ……。急がなくてはいけないんだ……今夜は、満月だ……」
満月。その言葉を聴いたときルトナは恐怖に怯えた目でタリスを見た。タリスにもルトナの視線が伝えてきている意味が痛いほど分かっていた。ずっしりと本来の足の重量を感じながら歩を進める。キルトへ外出するときには伝えなければいけないのも忘れ、タリスは急ぎ足で大広間へと続く扉を開ける。大広間に敷かれている大理石とタリスの革靴がぶつかり、コツ、コツと足を下ろすたびに音が鳴った。心の中で、幾度かキルトに謝りながら夕刻ノエルが上っていた階段を上る。ルトナはタリスと数メートル間を空けて着いていく。ルトナはタイムリミットが何時来るのか、それだけが心配だった。タリスが怖い兵士たちに襲われそうになったら代わりに自分が襲われる標的になる。そこまでの忠誠心がルトナには存在した。
『——あるじー』
不意に後ろから聞こえたルトナの声にゆっくりと振り向く。ルトナは長い長い螺旋階段の中腹辺りで足を止めていた。キョロキョロとキルトやその他の兵士たちがいない事を確認してルトナに歩み寄る。悲しみに打ちひしがれている風を思わせる様に俯いているルトナは、きっと人間だったら涙目で、今にも涙が零れそうなくらいなんじゃないかとタリスは思った。
『あるじ……。からだ……だいじょーぶなの?』
俯いた状態でルトナが言う。瞬間、動揺が隠し切れなくなる。タリスは自分の体のことをリノアルにしか伝えていなかった。毎月一回起きる発作で自我が抑えられなくなり、暴走することを。
「リノアルに、教えてもらった……んだよなぁ……」
力なく苦笑するタリスも、そろそろ限界が来ているようで顔には脂汗が滲んできていた。
「——ルトナ。私は、大丈夫だ。時間は、まだあと四時間あるのだから」
ルトナの頭を撫でながら、独り言のように呟く。
「だから……それまでにしなくちゃいけない事は終わらせなくちゃ、いけないんだ。図書博物館にも行かなくちゃ行けないし、リノアルも連れて行かなくちゃね」
ルトナを撫でるのをやめ、折り曲げていた脚を思いっきり伸ばす。半月版の下からバキッと変な音がしたが気にせずにタリスは再度駆け上り始めた。ツルツルに磨かれた大理石に敷いてあるレッドカーペットのようなものが革靴と大き目の肉球に引っ張られ皴が付く。螺旋階段をグルグルグルグル回ってきたせいか、三半規管が可笑しくなってきた錯覚がするな……と心の中で舌打ちをしながら、タリスとルトナは最上階にあるであろう国王の部屋へと歩を進めていた。