複雑・ファジー小説

Re: 黒き聖者と白き覇者 −小さな黒と大きな白の物語− ( No.22 )
日時: 2012/01/17 17:35
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: kx1LgPV4)

青年の苗字には「ガロン」があたる。
 ガロンは、このエリアノエル帝国と同じくらいの敷地面積を誇る、海を隔てた場所にある国だ。この国では魔法が頻繁に使用されているのに対し、ガロン国では錬金術を多用する。魔法も錬金術も陣を書き記さないと使用することはできない、がそれはただの一般常識に過ぎなく特例は極僅かだが存在する。
 頭で作るものを決めたら、手をパン! とならし物体を触ると脳内で構築されたものが作ることができる錬金術師もいれば、使用したい魔法を考え、手に意識を集中させれば魔方陣なしで魔法を使うことも容易である。彼もその一人だろうと、明るく照らし出され作られた小さな通路が視界に入った。

「んで。ノエルの国王さーんは、どこにいる?」

 兵士たちは急にガロンの王子様が来た! と大騒ぎになり、少し前大群で何処かへ行ってしまったため大広間には片手で後頭部を抑えて寝転がっているタリスと、その両横にいるリノアル、ルトナ。上からその2人と2匹を見ているノエルだけしかいなかったため、ダイの声は大きく大広間内に響き渡った。

「……私のところにガロンの使いなどは来ていないが」

 ノエルはなんとも言いがたい複雑な表情をしながら階段をゆっくりと下りてきた。ノエルの瞳に写っているのは、どうせリノアルと私だけなのだろうとタリスは内心溜息を吐きながらリノアルを覗き見た。リノアルも同じタイミングでこちらを見る。小さく微笑みあう2人を見てるルトナはきっと妬気持ちを妬いているのだろう。

「あー? ガロンの使い出てるはずなんすけどね……。多分、親父の送り忘れってやつですわ。申し訳ない。
 それで、ガロン帝国第14代国王からの言伝なんですけど、オレに図書博物館を見学させる許可をおろせとのことです」

 満面の笑みで階上にいるノエルに有り得ないくらい直球な言伝を言うダイにノエルもタリスもリノアルやルトナも頭に「?」が浮かんでいた。ダイはノエルの意味が分からないと言いたげな表情を見るなり、それに……と言葉を続ける。

「いや、無理って言われるのは知ってますよ? 百も承知の上で、あえて言わせて頂きましたけど……。ここで仰向けになってる人の、オレ弟なんですけど兄が帰ってこないって心配で心配で!
 それで親父が『見つけて来い!』って言いやがってですねぇ……。それに、兄は調べものがしたいって言ってたんで、でも一般人は入れないでしょう? だから、親父のコネを使ってこうやって頼みにきてんですよ。オレも調べたいことあるので」

 ……マシンガントークは嫌いだと、タリスは初めて身に沁みて感じた。これ程までに苛々するものなのかと、人と関わる生活を幼い頃に切り捨てるよう命じられたタリスには新鮮な感じがした。物相手にも、家族相手にも自分自身にも憤りを覚えることなど一度もなかったからだ。

「タリス殿が、ガロンの……」

 ニヤニヤと変な笑いを浮かべる。ノエルは、ダイの話が嘘だということなど分かっているのだろう。ガロンで魔法を使う者は殆どいない。それに、その魔法の技術は高が知れている。エリアノエルの方が技術も種類も豊富なのだ。勿論、タリスはそのことを知っている。だが、タリスはエリアノエル帝国の者ではなく、ただの『旅人』なのだ。

「ノエル国王に一つ言っておきしょう、か」

 ひびでも入っているかのようにズキズキと痛む背骨に、後頭部。そんなものを気にせずに力いっぱい立ち上がる。血は出ていないものの大きな衝撃が脳に響いているため、ふらふらとしてしまう。

「私は、エリアノエルの者では、ありません。……それに高が知れているとはいえガロンへの冒涜は……これから全面戦争へ成り得る可能性も有る事を重々承知の上お過ごしください。
 ですが、私は貴方のこの国のために働く積りです。なので図書博物館への入館許可は出たと言う事にさせて頂きます」

 それが嫌なのなら、私と弟は今すぐこの国を出て全面戦争への意思をガロン帝国国王へと伝えようと考えています。と自分にしてはできすぎた嘘をつく。今度はダイが拍子抜けした顔をした。自分でも、バカなことをしたなと感じてはいる。名前と地位しか知らない見ず知らずの青年のためにこの様なくだらない真似をするのは初めてのことだった。
 それでも、しなくてはいけないと自分の中の誰かが囁いたのだ。『ガロンとの信頼関係を作れ』と。それで自分がした行為は悪いものではなくなるんだ、と自分を守るための逃げ道を作るための誰かの声だった。