複雑・ファジー小説
- Re: 黒き聖者と白き覇者 −参照200突破感謝ですっ!− ( No.33 )
- 日時: 2012/01/23 21:21
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: bJXJ0uEo)
- 参照: ——嗚呼。体調が優れない
この日の夜は生まれて初めてといってもいい位、幸せな日を過ごしたと彼らはにこやかに言うだろう。きっと、きっと何があっても笑顔で今日の事を語るに違いないと彼女は幸せそうに奥のベッド眠る二人を眺めながら心の中で呟いた。それが今、彼女に出来る事だったのだ。否、彼女にはそれしかすることが出来なかった。
彼女は脇腹に作られた大きな傷を利き手ではない右手で強く抑えていた。彼女の手のひらや、洋服にはべったりと酸素が欠乏しどす黒く変色した血と元気よく、それも際限無しに滴り落ちる新鮮な血とが混ざり合っていた。彼女が血を流している原因となったのが、他のエルフ族による迫害の一つだということは、他の種族などには分かる筈も無いだろう。
エルフ族は、団結力が強く仲間思いだとこの世界では認識されている。それは間違いないことであった。ただ団結力が強く仲間思いであるが故にこうした迫害を受ける事になるのだ。『皆でやれば、大丈夫』『仲間を助けるために異端者を始末する』そんな考えが浸透していたのだろう。
彼女は歩く事も精一杯な体を無理に動かし、天子の寝顔をうかべている少年少女の下へと歩み寄る。
一歩歩けば傷口からぶしゅっと血が噴出し、唯でさえ大きな傷口がさらに広がろうとする。それは激痛を伴うものでもあった。それでも彼女が求めたのは、自分の生が終わる前に純粋で無垢な輝きを放つ二人に最後の別れをしなくてはいけないと感じたからであった。
左手に持ったカラフルな便箋にはシルク宛の手紙と、シルア宛の手紙とが入れてあった。
この手紙を書きながら彼女は幾度か「まだ……どうか……」と呟いた。せめて彼らが成人を迎えるまでは生きていたいと、心の底から思っていたのだった。
「シルア、シルク……起きては、いないわよね……」
当たり前よね、と呟いた彼女の目にはたくさんの涙が溜められていた。瞬きをすれば全てが堕ちていってしまいそうほど、大量な涙が……。
それから、彼女は言葉を紡ぎ続けた。
二人と出会った当初は驚いて、困る事もあった、それでも何時の間にか本当のお母さんのように成れた気がしたの、と——
彼女は昔の事を思い出し、それを丁寧に、丁寧に、紙芝居を聞かせるようにして二人に語りかけた。
その思い出話が終わったとき、彼女の生も静かに静かに幕を閉じようとしていた。