複雑・ファジー小説

Re: 黒き聖者と白き覇者 −小さな黒と大きな白の物語− ( No.34 )
日時: 2012/01/27 15:27
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: bJXJ0uEo)
参照: 近々、入院っぽいど……かも。skypeが使えないorz

第二話

 次の日、先に目を覚ましたのはシルクだった。
 何時もと変わらぬ朝、何時もと変わらぬ目覚め、何時もと変わらぬ毎日が今日は違った。彼の目前には青白く、血の気の引いた顔をしながら眠っているかのような表情を浮かべる母の姿があった。瞬間、母の命がいまこの世にはないことを彼女は悟った。目に大粒の涙を溜めながら触れた母の骨ばった手の甲の冷たさは、そう考えるほか仕方が無かった。
 彼女は、泣かなかった。涙を塞き止めていたダムにたくさんひびが入っていても彼女は泣かずに耐えていた。それが、ドリーム・ウォーカーとの約束だからなのか、シルアが起きてくるまで泣いてはいけないという彼女の中の一つの決まりごとが邪魔しているのか、彼女にも分からなかった。

「……ん……」

 シルアの目が覚めたのはそれから何時間かが経ったときだった。彼の目には、何処となく哀愁を漂わせるシルクの丸めた背中が映った。時より、少し上下に動くその背に隠れている母の亡き姿までは彼は見ることが出来なかった。

「……シルア?」
「シルク? どう、したの?」

 彼の耳に聞こえたのは、ひっくひっくと嗚咽を交えながら話すシルクの声だった。何時もは明るく元気で頼りになるシルクが泣いているのにシルアは不思議な感覚がした。その不思議な感覚の正体に、彼はすぐ気付いた。どんな辛い事にも、どんな痛いことにもシルクもシルアも耐えてきた。それは、自分たちとは関係のない部外者たちからの執拗な嫌がらせであったものが今は異なり、身内の中で亡くなった者が出たことによった。それが、よりによって最愛の母であるということが今まで感じた事もないほど強い辛さがシルクを襲ったんだ、と。
 
 シルアも、シルクも言葉にしきれない涙を流し続けた。その涙には悲しみと怒り以外のものは含まれてはいなかった。母が亡くなる悲しみはやはり何にも変えがたいほど酷く悲しいものだった。母の死が、たとえ他のエルフたちの仕業だとしても、彼等に対して憎しみや怒りは覚える事がなかった。それでも二人が怒りを感じたのは、自分たちに対してだった。物心が付いた時から『自分たちがお母さんを守る』と誓い続けてきた事を、今日にして守ることが出来なくなってしまったのだ。それに、母の痛みに気付いてやる事さえ二人は出来なかった。自分たちが寝たときには、既に傷はあったはずなのに、とシルクが小さくか細い声で呟く。シルアもそれに、頷く事しか出来なかった。泣く二人の手には母が握っていた手紙がそれぞれ握られていた。

「おい!」

 不意に正門を力の限りドンドンと叩く男が現れた。その後ろからは「でてこい!」や「今すぐ開けろ!」などと罵声を飛ばす声が聞こえた。二人は直ぐに勘付いた。『大人たちが自分たちをも殺めようとしている』ことに。勿論、そう気付いてしまっては二人は出るに出れなくなってしまった。否、動く事が許されなくなっていたのだ。扉を開ければ、くわや鎌などで攻撃を受ける。かといって扉を開けなければ、彼らは扉を破りズカズカと無遠慮にこの家に入ってくることだろう。

「俺たちは、その婆の亡骸を始末しにきただけだ!」

 これを人は“悪魔の囁き”とでも言うのだろうか。
 幼い二人は“甘美な餌に釣られた天使”とでも比喩するべきだろう。
 
 悪魔が天使を貶めるための策を講じ、行動に移し始めた。