複雑・ファジー小説
- Re: 黒き聖者と白き覇者 −修正しながら更新中− ( No.35 )
- 日時: 2012/01/27 18:11
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: bJXJ0uEo)
動けないでいる二人をよそに、外にいる大人たちは大きな木製の扉を破壊しようとしてきた。休む暇もなくガンガンと農具や斧などを用いて無理に扉を壊そうとする。錆びた鉄の金具でしっかりと固定されている扉は苦しげにギシギシ音を立てる。二人は、涙でびしゃびしゃになったシーツを握り締めながら恐怖に打ち勝とうとしていた。二人の顔は鼻水と涙でぐしゃぐしゃになり、ほほには涙の跡がうっすらと残っている。
それから数分間、シルクもシルアも動けないでいた。その間も大人たちは延々と同じ作業を繰り返す。それも、先程のきつく鈍い音から脆く崩れそうな音へと変化していた。ギシギシ音を立てていた扉も、もうそんな音はせず、穴が開いているのだろう。ヒュンッと風を切る音が聞こえてくる。木の扉に当たる音が、バキと鮮明に聞こえてくることが二人の恐怖心を煽り続けた。音が鳴るたびに、体をビクつかせる二人はまるで捕食者を目の前にした子兎のようだった。ぷるぷると目に見えるほど震えるシルアの目は、室内に入ってきた大人たちを捕らえた。
「はっ、このばばあも遂にくたばったか」
この町を束ねている町長が、嘲笑しながらシルクたちの目の前にやってくる。その目には面白い死に方をしている、と母の亡き骸を侮辱しているようにも思われた。そのとき、シルクには一つの感情が心に生まれた。『憎い』と。
シルクは、実感していた。これほどまでに自分が他人に対して激しい憎しみを抱いたことなんか初めてだと。シルアも、大人たちもシルクの内に強い憎しみの念が生まれたことなど気付かなかった。一人のいたいけな少女は町長によって床に倒された、青白い母の微笑する顔を見ながら目に涙をため続けた。その間、シルアが何を言っていたのか、町長が何を言っていたのか、大人たちが何を言って行動していたのか、一つも耳には入ってこなかった。目にも映ってこなかった。彼女の目に映るのは黒く色が変わった木の床に横たわったまま動くこともない母の姿だけだった。
「シ、シルクっ!」
はっと我に返ったとき、目に映ったのはメラメラと燃え上がる巨大な火柱だった。空には黒い煙が大きくあたり一面に広がっていった。シルクには何が燃えているのか、分からなかった。シルクには、ついさっきまで家に居たはずなのに今外にいるという事が何よりも不思議でたまらなかったのだ。不意にざりっと頬に湿ったものの感触がし、シルクは反射的にそのほうを向いた。隣には、今まで見たことがなかったエルフ族の者が長い舌を出しながら、ニヤリと笑った。シルクは背から冷や汗が溢れ出してくるのを感じた。
「お嬢ちゃん、小さいくせに色っぽいんじゃねーの?」
人間よりも発育が早いエルフは月経も八歳と比較的早い段階で始まる特異体質である。そのため、月経が始まって一年や二年が経つと可愛さの中にも艶やかな大人の色気が漂い始めるのだ。
気持ち悪い。きもちわるい。キモチワルイ!
シルクの思考を支配していたのは、その言葉とその感情だけだった。
「お嬢ちゃんに良い事教えてやろうか。今、目の前で燃えてるのはお嬢ちゃんの家と、おかーさん、だぜ」
はははっと大口を開けて笑う男を見た瞬間、シルクの中で何かが壊れ崩れ落ちる音が鳴り響いた。