複雑・ファジー小説

Re: かの後、人は新たな噺を紡ぐ—「六花は雪とともに」外伝 ( No.16 )
日時: 2012/01/06 17:50
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kAifypKr)

第一章 十三年後

 時は流れるのが早く、雪乃がこの世を去って、十三年後——。

人の世は時代も変わり、天皇も変わる。妖の世も、雪乃の義理の兄白龍が帝を務めることになった。
そして、あの小さな村には——ひときわ目立つ、立派な御殿があった。他の家は縦穴なのに、その家だけしっかりとした造りの家だ。公家たちが住む寝殿と比べるとそこまで立派ではないが、それでも綺麗で新しい家だった。その家から一人、男が出てくる。

 男はこの正月で三十を迎えた。男はあの杏羅にそっくりだが、何処かやつれたように見える。
 男の元に、白い小鳥が来た。小鳥は男の頭上の上をクルクル回ると、ポン! と消え、その代わり紙がヒラヒラと落ちてくる。
 男はその紙を掴むと、字と絵が添えられていた。


「——……そうか。ナデシコ無事に産めたんだな」


 杏羅の乾いた声が、家の前に響いた。



 十三年後。白龍は帝を継ぎ、ナデシコと夫婦になり西の地に住むようになった。そして、杏羅は腕のいい医術師として有名になった。勿論、役職や公家になったわけではないが、そこそこ収入も良くなり、しっかりした家に住めるようになった。羽振りのいい患者が来るようになって、儲けが増えたのだ。

 何も知らないモノが見たら、金が増えて幸せそうだなあとでも思うだろう。だが、この村の人々は知っている。——杏羅が、とても辛い思いをしていることを。
 この十三年間、彼の笑みには何時も影があったのだ。


「おー、杏羅。来たぞー」


 明るい声と同時に、人間に変化した芙蓉が魚を持ってやって来た。妖の為、相変わらず美貌は変わらない。


「あ、ああ。芙蓉、ありがとう」

「……それは白龍とナデシコからの文か?」


 芙蓉の眉間に、かすかなしわが寄った。

「ああ。……無事生まれたってさ」

「……そうか。それは良かった」


 そう言って、芙蓉は明るく続けた。


「じゃあ、姪の顔を見に西まで行かなくちゃだな」

「いいよ。そんな暇ないし」


 芙蓉の案にそっけなく答える杏羅。そうして、また家の中に入った。ついでに芙蓉も一緒に入る。


「この絵を見ると、ナデシコは大人びたね。母親になったからかな?」

「……あのおてんばが、母親になったんだなあ」


 そう想うと、感慨深い杏羅である。あれだけ意地と見栄ばっかりで、頑固で、駄々をこねて、泣き虫だったあのナデシコが、立派に母親を務めているのだ。
 妹の成長ぶりには、実の兄として思わず拍手を送りたくなる。


「本当に人間って変わるものだな。一瞬ごとに成長していく」


 その言葉に、杏羅は無言で頷いた。が、やはり元気がない。

 もう、十三年こんな調子なのだ。

 芙蓉は直接杏羅に聞いた。何か悩みがあるのか、と。しかし彼は笑って、なんでもない、と答えた。その笑みは何時だって暗くて、曇っていて。
 芙蓉も、雪乃がこの世から消え去ったと、雪乃の遺書を読み、杏羅の口から聞いた時、とても悲しくて、辛くて、泣いた。涙が枯れるまで泣いた。とにかく泣いて泣いて泣きじゃくって、そんな日が三日も続いた。
けれど、芙蓉は立ち直ることが出来た。

 杏羅は——十三年間、涙を流さなかった。その代わり、ずっと影があった。
 笑っても、怒った顔をしても、何処か無気力で。

 だから、芙蓉は放っておけなかった。杏羅の世話係を自分から引き受けた。
 人間の寿命はだいたい五十。百まで生きた人間も居たが、それは奇跡と言っていいほど稀だ。そんな短い時間を、こんな悲しみに暮れさせては可哀そうだと芙蓉は思った。
 十三年前の自分は、そんなことは思わなかっただろう、と芙蓉は思う。それは、やはり自分も時間をかけて変わってきているのだ。そんなことを感じて、芙蓉はますます杏羅の様子に焦った。
 もう、十三年もの時間を費やしてしまったのだ。これ以上長引けば、楽しいことも嬉しいことも感じないまま、死んでしまう。


(かといって、どうすればいいのかね……)


 芙蓉は杏羅の様子を眺めながら解決策を探していた。