複雑・ファジー小説
- Re: かの後、人は新たな噺を紡ぐ—「六花は雪とともに」外伝『第二章 ( No.25 )
- 日時: 2012/01/10 18:32
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kAifypKr)
第三章 夢想の中で
杏羅は、見知らぬ空間の中に居た。
透き通った池には、淡い赤の蓮の花が咲いていた。耳を澄ますと、何処からもなく琵琶の音が聞こえる。見知らぬ空間なのに居心地が良く、まるで浄土の世界だと杏羅は思った。
何故このような空間に居るのか。杏羅は記憶の糸口を辿った。
(……そうだ、俺はユウちゃんに言われて、雪乃の遺書を探していたんだ)
年季の入った封を開け、中に入っていた便箋を取ろうとした。
その時、ふと白檀の香りが漂って、それをかいだ途端、杏羅は気を失ってしまったのだ。
「ようこそー、夢想の世界へー」
「世界へー」
背後から、呑気な声が聞こえた。
振り向くと、身丈が三寸ばかりの幼子が居た。一人は神主の服を身にまとった男の子で、もう一人は紅白の巫女服をまとった女の子だ。
「初めまして、杏羅—。僕の名前は月乃ですー」
「私の名前は花乃ですー」
勝手に自己紹介する月乃と花乃。だが、杏羅は初めて会った気が全くしなかった。
「じゃあ、早速ですがー。これからー、貴方を異世界に飛ばしますー」
「……は?」
月乃の唐突過ぎる言葉に、杏羅は思わず聞き返した。
「楽しんでくださいねー」
「いや、ちょっと待てェェェェ!! こっちの質問にも答えてくれェェェェ!!」
へらっ、と笑う月乃に、杏羅は思いっきり突っ込んだ。
「何ですかー? 質問って」
花乃の言葉に、杏羅は一つ聞いた。
「ここは何処? 今さっき夢想の世界と言っていたけど……」
「だから夢想の世界ですー。浄土とも呼ばれているし、夢殿とも呼ばれているし、高天原とも呼ばれているし、極楽とも呼ばれていますー」
「そして他の世界に繋がっている空の域にもなっていますー」
月乃の説明に、花乃が付け加える。
「……空の域って?」
「世界は一つではありませんー。平行世界というものがありますー。例えば、今貴方が居た世界で貴方は医者でしたが、別の世界では公家のモノだったりするのですー」
「その、平行世界を結ぶ道が、ここ『夢想の世界』なのですー」
解ったような、解らんような。
複雑な心境だったが、これ以上聞くと、ますます混乱しそうだったので止めておいた。
杏羅はひとまず置いとき、二つ目の質問をした。
「……で、俺を異世界に飛ばすと言うのは?」
「聞いた通りですー。貴方を貴方が居た世界とは別の世界へぶっ飛ばしますー」
(——『飛ばす』と『ぶっ飛ばす』では、かなりの語弊があるのでは……)
何て心の中で突っ込んだ杏羅だが、あえて口には出さない。もう疲れたからだ。
代わりに、この言葉を言った。
- Re: かの後、人は新たな噺を紡ぐ—「六花は雪とともに」外伝『第二章 ( No.26 )
- 日時: 2012/01/10 18:32
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kAifypKr)
「……別に頼んでいないんだけど?」
「異世界へ飛ばすと言うのは、あくまでも『手段』で『目的』ではありませんー。貴方の目的は、『雪乃のいない現実と向き合う』ということでしょうー?」
花乃の言葉に、杏羅は目を瞬かせた。——何故、知っているのか。
花乃は杏羅の反応には構わず続ける。
「今行くのは、雪乃と同じ魂を持つモノの世界へ飛ばしますー。名前も世界も全く違いますが、雪乃と同じ魂を持ち、同じ人格を持つ少女ですー。貴方は、『杏羅』ではなく『杏平』として、少しの間暮らして頂きますー」
「……何故? 向き合う事に何故異世界に飛ぶ必要が?」
「そこに乗り越える『ひんと』があるからですー。雪乃があの時生きていれば、貴方が聞いていない言葉も聞くことが出来るかもしれない」
月乃の言う、『ひんと』と言う言葉が何なのか、杏羅は解らなかったが、一つだけ解ったことがあった。
——今の自分には、現実と向き合う好機があるということを。
自分は『雪乃がいない現実』から目を背けていた。
怖かった。辛くて痛くて。
だから、逃げた。逃げて逃げて。
逃げることは悪ではない。けれど、逃げているだけでは変わらない。
問題は、逃げても逃げても追いかけてくるのだから。
そこまで解っていたのに、中々立ち向かう勇気がなかった。
けれど、もう逃げれない。
自分は、立ち向かわなければならないのだから。
月乃の言葉に、花乃が付けくわえた。
「何もかも貴方の意志次第。乗り越えるのも、諦めるのも。過去を振りきって笑うのも、後悔して泣くのも。自分の手で、足で、耳で、目で、感じてきてくださいー」
「準備はいいですかー?」
コクン、と杏羅は頷いた。——その意志に、迷いはなかった。
異世界だか、飛ばすだか、雪乃とは別人でも魂や人格は一緒とか、杏羅には全く解らなかったけれど。
それでも、不思議なほどに迷いはなかった。
頷くと同時に、また意識が飛んで行った——。