複雑・ファジー小説
- Re: かの後、人は新たな噺を紡ぐ—「六花は雪とともに」外伝『第六章 ( No.49 )
- 日時: 2012/02/01 20:47
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
第七章 確かにココに存在する
意識が遠のいて、どれぐらいの時間が経っただろうか。杏羅は目を覚ました。
気がつくと、杏羅は美雪が居た世界ではなく、夢想の世界に居た。
「——目を覚ましましたか?」
上から、月乃の声が聞こえた。その声を聞いた途端、ぼんやりとしていた意識がはっきりしてくる。
「ああ。——戻ったのか?」
杏羅が聞くと、花乃がコクン、と頷いた。
杏羅は今までの事を思い出し、少し悲しげな顔をして言った。
「——あの夢は、月乃たちが見せたのか?」
杏羅の質問に、今度は月乃がコクン、と頷いた。
「——ここは夢想の世界。夢殿でもあり、そしてここは『人』の記憶が存在する」
月乃が言うと、杏羅は俯きながら、そうか、と答えた。
「——俺、最低な人間だよな」
俯きながら、杏羅は言った。泣くのを堪えるように、顔を歪めて。
「雪乃に自分の素直な言葉を言わないで、白龍とナデシコが夫婦になることに嫉妬して、それで拗ねて甘えて逃げて——。
何も努力してなかった。立ち向かうことも素直になることもしないで……バカだよな、俺」
——本当に大切な所で、嘘はついてはいけない。他人にも、自分にも。
杏羅は幼い時良く父に言われた。
小さい時は、他人が傷つくからとか思っていた。——けれど、違った。
今やっと判ったのだ。——めぐりめぐって、自分も傷つけるからだ。
失った時間は、元には戻れない。修復することも訂正することも出来ない。
杏羅は拳を握りしめた。自分がとても情けなかった。
ほんの些細なことで深く悩んで、大騒ぎして、悲しんで、周りをひがんで、憎んで——まるで駄々をこねる子供みたいだ。
「——貴方は、早く大人になりすぎたんですよ」
花乃の優しい声が聞こえた。
「貴方は、両親を早くに亡くして、お姉さんを亡くして——妹に弱いところを見せてはならなかった。心配掛けさせてはならなかった。そして、充分に子供の時間を得られず、早く大人になってしまった」
「「もう泣いて——————いいんですよ」」
花乃の言葉に、月乃が言葉を重ねた。その時、杏羅の頬に、自然と涙が伝った。
一つ、一つと大きな涙の粒が零れていく。もう枯れたと思った涙は、だんだんと溢れ出してきて——。
「うう……うわああああぁぁぁああぁぁ!!!!」
杏羅はとうとう声をあげて泣いた。
泣いている時、息が出来なくて苦しかった。けれど、涙は止まらない。
杏羅はしゃがみ込み、沢山泣いた。
- Re: かの後、人は新たな噺を紡ぐ—「六花は雪とともに」外伝『第六章 ( No.50 )
- 日時: 2012/02/01 20:48
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
◆
杏羅が泣きやんで、花乃が尋ねた。
「どうです? 気分はすっきりしましたかー?」
コクン、とまるで幼いの子のように杏羅は頷く。
「……もう、戻るよ。自分の世界に」
杏羅の言葉に、精霊たちが嬉しそうに微笑んだ。
「でも、一つ聞いていいか?」
「何ですかー?」
「俺……君たちと初めて会った気がしないんだ。本当に、これが最初?」
杏羅の言葉に、精霊たちは驚いた顔をした。小さな目を、大きく開く。
——だが、それもつかの間で、杏羅はまた意識を失った。
意識の遠くなる中、精霊たちの悪戯っぽい声が聞こえた。
「——いいえ。貴方と雪乃が出逢った時から、私たちは貴方に会ってました——」
◆
「……ちゃん、お……」
「杏……羅、き……う……」
遠くから、声が聞こえる。
だんだんと視界が明るくなり、ぼんやりと色づいて来た。
「お兄ちゃん!!!」
「杏羅!!!」
はっきり聞こえた途端、視界が急激に色づいてくる。
見えたのは、覗きこむ実の妹とその夫、そして芙蓉と夕顔だった。
「み……皆?」
どうして、と言う前にナデシコが杏羅に抱きついてきた。
「お兄ちゃぁぁぁぁぁん!!! 良かったぁぁぁぁぁ!!!」
ワンワン、と泣き崩れるナデシコ。伝って来るぬくもりに、夢では無く現実だと杏羅は気づいた。
(——戻って……来た? 俺は、自分の世界に戻って来たのか?)
しかし、何故筑前に居るナデシコと白龍が居るのだろう。杏羅が不思議に思っていると、隣に居た芙蓉が説明してくれた。
「お前、倒れてひと月以上も寝てたんだぞ」
「ひと月!?」
驚いた杏羅は、思わず声をあげてしまう。ずっと寝ていた為、大きな声を出した途端頭がズキ、と痛くなった。
頭痛で顔を歪める杏羅を気遣い、夕顔は水でぬらした手拭いを杏羅の額に乗せ、こう言った。
「それで、慌ててナデシコたちに連絡してこっちに来て貰ったんだ。それに、雪乃の命日だしね」
「え……?」
杏羅は思わず聞き返す。
(——雪乃の命日? というか今何月何日だ?)
まだはっきりと回らない頭。夕顔は苦笑しながら、こう告げた。
「今日は二月二日。明日は二月三日の節分、そして雪乃の命日だよ。——大事な友人の命日を、忘れるわけ無いじゃない」
夕顔の言葉に、白龍もナデシコも芙蓉も頷いた。
「あ……俺……」
杏羅の言葉を、ナデシコはわざと明るく言って遮った。
「お兄ちゃん、明日絶対雪乃の墓参り行こうね。——大事な、家族だから」
ナデシコはそう言って、顔を赤く染めて言った。
杏羅は一瞬戸惑ったが、ナデシコの笑みにつられて、ああ、絶対行こうと約束した。
(——そうだよ、皆雪乃の事忘れていなかった。勿論、俺も——)
忘れていなければ、雪乃はずっと俺たちの心の中で生き続ける。——だから、忘れない。
それが例え辛く苦しい想いがあったとしても、想い出を手放すことなんて出来ない。
雪乃は、ちゃんとココに存在しているんだ——。