複雑・ファジー小説
- Re: かの後、人は新たな噺を紡ぐ—「六花は雪とともに」外伝『第七章 ( No.54 )
- 日時: 2012/02/03 19:20
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
- 参照: 節分だぜいやっほう!!!
最終章 かの後、人は何時までも新たな噺を紡ぐ
杏羅が目覚めて、杏羅の家では祭り状態になっていた。
何でこうなったかと言うと、白龍が越前の酒を持ってきて、ここらの妖や村人を集めてしまったからである。
広さは縦穴式の家の何十倍以上も広いが、ここまで大人数で来られるとぎゅうぎゅうづめである。——だが、今の杏羅には周りが酒臭くても、周りが五月蠅くても、それがとても心地よく感じた。
(——もっと、素直になればよかったのかもしれない。肩の力を抜いて楽しめば良かったのかもしれない)
どんどん白龍に呑まされる杏羅は、そう思った。
こんなにも、優しくて暖かい人たちがいるのだから——。
朝から始まった宴会は、真夜中まで続いた。
杏羅は酔いつぶれた妖や村人に暖かい布団を被せ回る。明日から春とは言え、まだまだ寒い。へそを出して寝ていたら風邪をひくだろう。余談だが、杏羅は酒はあまり飲まないがとても強い。
「お兄ちゃん、こっちは終わったよ」
杏羅の手伝いをしていたナデシコがコソ、と言った。——余談だが兄妹揃って酒に強い。
ありがとう、と杏羅が伝えると、ナデシコはニッコリと笑って言った。
「ね、お兄ちゃん。皆が寝ている間、話さない?」
「え……?」
今日は綺麗な満月だった。池にはそっくりそのままの月が写っている。
月光を頼りに、ナデシコと杏羅は互いの顔を見る。
「ねえ。お兄ちゃん。私が白龍様の妻になりたいって言った日、覚えている?」
「……ああ」
「あの時ね、私救われたんだよ」
ナデシコの思いがけない言葉に、杏羅は聞き返した。
「——お兄ちゃん、あの時お兄ちゃんは何て言ったっけ?」
悪戯っぽく笑うナデシコ。杏羅は必死に思いだす。
「え———……『早速式の準備しなくちゃな』みたいなこと?」
「その前」
「え——……『そうか、お前みたいなちんちくりんのような奴も、お嫁にいけるのか……』みたいなこと?」
「その前。つーかお前、後でその面殴るから覚悟しとけ」
怒りを露わにした妹にも怖気ず、杏羅は考え込む。が、やがて満面の笑みで答えた。
「え——……あ、『何だ? 変にかしこまって』みたいなこと!?」
「前に行き過ぎだよ!!! ていうか、その台詞あんま意味ないでしょ!!!?」
杏羅のボケに、ナデシコはシャウトした。——流石血の繋がった兄妹と言うべきか。
「そうじゃなくて!!! ほら、私が妖の嫁に行くの、どう思う? って聞いた時、『覚悟があるのなら別にいいと思う』って言った所!!!」
「——……あ、あれか。でも、俺は別に特別な意味は……」
「その一言に! どれだけ私は救われたことか」
杏羅の言葉を、ナデシコは遮る。そして、少し呼吸を置いてから、杏羅に話した。——満面の笑みで。
「——時の流れも違う。住む世界も違う。妖と人は陰と陽。そんなのが交わっていいのか判らなかった。
勿論覚悟はあった。でも、背中を押してくれる何かが欲しかった。——それが、お兄ちゃんだった。
お兄ちゃんが何気なく言ったのは判る。けれど、私にとってはとっても嬉しかった」
そう言って、ナデシコはゴメン、と告げた。
「——私は、そんなお兄ちゃんに何かしたかった。だから、一緒に住もうと言ったんだけど……それは、お兄ちゃんにとっては古傷を抉るだけしか無かったよね。……本当に、ごめんなさい」
頭を下げて、ナデシコは謝罪した。——その姿に、杏羅はただただ驚くしかなかった。
本当は、杏羅が謝るはずだった。自分の嫉妬心から逃げ、ナデシコに八つ当たりしたのだから。そんな情けない兄を嫌うと思っていた。
けれど、ナデシコは謝った。杏羅を責めず、自分の非を認めたのだ。
頭を上げたナデシコは、少し居心地が悪いのか、苦笑してそそくさと杏羅の元を去った。暫くの間、杏羅は呆気に取られ、そのまま外に居た。
- Re: かの後、人は新たな噺を紡ぐ—「六花は雪とともに」外伝『第七章 ( No.55 )
- 日時: 2012/02/03 19:21
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
- 参照: 節分だぜいやっほう!!!
◆
翌日。杏羅はちゃんと朝を迎えることが出来た。——が、酒を呑み過ぎたせいか、杏羅とナデシコ、そして子供たち以外の人員は、二日酔いで起き上がれずにいた。
結局、雪乃の墓参りは夕方に行くことになり、杏羅たちは二日酔いの大人たちの薬を出していた。
やっと一休み入れることが出来たのは、太陽が真上に来た頃だった。
ふう、とため息をついた杏羅は、起きる前のことを、ぼんやりと思い出していた。
(……夢、何だろうか、あれは。月乃とか花乃とか美雪とか、全部夢だったのだろうか……)
その時、ふと雪乃の遺書のことを思い出した。本当は遺書を読むはずだったのに、すっかり忘れていたのだ。
早速杏羅は雪乃の遺書を取りだした。
香の匂いがほのかに漂っている遺書には、こう記されていた。
『拝啓 杏羅様。
これを読んでいる貴方の隣には、すでに私の身体は存在していないでしょう。
今これを書いている私は、自分がなぜ生まれたのか良く解りません。
王族の片割れとして生まれ、女だから殺さる運命だった私を、じい様が必死の想いで助け……双子の弟のことも忘れ、さ迷って怪我をした私を、村娘は助け……殺されそうになり、他人に生かされ、今思えば翻弄されていたように感じます。
ですが……私も、私のせいで振り回された人も沢山居ると思います。——杏羅様も、私のせいで命の危機に攫われたこともありましょう。
杏羅様は、私と出逢わなければ良かったと想いでしょうか。私のせいで傷ついたと言うのなら……こんなことで償えるとは思いませんが、私の事は全て忘れてください。
ですが、もしも私と出逢って良かったと思って下さるのなら……私を、忘れないでください。
私は、どんなに杏羅様に憎まれようと、絶対に忘れません。杏羅様に私の存在を忘れ去られようと、とても大切な日常を手放すことはできません。
私が居ない世界は、どんな風な日常を紡いでいるのでしょう。願わくば、それが杏羅様にとって幸せな日常でありますように。
杏羅様、ごめんなさい。
けれど、私はこの生を憎んでいません。この選択も、私の最高の望みです。
貴方に会えて、本当に幸せでした。
本当にごめんなさい。そして、本当にありがとう。
また何時か、会える日を楽しみにしています。
それまで、さようなら。
雪乃』
綺麗な字で、遺書にはそう綴られていた。手紙に、ポツリ、ポツリとシミが出来る。——溢れる涙を、杏羅は止めなかった。
最早声にならなかった。指の先まで、暖かいモノと切ない想いが渡った。
(これから、どんな日常が僕を待っているのだろうか。
辛い日々も悲しい日々もあるだろう。楽しい日々の方が、少ないだろう。
それでも、それが何時か長い年月を掛けて、とても暖かく、手放したくない想い出になるのだろうか——)
その後、杏羅は更に腕のいい医術師になる。
だが、生涯独身を貫き、養子もおらず、名誉も望まなかった彼は、公に知られることは無かった。
それでも、彼と彼女は生き続ける。
物語は、ちゃんと受け継がれているのだから——。
終わり