複雑・ファジー小説

Re: あやかしの花嫁【コメください!】 ( No.15 )
日時: 2012/02/04 19:55
名前: 刹那 (ID: vWRv9TUU)


「ちょっとそこのおにーさん、魚いらんかね」
「いやいや、野菜もおいしーよ!!」
 外灯のようにいくつも道に沿って建てられている灯籠が照らし出す空間は、とても賑わっていた。
「ここが、酉の城市……」
 神流は感嘆の声をあげた。
 とてもあやかしの殺伐とした世界とは思えない賑やかさ。何だか商店街を彷彿とさせる。
「あぁ、おまえは巽の浮浪者ばかりが集う場所しか知らなかったのだな。こういう賑やかな場所もある。いや、寧ろああいう場所の方が珍しいというか」
 どうやら、このあやかしの世界も神流が思っている程悪くない場所なのだということだけは分かった。
「……って、ことは。今まで何度も王城を抜け出しているってこと?ダメじゃない」
「市井の者の暮らしを知ることも大事だろう。おまえまで李王のようなことを言うな」
 耳が痛い、と本当に嫌そうな顔をしながら皇は耳を塞ぐ。
 ふと、笑ってしまう。
「はいはい。じゃぁ李王さんには言わないでおくから」
「頼んだぞ。……全く」
「ねぇねぇ、そこのご夫婦さん。お揃いの宝玉なんてどうだい?」
 会話に一段落着いた頃、誰かが声を発した。
「え……」
 その声の方を神流が振り向くと、小太りの男が、神流と皇の方を向いていた。
(え、もしかして、私と皇が夫婦だってこの人勘違いしてる!?)
 よく見てみると、皇は通りにいる市井の者と似たような服装をしていた。
 そして今まで気がつかなかったが、鵺の象徴と思われる背の黒い羽も消えていた。
 これならあやかし世界の王と思う者も少ないだろう。
「ほらほら、よくお似合いだよ」
 と宝玉店の店主なのだろうと思われるその男に差し出されたのは、勾玉のような形状をした二つの首飾りだった。
 ちょうど勾玉の部分を組み合わせれば、ちょうど対になりそうだ。
 白と黒の、陰陽の首飾り。
(綺麗だな……)
 咄嗟に、欲しい、と思った。
 だが、皇はこういうことに興味はなさそうだから。
(諦めなきゃな……)
「そうだな。……買おうか」
「えっ」
 だが皇の返答は意外にも肯定だった。
 思わず唇から驚愕の声が零れ出た。
「どうかしたか?」
「う、ううん……何でも」
 だがここで「驚いた」と言って、「買うのをやめるか」などと言われるのも癪だ。
 神流はぐっと押し黙った。
「そうか。ならいい。これは幾らだ?」
「金銭一枚です」
「これか」
 皇は金銭を懐から一枚取り出し、店主に手渡す。
「ありがとうごぜーやす!!」
 店主は満面の笑みで一礼する。
「皇……よかったの?」
「何がだ?やる」
 と白い方の勾玉を渡される。
「あ、ありがと……。私なんかの為に、お金払って」
 すると、ピン、と額を小突かれる。
「痛っ」
「『なんか』とは何だ。自信を持て」
「う、うん……」
「おまえに、ただ買ってやりたかったのだ。最近元気も出てきたし……」
 ぽつ、と紡がれた皇の言葉は、あまりに小さかった。
(ただ買ってやりたかって……)
 頬が自然と熱くなる。気のせいだろうか。
 出逢った時から親しげな態度をとってくれた皇だが、ここまでしてくれるとは正直思っていなかった。
 本当に優しい人なのだと思う。
「……ありがとう……」
 神流は、白い勾玉の首飾りを握りしめながらそう言った。