複雑・ファジー小説

Re: あやかしの花嫁【更新】 ( No.27 )
日時: 2012/02/19 19:59
名前: 刹那 ◆V48onzVAa6 (ID: vWRv9TUU)


 神流は、恐る恐る振り向いた。
「へぇー。なかなかの美人さんじゃん。切り刻み甲斐がありそうだー」
 刺客というのは、漆黒の衣装に身を包んであまり話さないものだと思っていた。だが、そんな神流の価値観は違うらしい。
 目の前の刺客は夜の闇に映える銀色の髪に、猫のような黄金色の鋭い瞳をしていた。服装は黒いとはいえ銀色の飾り—恐らくナイフと思われる—がチャラチャラと身を包んでいた。唇に浮かぶのは不敵な笑み。
 その刺客を形容するとなれば—〝狂〟が一番正しいのだろうか。
 そして、彼はひとつの短刀を取り出して、舌なめずり。
「うんうん、分かるよ、怖いんだよね。肩が震えてるよ?いや、全身震えてるのかな?」
 刺客の声にハッと気付いた。確かに手も、肩も、足も。五体全てが恐怖に怯え、震えている。
(本当に……)
 ここは、神流がもといた世界とは違う。それを明確付けられた。平和というものが欠片も存在しない、死と背中合わせの殺伐とした世の中だと。
 握りしめる剣の柄をさらに強く握る。
 ここで戦わなければ、死んでしまう。
 死ぬのは、嫌だ。

 『それならば、戦え』

 神流でない、神流の心の中から聞こえてくる声。

(……誰?)

 『私は……』

 かすれてゆく声と共に、神流は自然と剣を構えていた。

「あなたを、倒す」

 神流は、剣を刺客の脇腹に向けて打つ。

 だが、それはすんでの所で躱されてしまう。

「いいね!いいねぇ!!」
 刺客の高笑い。
 神流は本気なのに、あちらは余裕の笑みを見せている。
 だが。
 ザシュッ!
 次に震った剣は、刺客の腕をかすめた。
「チッ……しくじったか!」
 刺客の腕から、滴る鮮血。

 それは緋色がかった紅色で。
「ッ……」
 斬りかかった神流が、思わず後ずさりしてしまった。

 その瞬間に。

「隙有りィ!」
 と斬りかかられる。
 刺客と同じ、真っ赤な血が床に散った。

(死にたくない)

 けど。

(殺したくない……)

 『殺さないのか』

(殺したくないよ……)
 神流は、心の中でそう答えた。
(そうか……)
 まるで、神流を今はその声が操っているようだった。

 『ならば、殺さずにおこう』

 声が途切れると同時に、神流の腕が動き。
 柄で、刺客の鳩尾をついた。

「ガハッ……」
 刺客は泡を吹いて倒れる。

 『案ずるな。殺しはしていない。鳩尾に当てただけだ。警備の者を呼べばいいだだろう』

 声が遠ざかる。

(待って……あなたは……!)

 『私は』

 その答えが返ってくることはなく。

 静かな空気が、再び落ちた。