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複雑・ファジー小説
- Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.1 )
- 日時: 2012/01/31 12:43
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)
第一章:ノア
[1話]
事の起こりと言うのは後々考えてみれば些細な場合が多い。
世界の平和を一瞬にして破壊するのも復然り。
最後の戦火が消えて数十年の後、新たな戦火がどこから上がったのかは既に想像に任せる他ない。
全世界が灼熱の炎に覆われ、数十年の時を経て鎮火しようとも国内の復旧には異常に時間がかかるのも然りである。
そもそも、勝者による統治や後の繁栄などを一切考慮しない、考慮する暇さえないままに広がった戦火はあらゆる意味でそれ以前の戦争とは全く別物だった。
それでも、世界大戦、国内紛争、大規模テロ。
その全てを平らげて、今この国は復興したのである。
世界に先んじて表向きの復興を勝ち得る代わりに政府は名ばかり、銃器流通は当たり前の国になってしまったのだが。
しかし、世界とは誰しもに平等に朝の光を与えてくれるのだ。
今日も復、朝焼けの匂いと共に一日は始まる。
春先の長閑な朝。
鳥のさえずりと吹きすさむ風が心地よい。
賑やかな歓声、駆けまわる足音。
生気に満ち溢れた季節に、一陣の黒い影が躍った。
温かな風に黒衣と黒髪をなびかせる美影身である。
恍惚と見惚れ、歓声、嬌声で迎える女人達。
畏敬の眼差しと恐怖の相を露わにする不良達。
しかし、真に彼を映しているのは人間どもの目ではない。
彼の元を過ぎるたびに風は冷たくなり、彼の足もとには誰よりも色濃い影が落ちている。
そんな彼が居るのは学び舎である。
いわゆる高校と呼ばれているアレだ。
今日から二年目になる高校における学徒生活も、彼にとっては周囲の喧騒と同じで興味の欠片もわかないものなのかもしれない。
周囲の全てに非情なまでの無関心を貫いて己の教室へと向かうその姿は、どこか哀愁漂うものであった。
しかし、彼も一応は人間である。
感情がある限り機嫌と言うものがある。
特に自分のロッカーに覚えのない紙切れが突っ込まれていた時などは機嫌も悪くなる。
一枚を手に取り、内容を確認する。
そんな普段とは違う姿に、声をかける者が居る。
「おう乃亜、どうした?」
声は明るく、周囲の人間よりも近しいことが窺えた。
のそのそとやってきたのは彼の唯一無二の友とでもいえる男であった。
名は気沼翔似(きぬま しょうじ)。
重く冷たい乃亜とは対照的なサッパリとしたスポーツ系の長身男子。
細いが筋肉質な体型に、明るく気さくな兄貴型の人間である。
しかし乃亜はちらりと目をやり、手にしていた紙切れを握りつぶしただけであった。
返事どころか、応えるようなそぶりも見せない。
「くだらん戯言だ。」
返事の代わりに鋼の様な抑揚のない冷たい声が返ってきた。
乃亜がそう言うならそうなのだろう。
それでもやはり少しだけ気になった気沼がそのぐしゃぐしゃに握りつぶされた紙へ視線を投げていると、背後からどうにも特徴的な足音が聞こえて来た。
足を引きずる様な、靴の裏を意図的に擦る様な、どことなく滑る様な歩き方をしている様な音だ。
「あの、授業が始まってしまいますよ?」
そんな足音の主は随分とおっとりとした口調でそう声をかけて来た。
見れば長く艶やかな黒髪を後ろで一本に結った少女が立っている。
剣道部所属にして全国屈指の剣術競技者、更には大戦以前からこの地域一帯に君臨していた名門武家、白葉家の跡取りであった。
名前は確か白葉唯(しらば ゆい)だったか。
クラスが違う為気沼の記憶は曖昧だったが、そんな声に促されたうえにそれ以上交わす言葉もなく、二人は揃って退屈な授業へ参加した。
時の経つこと数時間。
休憩時間なのだが、今までぐっすりと眠っていた気沼がはっとした表情で顔を上げた。
そのままくるりと後ろの席へ向き直る。
「なあ乃亜、やっぱり臨時使用教室はなんかあるぜ。」
言った瞬間顎が鳴った。
鈍い打撃音と共に気沼の口がふさがる。
「声が大きい。」
静かに返したのは乃亜なのだが、自らの親友とさえ呼べる相手に向かって問答無用の一撃とは。
気沼の顎には乃亜の拳が打ち据えられていた。
相変わらず鋼の様な声音に重ねて、表情も特に変化はない。
そこが逆に恐ろしいのだが。
何事もなかったかのように拳を戻す乃亜に、かえって苦笑気味に気沼は言い直した。
「目が覚めたぜ。臨時使用教室だが、調べにやった不良の端くれが帰って来ねーんだ。覚えてるか?いつだか帰り道で退治した集団。アレの頭に人借りたんだけどよ、どうにも怪しいぜ。」
打ち抜かれた顎をさすりながら、流石に声を落として話す気沼。
特に何か相槌を入れるわけでもなかった乃亜も、彼の声が終わると小さく頷いた。
「わかった。お前は今夜その連中に会って調査に向かった奴が戻り次第いつもの場所に連絡させろ。俺は奴に報告する。」
乃亜の声に気沼が頷く。
それから少し悩み、乃亜は静かに付け足した。
「真夜中に俺の家だ。」
声と同時に休憩時間も終わった。
しかし、ここから長い長い物語が始まろうとしていた。
- Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.2 )
- 日時: 2012/02/12 13:49
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)
一章:2話
その夜。
気沼は繁華街から多少離れた小さな空き地に居た。
先刻、乃亜からの指令は達した。
部下と呼んでも差し支えない程に彼の傘下となった元不良達は、快く了解した。
日が暮れてまだ早い。
いつの間にか瑠璃色に染まった空を見上げ、彼は幼いころの思い出を探した。
正直な話、乃亜と出会う前のことはあまり覚えていない。
忘れてしまったというよりも、過去の思い出は捨ててしまったと言った方が正しい。
乃亜と出会った時、始めて自分の居場所が出来たのだ。
今日も短い金髪が伸びをするように空へ向かっている。
それでも藍色の空に自分が押しつぶされてしまいそうだ。
昔と同じようにそんな感覚が彼を襲う。
大きなため息を一つついて、ポケットをまさぐった。
履きなれたジーンズの感触が心地よい。
目的の品はすぐに出てきた。
小さな黒い箱の嗜好品と、古めかしい年代物のジッポライターである。
一本咥えて火をつけると、彼は大きな伸びをした。
「さて、どこで時間を潰すかな。」
戦後最も早く復旧した繁華街は現在若者達の憩いの場であり、犯罪組織の天国でもある場所だ。
大戦で世界が得た物は空虚な感覚と惨めさぐらいだろう、科学の進歩は無いに等しい。
しかしそこには戦前同様の賑わいがある。
そんな場所で、馴染みのレストランに立ち寄る気沼。
そんな彼に飛んでくる声がある。
「あっ!気沼センパイ!」
明るい声に振り返ると、背後には小柄な少女が立っていた。
とは言っても長身な気沼から見れば、ほとんどの人間が小柄に見えるのだが。
声の主は今年同じ高校に入学してきたばかりで中学時代の後輩と、その友人たちであった。
声をかけてきた少女の名は睦月瞳(むつき ひとみ)。
どちらかと言うと内気な少女だが、なぜか仲がいい。
結局一緒に食事をすることになった気沼は、禁煙席に通されたことに多少がっかりした。
そして食事が始まって5分で気づいたこと。
失敗だったな、と内心でごちる彼へ女子4人からの質問責め。
重ねて、きっと気沼の奢りだろう。
さすがの気沼も笑顔がひきつる。
結局彼の想像通りの結果になったのだが、彼にとっては財布の心配よりも乃亜との待ち合わせに遅れる事の方が心配であった。
12時に乃亜と約束があるからと言い別れると、またいつもの歩き慣れた道を歩き始める。
- Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.3 )
- 日時: 2012/02/01 01:55
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)
一章:3話
結局、姫沙希家に到着したのは真夜中を数分過ぎてのことであった。
いつ来ても思うのだが、丘の上の豪邸に住むというのはどんな感覚なのだろうか。
しかし、それも乃亜にとっては興味のないことなのだろう。
鍵の掛かってない大きな細工扉をくぐり抜けると、相変わらず薄暗い大ホールが彼を迎えた。
その四方10メートル以上、天井までの高さも10メートル近いホールにはそれ一つでそのホールを十分に明るく保てるこれまた巨大なシャンデリアがかけられているのだが、
乃亜は基本的にそのシャンデリアを使わない。
また、毎週のように通っている気沼はこの屋敷をよく知っているが、ホールから伸びる廊下は数十にもおよび、始めてきたら確実に迷子になる様な作りなのだ。
正面に見える廊下から明かりが洩れていないという事は乃亜は自室であろう。
ホールや廊下、壁に至るまであらゆる美術品が並べられているのだが、気沼は目もくれずに乃亜の自室のある二階へと向かう。
毎度のことであるのだが、姫沙希家の作りはわかり辛い。
巨大と言うにはあまりにも広大な屋敷であるにも関わらず、使用人はおろか住人は乃亜とその父親だけなのだから仕方がないと言えなくもない。
作りが複雑であるよりも使用感のなさが扱いにくさ、覚えにくさを際立たせている。
自分だからこそ迷いも悩みもせずに乃亜の自室である部屋の扉を開ける事が出来ると、彼は改めて思った。
「遅刻だな。」
ノックもせずに押しあけた気沼の耳に、相変わらず抑揚のない声が聞こえた。
そして声の主もいつも通り窓際の小さな椅子に腰かけていた。
相変わらず汚れどころか皺ひとつないベッドを始め、彼の部屋には生活感と言うものが欠けていた。
「ごめんよ。」
いつも通り返事もない事にかえって安心しながら、気沼は巨大な冷蔵庫から飲み物を取って黒檀の椅子に座った。
一週間の半分はこの部屋に来る、正直、自分の部屋の様なものだ。
「んで?親父さんはなんだって?ちなみに不良どもの件は首尾通りだ。」
乃亜は無言でうなずくと、何やら紙の束を気沼に放った。
「臨時使用教室の件は後回しだ。こっちの案件が急務だそうだ。」
そう言った乃亜の顔はどこか愉しげであった。
書類の内容は以前から騒がれていた事件についての報告書の様である。
彼らの通う学校周辺で生徒が数名行方不明になっているのだ。
公安機関、学校側も捜査自体はしているものの一向に手掛かりは出てこない。
「事件自体は知ってるがよ、こいつをなんで親父さんが?あの人が腰を上げるってことは旧政府が噛んでるのかよ?」
どうも納得のいかない表情のまま気沼が訊いた。
そも彼らは被害者になり得る人間なのだ。
「奴に言わせれば、力ある人間が学び舎の秩序を預かるのは当然だそうだ。表向きにはそう言ってるが、裏にはもっと大きな何かがあるだろう。
姫沙希累と言う奴はそういう人間だ。後ろの方をよく見てみろ。俺に依頼する理由がわかるはずだ。」
そう、乃亜の言う"奴"とは実の父である。
姫沙希累。
その男に恩義を受けた人間が一体何人いるのか。
気沼もその一人である。
彼は親愛と敬意をこめて姫沙希累を親父さんと呼ぶ。
姫沙希累と言う男の素性がどうであれ、一般に知られているその人間像は内戦終結を直接的に導いた最高の兵士であり、戦後の復旧を率先して行った優秀な労働者である。
半面、戦後に職を失った兵士たちを集めて兵器会社を立ち上げた反社会的な一面を持つ男でもある。
しかし失業者を救い、兵器開発業の傍ら警備派遣なども行っているため社会的な地位は高い。
「後ろ?反転刷りされてる方か。」
そこまで言って気沼の声は止まった。
書面に食いつかんばかりに凝視している。
しばし、書面を読み漁った気沼が、深いため息と共に口を開いた。
「あいよ。いつかこんな日が来るとは思ってた。出来る限りやってみるさ。」
何か、死を決して挑むような凄絶な響きが含まれた声に、乃亜が苦笑した。
「それなら話は早い。次の被害者に心当たりがある。睦月瞳と連絡がつくようにしておけ。」
その声に、黒檀の机の引き出しから灰皿を取り出すところであった気沼の動きが止まった。
- Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.4 )
- 日時: 2012/02/01 23:53
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)
一章:4話
馴染みの名前を言われたこともあるが、それ以外にも何か心の中に引っかかる様なものを感じた。
「なんでまた?」
自分でも妙に硬い声だと思った。
乃亜は奇妙なものでも見るような顔になる。
「狙われている可能性がある。」
相変わらず抑揚のない声は、慣れているはずの気沼を異常なまでに戦慄させた。
「そして"影"が使える可能性がある。」
そっと付け足した乃亜の声は、ぞっとするほど静かであった。
それも普段と変わらないのだが、何故か気沼は自分が乃亜に狙われているような錯覚に陥った。
乃亜の全身から迸る殺気だ。
久々に大きな仕事になる、久々に大きな戦闘になる。
彼は歓喜しているのだ。
その異常な心の動きの出所を知っている気沼としては、卒倒しなかっただけでも称賛に値するであろう。
気沼が分厚いカーテンと豪奢な窓を開け煙草に火をつけると、乃亜は深く腰掛けたまま目を瞑った。
「今までの被害者は全て何らかの"魔術的素質"があるそうだ。もっともその報告書を読む限りではな。」
乃亜の声は低いがよく通る。
しかし、丘の上のこの家ならば人通りはない。
窓が全開でも聞こえる心配はないだろう。
「んで、瞳ちゃんにはその"影"って能力の素質があると。」
気沼が相槌を打つ。
既に煙草は半分ほど灰になっていた。
「あくまでも可能性だがな。ここ数日は被害者が出ていない。明日、ないし今週中には動きがあるだろう。」
乃亜の声が淡々と聞こえるなか、気沼は次の言葉が出てこなかった。
しかし、乃亜が次の声を発する前に乃亜の目が開いた。
「八城か。」
先ほどと全く変わらない声音、声量。
しかし、その声に気沼が立ちあがった。
開けはなった窓から玄関前の道路を見下ろす。
「夜更けに失礼します。社長がこっちの事件に協力してやれってね。」
まさか乃亜の呟きが聞こえたのか、その八城と呼ばれた男はにこやかな愛想笑いを浮かべて姫沙希家の戸を潜った。
数秒後、ノックの音と共に八城と呼ばれた男が入ってくる。
「お前も暇人だな。」
どこか呆れた表情で言ったのは気沼だ。
当の八城は心外な、とでも言いたげな顔で首を振った。
何とも人を食ったような仕草である。
彼の名は八城蓮(やしろ れん)。
赤銅色の髪をした背の高い男だ。
しかし気沼の様に筋肉質ではない。
どちらかと言えばひょろりとしていて叩けば折れそうな印象を受ける。
「いえね、社長の指示なもんで。今の時間なら二人ともここに居るだろうってね。」
仕草が仕草なら声も声だ。
人を小馬鹿にしたように、というか。
声、口調に全くの緊張感が感じられない。
社長の、っと言ったところを見ると姫沙希社の社員の様だが、とても兵器開発や警備の役には立ちそうもない。
彼の言葉にふんと鼻を鳴らしたものの、乃亜と気沼の反応は意外であった。
「まあいい。お前が居ればこちらも心強い。夜明けまで時間がある。概要を説明しろ、対策を練るぞ。」
乃亜が短く指示すると、八城は先ほどから浮かべていた愛想笑いのまま頷いた。
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