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複雑・ファジー小説
- Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.5 )
- 日時: 2012/03/24 12:04
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
第二章:影ニキヲツケロ。
翌日、睦月瞳は日の暮れた帰り道を足早に進んでいた。
新入生の性とでも言うべき委員会と雑用とでずいぶんと遅い帰りになってしまった。
実に彼女は焦っていた。
今日は何の気まぐれか、中学時代から憬れていた気沼が彼女を食事に誘ったのだ。
正直な話、本当は一度帰宅して制服を着替えたいのだが、既に待ち合わせの時刻を過ぎているので叶わぬであろう。
喫煙者の気沼は制服の少女との食事は嫌がるであろう。
そんなことを考えていると、焦っているはずの足が異常に重たくなるのを感じた。
背後から車の接近する音が聞こえる。
近頃失踪事件が騒がれているが、学校からはやや離れているので問題はないだろう。
そう思うと、この一帯も治安が良くなったものだ。
そんなことを考えていたのがまずかったのであろうか。
もしくは気沼の事を考えていた為であろうか。
まさか、背後から接近してきた車が目の前にドリフトして来ようとは。
そしてその車から影が躍ると、少女の意識は深い闇に落ちた。
しかし、何と見事な手際であるか。
ほんの数秒で少女は誘拐されてしまったのだ。
ほとんどの停滞を見せずに車は再発進した。
数秒の後、辺りに乾いた破裂音がこだました。
誘拐犯一行の車のフロントガラスが粉々に吹き飛ぶ。
なんと、上方向から飛来した弾丸は走行する車どころか、アスファルトまで突き抜けていた。
しかしそれにも止まらず逃走車は加速し、近くの倉庫街へと向かった。
続いてもう一発。
いや、続く弾丸はそれこそ雨の様に降り注いだ。
どれとして車体から外れる物はない。
まさに集中砲火である。
しかし、高速で走行する誘拐犯の車両の真上からいかにしてこれだけの集中砲火が行われているのか。
頭上にあるのは空ばかりである。
まさに何もない頭上からの襲撃者なのだから驚きではあるのだが、逃走する車はその弾丸の全てを受けて尚走った。
いや、よく見れば弾丸が接触する瞬間、火花と共にその弾丸が弾かれていることがわかる。
どちらともが姿も見せずに驚くほどの手練で攻防しているのだ。
「止まりませんねぇ。」
逃走車を遠目に見る高層ビルの屋上で緊張感のない声が聞こえた。
高速で走る逃走車は遥か前方、数キロ先をこちらに向かって走っている。
「先頭一台に目標が。後続は五台、全て3メートル間隔で追随してます。」
肉眼では到底視認不可能な距離に居ながら、その声には一切の揺るぎがなかった。
全て見えているかのように。
声の主は姫沙希社の社員であり、姫沙希累が乃亜の元に派遣した男、八城であった。
特に何か望遠機器を覗いているでもなく、八城は足元に転がした筒の様なものをいじっている。
にも関わらす、その声には一切の揺るぎがなかった。
全て見えているかのように。
「外したのか?」
咥えた煙草から煙を燻(くゆ)らせながら訊いたのは気沼である。
何とも気のこもらない声なのだが、どことなく顔は驚きの表情を作っている
「いえね、初弾を含め全弾命中を確認しました。しかし有効打は初弾の一発だけです。どうします?降りますか?」
応える声も緊張感が欠片も感じられないのだからふざけた連中だ。
そして背後に控える黒衣の美影身が黙々と何か思案した後、舌打ち交じりに呟いた。
「面倒だ、行くぞ。」
言い放って跳び下りた人物は言うまでもない。
しかし、跳び下りる高さにも限度がある。
三人の居る高層ビルの屋上は高さ30メートルは下らない。
そんな場所にも拘らず乃亜は躊躇いもなく跳んだ。
待ってましたとばかりに気沼も続く。
「後ろ四台はこっちで片付けます。先頭二台はお願いします。」
八城が言うのだが、どうせ聞いてはいないだろう。
「"風の補助"!!」
いつもの黒いコートをはためかせた乃亜が呟くと、降下する二人を風が支えた。
ゆっくりと降下する二人の眼下には狙い済ましたかのように逃走車が訪れた。
着地と同時に乃亜が地面を蹴る。
なんと彼は先頭の逃走車、つまりは睦月瞳を乗せた車のフロントから内部に侵入した。
如何に八城の弾丸でフロントガラスが破壊されているとはいえ、明らかに自殺行為であった。
そんな乃亜を目の端に見止めて、気沼は迫る二台目に集中した。
履きなれたジーンズのポケットから何やら取り出すと、一瞬にして彼の手には姫沙希社のカービンが収まっていた。
姫沙希社の開発した新技術、圧縮式超小型ホルダーである。
小指の先程の立方体なのだが、それを圧縮したいものに押しつけると物理的な質量を無視して内部に収納できる。
展開したいときは強く握りつぶせばいい。
圧縮対象のサイズによってホルダーに色付けがされているのだが、気沼が使用したのは一番小さい緑色のホルダーであった。
事前に八城から受け取って置いたのだが早くも使う羽目になるとは。
30発の箱型弾創を撃ち切るころには車は炎上、中から数人の男たちが転げ出てくるところであった。
- Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.6 )
- 日時: 2012/03/24 12:05
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
第二章:2話
「あれ?」
少女は鋭い殺気で我に返った。
外見からは想像出来ないほどの広さの車内では、青い髪の青年と乃亜が睨みあっていた。
「あれ?姫沙希センパイ?」
何とも間の抜けた問いなのだが、乃亜は相変わらず冷めた目で一瞥しただけであった。
気遣いの一言も安堵の表情もない。
これでは助けられた方も何のために助けに来たのか理解に苦しむだろう。
数秒の睨みあいの後、青髪の青年が口を開いた
「少々分が悪い、ここまででいい。」
独りごとの様なその呟きで、車体が大きく傾いた。
急激なブレーキと過度のハンドル操作の反動なのだが、それを見逃すはずもなく青髪の青年は少女を抱えて外に跳んだ。
どうやら目的の倉庫街に到着したらしいのだが、コンテナに激突した車体は爆発、炎上。
数秒の間、燃え盛る炎の演舞が続いた。
ふと、月が翳った。
雲ではない。
背筋の凍るような超自然的な闇が倉庫街の一角を覆ったのだ。
それを歓喜するかのように燃え盛る車体が動いた。
嗚呼、見よ。
猛火の中から跳んだ怪鳥の如き影を。
尚火の消えぬコートを打ち払い、乃亜は逃亡犯を追って近くの倉庫へと奔った。
その頃。
超連続的な発砲音が春の嵐のごとく鳴り響いていた。
重なるように、高層ビルの屋上からはこれまた嵐のごとく銃弾が撃ち出されている。
先ほど八城が弄っていた筒が火を吹いているのだ。
迫撃砲の様な円柱形のソレは、完全電子制御の3連装12.7mm機関銃なのであった。
銃身が電子制御なだけでなく、弾丸も完全にレーザー誘導され電子制御される。
よって、先ほどの様な超遠距離でさえ驚異的な命中率を誇っている。
しかし、特に誰が何を操作している訳でもなく、如何にして銃身、弾丸共に制御しているのか。
既に八城の担当する車両は完全に大破。
下では気沼が残党と格闘していた。
そんな気沼には目もくれず、八城は深々と地面に腰を下ろした。
そして、何とも言えぬ不敵な笑みを浮かべた。
八城が座ったまま器用に背後に向き直るのが先か、後か。
どちらにしても勢いよく背後の、正確には正面の鉄扉が押し開けられた。
出てきたのは四人。
誰一人とってもまともにやり合えば只では済まなそうな屈強な男たちであった。
敵意を剥き出しにした彼らが言葉を発する前に八城がさも面倒臭そうな表情で切り出した。
「そのままお帰りください。ようやく一息ついたところなんですから、命を粗末にしてはいけませんよ。」
怒りよりも呆気にとられた四人が動く前に、八城が立ちあがった。
破裂音がこだました。
四発もの凶弾が八城の腹部と胸部を撃ち抜いた。
先頭の男が、白煙の上がる大口径拳銃を片手に笑った。
「釣りは取っときな。」
そのまま踵を返そうとした四人を前に、驚きの表情のまま固まっていた八城がにやりと笑った。
「いいえ、お返ししますよ。」
いつの間にか八城の右手には大振りなサバイバルナイフが握られていた。
またも恐怖よりも呆気にとられていた男たちは悲鳴を上げる間もなく事切れた。
「乃亜が心配なのにな。」
破壊された車内から転げ出てきた男たちを一瞥して、気沼は溜息をついた。
数は五人、誰も大きな飛び道具は持っていないようだ。
気沼も既に撃ち切ったカービンは路上に投げ出してある。
のそのそと起き上がってくる誘拐犯一行は、すぐさま気沼を認めた。
短く息を吐き、気沼が走った。
細いが筋肉質な気沼の見かけからは想像しにくい滑らかな動きであった。
先頭の一人が構え、後ろの二人が拳銃を抜いた。
大きさから見て9ミリのダブルアクションだろう。
距離は2メートル。
短く跳んで先頭の男の懐に潜り込むと、助走の付いたままの拳が見事に腹部に決まった。
あまりの激痛に男の意識が飛ぶ。
そのまま腕を取り、銃を構えた片割れの元へと押した。
敵を盾にして進軍するとは、何とも合理的だ。
仲間を盾にされ、銃を構えた二人が戸惑っている間に、気沼はその眼前に辿り着いていた。
盾にしていた男を放りだす。
思った通り片手に9ミリのダブルアクション、腰にはナイフ。
しかし、そんなことは恐るに足らずとでも言いたげに、気沼は片割れの右手を捻りあげた。
一体どれほどの力で捻ったのか、大の大人が悲鳴を上げて膝を折る。
人間の体が関節の動きに逆らえぬように、腕を取られた男は一切の停滞なく新たな盾となった。
銃を持ったもう片方が状況を理解する前に、盾にした男の腰からナイフが飛んだ。
気沼が男の腰から引き抜き、掬い上げるようにして投げたものだが、まさかその一撃が対峙していた男の喉元を貫こうとは。
残る二人の男は、どちらもナイフを構えていた。
刃渡り15センチほどのアーミーナイフである。
まともに食らえば手首ぐらいなら軽く落ちるであろう。
一寸悩んだ気沼であったが、続く行動は早かった。
盾にしている男の手首を更に捻った。
男の悲鳴、鈍い音。
あっさりと折れた手首に引きつる二人をしり目に、気沼は折った手から零れ落ちる拳銃を掴んだ。
恐怖に引きつる男の眉間を撃ち抜くなど造作もない。
二発の銃声が響くと、残るは盾にしている男独りになった。
今やガタガタと震える男を呆れ気味の目で一瞥して、気沼は男の後頭部に肘を落とした。
力なく崩れる最後の一人を開放すると、気沼は煙草に火をつけた。
ものの数分の死闘を一方的に制した気沼は、深いため息と共に座り込んだ。
- Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.7 )
- 日時: 2012/02/03 06:23
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)
二章:3話
仄かな月明かりに照らされた倉庫内はただただ広かった。
元々が旧政府との戦時中に使用されていた軍用の大型倉庫なのである。
中規模戦闘ヘリなら十五機、三十トン戦車なら十台も収容できる。
だが、全ては過ぎた日の思い出だ。
現在その軍用倉庫は荒廃しきっていた。
ヘリもなければ戦車もない、あるのはただ打ち捨てられたガラクタと木箱のみであった。
「まさか、生きているとはな。」
傍らに少女を下ろし、誘拐犯の青年は呟いた。
感嘆、と言うよりは呆れに近い物言いである。
「何の幸運にしろ、拾い上げた命ならば無駄にはするな。」
倉庫の入り口に背を向けた青年の声音には、どことなく悲痛な色があった。
多くの死を経験して来たに違いない。
音もなく倉庫へ乗り込んだ乃亜が足を止めるほどに、その声は凄絶な響きであった。
しかし、如何な感情を伴おうともこの男が誰かの言葉に耳を貸す事などあるわけがない。
「逃げ道はない。」
鋼の様な声が聞こえた。
普段と差異はない。
冷静と言うよりは無関心に近い抑揚のなさである。
その人間離れした声に釣られるように青髪の青年が踵を返した。
「ほう、あの車内に居て全くの無傷か。余程運がいいと見える。しかし、愚かだな。」
にやりと笑ったその笑みの邪悪さに、瞳は思わず身を引いた。
そんな瞳を見て、乃亜が初めて声をかけた。
「そこに居ろ、すぐに終わる。」
まるで初めて瞳に気付いたかのような素っ気ない声に、瞳は固まった。
その声には少女が金縛りに遭うほどの殺気が含まれていたのだ。
青髪の青年でさえ、笑みが引きつった。
呼吸が浅くなり、体温の低下さえ感じられる。
しかしそれもつかの間、青髪の青年は高々と笑った。
「すぐ終わるか。面白い、だがどちらが終わるかな?」
そして瞳は見た。
僅かな月明かりに照らされる男の肌に黒い文様が浮き上がるのを。
乃亜は気付かぬのか、鼻で笑いゆっくりと歩み寄ってきた。
「どこまでも愚かだな。この姿を見て魔族だとわからぬのか。」
男の冷ややかな笑いは、クツクツと喉の奥から出てくるような嗤いに遮られた。
魔族と名乗る男よりも尚邪悪な笑みを湛えた乃亜の冷笑によって。
「追ってきた甲斐があった、やはり魔族か。」
その声に、瞳が僅かに動揺したのがわかった。
少女はいつだか気沼の漏らした魔族と言う言葉を必死に探していたのだ。
その矢先、自らの先輩が魔族との邂逅を喜んでいる。
しかし、その発言もそうなのだが、何と邪悪な笑みか。
まるで来る死闘を歓喜しているかのような笑顔である。
どちらかが死ぬ、そんな闘いを心待ちにしているかのようである。
黒いコートの裾をはためかせながら歩み寄るその姿は、どことなく黒衣の死神を思わせた。
しかし、何と美しき死神か。
月明かりに浮かぶその美しさが、魔族を凍りつかせたのかもしれない。
「ふん、強がるな。」
狼狽の色を必死に隠しながら魔族は動いた。
いや、動いたと認識できたのは乃亜だけかもしれない。
魔族は駆け込み様に回し蹴りを放ったのだが、常人には吹き飛ぶ乃亜しか認識できなかったであろう。
「ほう、よく防いだな。」
乃亜の立って居た位置に立ちつくす魔族が感嘆の声をあげた。
彼は見たのだ。
瞬速の一撃が決まる寸前、乃亜が腕を交差させて防御姿勢を取ったのを。
乃亜が壁にぶつかる音でようやく状況を理解した瞳が小さな悲鳴を上げた。
「人間にしてはよくやった。」
勝利を確信した笑みを浮かべて、魔族は右腕を乃亜に向けて振った。
「"魔光弾"!!」
腕を振りながら叫ぶと、乃亜目掛けて蒼い発光球体が飛んだ。
凄まじい音と共に球体が爆発する。
魔族を魔族と呼ばせる所以、魔術である。
「姫沙希センパイ!!」
瞳の叫びがひどくこだました。
ゆっくりと腕を下ろした魔族が、勝利の笑みを浮かべて瞳へ歩み寄った。
しかし、一瞬の静寂の後、壁際から起き上がる影があった。
「この程度でいい気になるな。」
抑揚のない声が今度こそ魔族を金縛りにした。
炎こそ上げないが、魔術による爆発は魔力が熱エネルギーと運動エネルギーその物を生み出す。
火薬の爆発と何ら変わりない。
それを受けて尚平然と起き上がるなど、人間では到底不可能なことであった。
乃亜へ向き直ることすら出来ぬ魔族だが、瞳ははっきりと見た。
なんと、魔族同様に乃亜にも黒い文様が浮き出ているではないか。
その姿に何を感じたのか、瞳が押し殺した悲鳴を上げた。
「さて、準備運動はこの程度で良かろう。」
先ほどの位置に戻った乃亜が愉しげに言った。
魔族がゆっくりと向き直る。
「お前は、何者だ!?」
蒼白となった魔族の怒声と共にまたも乃亜目掛けて発光球体が飛んだ。
「ふん。」
鼻で笑った乃亜なのだが、この時実に恐るべきことが起きた。
ソレを克明に記すならば次の様な事が起きた。
なんと、笑いに重ねるようにして乃亜も同じ発光球体を飛ばしたのだ。
先ほどにもまして凄まじい爆発音と圧力が倉庫内を吹きぬける。
驚愕の表情を浮かべた魔族であったが、その表情がすぐに苦悶の表情に変わる。
なんと球体同士が接触、爆発した直後、魔族との距離数メートルを一瞬で走破した乃亜が魔族の胸にいつの間にやら握っていた短刀を突き立てたのだ。
放心中の瞳の頬に魔族の鮮血が飛んだ。
「どこから来た?」
先ほどまでどこか愉しげであった乃亜の声は、いつもの鋼の様な声音に戻っていた。
弱者に興味はない。
敗者となった魔族は、既に乃亜にとって眼中にない存在なのだ。
「そしてどこへ行く?」
ゆっくりと刃を捻りながら更に乃亜が問いかけた。
「喋るわけにはいかない、殺せ。」
激痛をこらえながら尚信念を貫く魔族。
一体どれほどの精神力があれば胸を抉られて尚、抵抗できるのであろうか。
遂に口を割らない魔族を相手に乃亜はさして興味もなさそうに刃を握る手に力を入れた。
- Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.8 )
- 日時: 2012/02/03 21:01
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)
二章:4話
しかし、そんな乃亜の動きを咎める声が聞こえた。
「姫沙希センパイ。命は貴方が身勝手に奪っていいものじゃない。」
その声は、傍らの少女から聞こえた。
だがそれは、瞳の呟きにしてはあまりにも機械的で無表情な声だった。
乃亜が振り向いた瞬間、なにかが襲った。
「っく!!」
凄まじい勢いで乃亜を襲う圧力。
それは先ほどの魔族の発光球体のような魔術ではなく、もちろん瞳の物理的な攻撃でもなかった。
影だ。
そう、乃亜を音もなく襲ったのは瞳の影であった。
獣の様な形の影が、瞳の影から乃亜の影を襲っていた。
獣の影と瞳の影は細い影で繋がり、獣の影に攻撃された乃亜の影と同じ場所に乃亜の体も物理的なダメージを受けた。
「まさか、ここまでの腕とはな。」
乃亜の呟きは、虚ろな目とかすれきった嗚咽を零す少女に向けられた称賛だった。
その呟きが終わるか終わらないかの時点で、再び影の攻撃が乃亜を襲った。
新たに剣を持った人間の影が忽然と出現し、追撃に剣を振りかざす。
さすがの乃亜も、自分の影を回避させるのには慣れていない様だ。
影の握る剣が、ざっくりと乃亜の影の右肩を切り裂く。
「っく。」
乃亜でさえも苦痛に表情を歪める。
影に影響されるということは、物理以上に精神にダメージを受けるのである。
「影舞踏。"開幕宜(かいまくぎ)"に"宵踏(しょうとう)""咆哮(ほうこう)"まで使いこなすか。もはや天才としか言えん。」
その言葉と同時に乃亜は動いた。
「"精神同調"」
声が聞こえると同時に剣を握った影が動いた。
狙いは乃亜の頭だ。
大きく振りかぶられた一撃を、乃亜の影が握る短刀が防いだ。
続く乃亜の行動は非常に早かった。
それに負けぬスピードで獣の影も動いた。
「"魔光弾"!!」
頭上に向けて放たれた魔光弾は天井を爆破。
一瞬の爆発で生じた光が影の形を変える。
「っん!!」
声もなく崩れたのは瞳であった。
一瞬の影の変化中に乃亜が鳩尾に正拳を沈めたのであった。
「姫沙希くんからメールです。倉庫街で捕虜を取ったらしいですよ。」
凄まじい着地音を響かせながら高層ビルから飛び降りて来た八城は地面にめり込んだ四肢を引き抜きつつ言った。
もちろん地べたに座り込んで煙草を噴かしている気沼に言ったのだが、気沼には着地音で聞こえなかったらしい。
もう一度言うと、気沼は身の籠らない表情で頷いた。
しかし、乃亜が携帯電話を持ち歩いているのは珍しい。
「お前ももう少し気ぃ使ってやれよ。道路、滅茶苦茶じゃねーか。」
その気の込もらない言葉は今の着地に対してか、はたまた八城が屋上から掃射した機関銃に対してか。
気沼がこう真面目腐った事を言うのも珍しい。
「まあ、ご愛敬ですよ。どのみちこの旧道は拡張、新設の工事が明日から行われる予定ですし。」
対して八城は相変わらずの声でそんな事を言い、地べたに座った気沼をひっ掴み、片手で放り投げる。
真上に。
「うあッ!!」
気沼が驚きの声を上げ、地面に落ちる時、八城はどうやってか大型のバイクに跨っていた。
どう見ても一般人の持ち物ではなく、100キロを超える側車を付けて走る軍用バイクだ。
今その側車は付いていないが、それだけ馬力のある車種だと言う事は容易に理解できる。
気沼が着地したのはちょうど八城の後部座席であった。
「相変わらず手荒いってのッ!!」
気沼が不満を漏らすと、八城は笑顔で「ありがとうございます」と言い、バイクを発進させた。
- Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.9 )
- 日時: 2012/02/06 19:21
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)
二章:5話
結局乃亜の正拳を受けた瞳が復活するはずもなく、彼にしては珍しく気沼と八城に連絡を入れたところであった。
「逃げぬのか?」
その鋼の様な声は、横たえられた瞳の傍らから。
もちろん乃亜が放ったものだ。
では相手は誰か。
「気づいていたのか?」
それは乃亜に胸を抉られた魔族の声であった。
瞳と乃亜の交戦中も、全くの不動であった魔族が、乃亜の背後に立っていた。
「俺が"影"と闘っている時から逃げられる状態だっただろう。それなのになぜ逃げなかった?」
その問いに、魔族は少し沈黙した。
そして軋むように口を開いた。
「その娘を連れてでなくては帰れないのでな。それと、もう一度勝負願いたい。」
その目は、敵を背後にしても全く緊張や焦りを見せないどころか、振り向きもしない乃亜の背に注がれていた。
この魔族の若者は純粋にこの驚異的な敵、強い者と闘いたいのだ。
「魔族は物好きが多いと聞いたが、あながち間違いではないな。」
乃亜は苦笑にも似た声で呟き背後を向いた。
そこに居た魔族には、胸の傷はなかった。
「魔族は本当に傷の治りが早いな。実際に見たのは初めてだ。」
乃亜は微かに微笑んでいた。
この男も、闘いを楽しんでいるのだ。
「ほう。やはり魔族について無知では無いようだな。では、いくぞ!!」
掛け声と共に魔族は走った。
いつの間にか幅広の直刀が握られていた。
銀光一閃。
だが魔族の刃は空を切った。
乃亜が大きく後方へ跳んで回避したのだ。
瞳の身を気遣ったのも彼にしては珍しい。
この二人が争えば周囲に被害が出るのは、火を見るより明らかというのは言うまでもない。
魔族も跳んだ。
「魔光弾!!」
掛け声と共に放たれる発光球体が乃亜を襲う。
「ふん。」
鼻で笑う乃亜は、驚くべき事をした。
美しい金属音が鳴り響く。
魔族が驚きの表情を隠せないのも無理はない。
乃亜は魔族の放った魔光弾を跳ね返し、魔族の必殺の刃を抜き打ちの短刀で受けたのだ。
有らぬ方向で爆発した魔光弾が二人の顔を照らし出す。
「やはりそうか。」
魔族が呟く。
乃亜の体には、魔族同様の黒い模様が浮き出ていた。
「魔力覚醒、お前も魔族か!!」
その叫びは、酷くこだました。
魔族がそれに気づいたかどうか。
「"無音円域(サークル・オブ・サイレンス)"」
乃亜は小さく呟くと、打ち合ったままの刀身を滑らせた。
後方、つまり自身の方向へ。
そして魔族に勝利を確信した笑みを与えた。
「死ねえぇ!!」
その咆哮が響いたのが魔族の脳内だけだった事に、魔族は気づかなかった。
滑らせた刀身ごと魔族を受けかわし、距離を取る。
「魔光弾!!」
近距離にも関わらず、魔族は魔光弾を放つ。
正確には放つつもりであった。
発動しない、術が発動しないのだ。
「今のお前に魔術はない。なぜなら魔術の発動媒体の一つは"声"だからだ。」
しかし、乃亜の声も魔族には聞こえない。
そう。
乃亜の伏線は、無音円域。
つまりは相手の発声や、魔術の効果空間の音を一切抹消する魔術であった。
魔族は走った。
その無音円域の効果範囲が、乃亜の立ち位置までだと悟ったのである。
ならば乃亜よりも奥に行ってしまえば無音円域は関係ない。
走りながらの一跳び5メートル。
あっさりと乃亜の頭上を飛び越えて、魔族は乃亜の背後へと降り立った。
「これで魔術も使えるぞ。」
魔族が言った。
しかし、魔族の言葉が乃亜を動揺させることはなかった。
「お前は単純だな。俺が無音域内でお前を倒すつもりなら、お前は今ここに立ってはいないだろう。」
乃亜は振り向きざまに手を差し伸べた。
「"怨嗟波動"」
魔族の反応を待たずに、乃亜の手から黒い波動が押し寄せる。
これこそが乃亜の本当の狙い。
無音円域すらも伏線だったのだ。
円域を脱した事で生まれる隙に、強力な魔術で屠る。
乃亜の魔術で生まれた負の精神エネルギーが、魔族を襲う。
「ぐああぁ!!
絶叫と共にこの世のものとは思えぬ表情が魔族を襲った。
そして黒いエネルギー波は、魔族の全身を彩り、やがて消えた。
「怨嗟の声は道連れする。それがお前の犯した罪の重さだ。」
乃亜の表情が変わることは終始なかった。
魔族に背後に立たれても、目の前で無惨な死が繰り広げられようとも、この若者の心には一切響かないのだ。
いつの間にか、乃亜の身体的な変化は消え、いつもの様に無表情で気沼達を待つのだった。
- Re: 巡る運命に捧ぐ鎮魂歌 ( No.10 )
- 日時: 2012/02/07 16:46
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: eXQSDJu/)
三章:雷光は穿つ
「んで?これからどうするよ?こんなの相手じゃちょっと自信ないぜ。」
溜め息混じりに問うのは気沼だ。
あの後、数分で気沼達が到着したのだが、戦闘による被害の大きさで相手の実力がわかってしまったのだ。
そんな気沼に、八城は溜め息混じりに呟く。
「姫沙希社屈指のパワーファイターがそんなんじゃ先が思いやられますよ。」
もちろんいつもの緊張感のかけらもない口調なのだからこちらも先が思いやられる。
「オレは親父さんには感謝してるが、別に会社の人間じゃねーよ。
親父さんが同じ部類だなんて思っちゃいねーけど、オレはやっぱり軍人は好きになれねー。」
いつも温厚で、この3人の中では一番マトモな人間である気沼が、まるで別人のような口調で言った。
「そう言う意味ではなく、姫沙希くんと互角に戦える貴方がって意味ですよ。」
そんな気沼の変化に対して八城は見向きもしない。
到着時のまま、バイクに跨って居る。
重ねて、普段と全く変わらぬ緊張感のない口調は、火に油だ。
「お前はわかってねーんだよ!!親父さんや会社には確かに助けてもらったさ。でもな、オレをそんな風に追い込んだのも軍人なんだよ。」
気沼の口調はもはや喧嘩腰だった。
常人には分からないが、気沼の自然におろした両手は、どんな構えよりも効果的な構えであった。
「貴方の過去に干渉するつもりはありませんがね、私としては社長と会社を悪く言うなら話は別ですよ。」
こちらも抑止であった。
脅迫し、思いとどまらせる。
その"抑止"と言う単語以外が今の八城の行為、言動を表す事は不可能であった。
緊張感のない口調の裏には、いつでも攻撃、防御が可能だと言う絶対な自信があった。
「だから親父さんと会社を同じだとは思ってねーって言ってんだろ!!ただオレは軍人が嫌いなんだよ。」
しかし、その抑止で思いとどまる程、気沼は弱い人間ではなかった。
その目は明らかに八城に対する攻撃のタイミングを見計らっている。
「社長も社員も、十年も前は戦後のゴタゴタを走り回る軍人でしたけどね。その矛盾がそもそも間違いなんですよ。
べつに社長は感謝して欲しくて貴方を拾った訳じゃない。憎まれたって何とも思わないですよ。あの人はそんなに小さな人間じゃないですから。」
皮肉だった。
しかし、その緊張感のこもらない口調の皮肉は少なからず核心をついていた。
「確かにそうだろうよ。親父さんは軍人だった。社員もお前もそうだった。例え意味もなく救われた命だったとしてもオレは感謝してる。
だけどな、ソレとオレの憎しみは話が別だってんだ!!お前なんかに、"人間じゃない"お前なんかに分かってたまるか!!」
それは恫喝と挑発だった。
一触即発の場で気沼は仕掛けた。
受けても流されても、次の八城の言葉が終わった時、彼は攻撃に出るつもりであった。
「所詮貴方も"人間"ですね。その矛盾の気持ち、私には理解出来ませんよ。貴方の言う通り、人間ではないのですから。」
八城の返答は気沼と同じであった。
挑発。
それを理解してか、しないでかは分からないが次の瞬間、気沼の右脚は旋風と化して八城を襲った
八城は全く重心を変えずに裏拳を放った。
勿論気沼に見向きもしない。
しかし、気沼の回し蹴りに対して打ち出した八城の左の裏拳が気沼の蹴りと打ち合う手応えはお互いに感じなかった。
「餓鬼の喧嘩か?」
重く低い呟きが流れた。
これまで一切言葉を発さなかった乃亜が動いたのだった。
乃亜の細い腕は八城の裏拳と撃ち合い、気沼の蹴りを掴んでいた。
二人の攻撃の軌道を読み、二人の攻撃以上の速度で受ける。
その常人離れした行動に、気沼が、そしてさすがの八城も驚きの表情を作った。
「お前達が何を思い、信じても構わん。だが、互いの意見の相違で無益な争いを生むならば容赦はせん。」
至って無表情なのだから驚きだ。
言葉の内容と顔の表情のギャップは目を見張るものがある。
しかし、なんたる圧力か。
あの気沼が、そしてその気沼にさえ動じない八城までもが凍り付いた。
しばしの沈黙が重たくおりた。
「悪かった。まさかホントに"魔族"と闘(や)るのかと思ったらちょっと動揺したんだ。」
気沼はバツが悪そうに脚を下ろした。
素直じゃない性格なのか、顔はそっぽを向いている。
「いえ、私こそ大人げなかったですね。貴方が"姫沙希"に大きな感謝を感じていることぐらいわかっているつもりです。」
こちらは八城だが、口調は幾分真面目だ。
そんな3人の誰かが次の言葉を発する前に、動いた者が居る。
「ん・・・。」
乃亜の正拳から、瞳が復活した様だ。
この特異な3人が助けた凡庸な少女。
しかし、乃亜は既に彼女も特異な人間だと知っていた。
「さてさて、どうしましょうか?」
また緊張感のない口調でそう言うのは勿論八城であった。
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