複雑・ファジー小説
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(勝つのはどっちだ。 ( No.105 )
- 日時: 2013/06/04 05:35
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: woIwgEBx)
九章:5話
階段を駆け上がったところで、気沼は人狼達に追いついた。 防御陣営で待ち構えていた姫沙希社の社員達が人狼の足を止めたのだ。
乾いた発砲音が連続するが、銃撃程度では人狼たちにはかすり傷程度にしかならない。 そもそも肉体構造以前に、筋繊維や内臓を含めて、人間の常識が通用しない相手だ。
「防御班、エレベーターで社長室へ。 こいつらの狙いは工藤要と睦月瞳だ。」
叫びながら気沼は跳んだ。 助走からの跳躍ではあるが、八城や魔族にも比肩し得る距離を彼は跳んだ。
そのまま体重を乗せ、渾身の肘打ちを人狼の頭部に叩きつける。 三匹横並びで立ち止っていた人狼たち、その真ん中の一匹に気沼の肘が命中した。
鈍い音と共に、人狼の首がだらしなく垂れる。
崩れ落ちる仲間に、人狼たちは大きな遠吠えを上げた。 威嚇や哀悼の意味ではない。 開戦の相図だ。
「親父さんに報告してくれ。 侵入者は魔族一人と人狼三匹。 魔族は八城が相手をしてるってな。」
彼の声で、防御陣営が崩れた。
社員は皆、内戦中の勇士たちである。 各々が仲間を護りながら、指定された社長室へと向かった。
対して、前方の陣が消えても人狼たちは進まなかった。 ゆっくりと気沼に向き直ったその眼は、確かに状況を理解し、気沼を倒さねば目的が成就出来ない事を理解していた。
「さて、次はどっちが相手だ?」
二匹の人狼と対峙した気沼は、笑顔で聞く。
いつの間にか、気沼にも乃亜や八城の様な余裕が生まれていた。 彼は雷華術を使いこなせるのだ。
しかし、またも彼の実戦経験は役に立たなかった。 なんと、頸を折ったはずの一匹が垂直に跳び上がったのだ。
声を上げる間もなく、人狼の腕は振り抜かれた。 その瞬間、気沼の全身を紫電の輝きが包む。
雷華術、防御流派の基本形である"防雷"は、殆どの物理的接触を電圧で弾き返す。
流石に衝撃だけは防げない物か、吹き飛ぶ気沼であったが、飛びながら彼はくるりと着地姿勢を取った。 やはり凄まじい運動神経であるが、発動した雷華の守りがなければ恐らく即死であったろう。
そんな気沼の着地よりも早く、つまりは人体の落下速度よりも早く、人狼たちは気沼の元に突進していた。
左右と正面からの一斉攻撃。 どれも人間など一撃で葬る威力の鉤爪が気沼を襲う。
「"剛・雷華(ごうらいか)"!」
声は着地と同時に聞こえた。 気沼の地面にあてがった手から円形状に紫電の稲妻が迸る。 人間ならば致死量の電流が足元を巡っているのだ。
敵の目標が自分自身なら、そこを中心に円形攻撃で迎え撃つ。 気沼の状況判断能力は、的確に彼自身を守り、雷華術の攻撃性能を遺憾なく発揮させた。 通電効率も伝導性能も関係ない。 彼の魔力そのものが雷となり、それをそのまま放出しているのだ。 彼は差し詰め、人型の積乱雲とでも呼べようか。
如何に人狼たちが柔軟で強靭な筋肉を有していたとしても、筋肉自体が硬直しては何の役にも立たない。 一斉に前のめる人狼たちを、瞬速の蹴りが迎えた。
右から来た一匹の下顎が宙に舞う。 そのまま脚を勢いで左に向き直ると、崩れ落ちる左の人狼の後頭部にまたも肘を落とした。 もちろん只の肘打ちではない。 雷の魔力による筋組織の活性化と、蹴りの勢いを伴った落下の運動エネルギーが伴った一撃だ。
見事に頸と頭の付け根を捉えたその一撃に、左の人狼の首は直角に折れた。 残るは一匹。
前のめりの状態で何とか姿勢を維持した人狼に、気沼は右手を向けた。
「昨日の奴もこの一撃で倒した。 お前も、な。」
次の刹那、飢えと憎悪の籠った眼差しを向ける人狼の胸に、気沼の右手が突き刺さった。 パチパチと小気味良い音と共に背中まで抜けた右腕はまさに昨夜の再現。
肘まで突き刺さった腕を伝い、人狼の苦しげな鼓動が彼の顔をしかめさせた。 それを振り切る様に一気に引き抜く。 激しい痙攣と共に人狼は事切れた。
「さて、五階はセンジュのフロアか。 一応確認に行ってやるか。」
溜息にも似た、どこか疲れを感じさせる声でそう呟くと、人狼の血に塗れた右腕と靴を振りながら気沼は事務室へと向かった。