複雑・ファジー小説
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(今更キャラ紹介w ( No.38 )
- 日時: 2012/02/23 21:09
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
第六章:姫沙希社
一瞬の静寂の後、乃亜の声が事務的に届いた。
「八城、動けるか?」
工藤要の意識が失われた瞬間、彼女の起こした異常の数々も効力を失っていた。
乃亜の憂い事は八城の損傷具合である。
先ほどまでの驚異的な動きは、さすがの八城の強化骨格であっても諸刃の剣なことは明らかであった。
「まあ、なんとか。それより急ぎましょう。メディアの連中が近いですよ。」
八城は、自由になった足を動かしながら言った。
特に体を気にする様子もなく瞳の待つ地点へ向かう。
乃亜は上空を睨んでいた、彼の耳にも報道メディアの連中が近づく音が聞こえているのだろう。
無言で、八城に続いた。
「おいおい、工藤要はどうするよ。」
さすがに気沼が聞いた。
彼女は意識を失ったまま、気沼が支えていた。
「俺たちの目的は人攫いじゃない。また目を覚まして暴れられても面倒だ。置いていけ。」
短く、反論を許さぬ声が聞こえた。乃亜にしては珍しく苛立っているようだった。
「さすがにそれはあんまりじゃないですか?」
これまた珍しく、八城が気沼を庇う。
乃亜から険悪な殺気が放出されたが、それも一瞬のことであった。
「気沼、工藤要を連れて行け。八城は睦月を拾ってこい、左手もな。」
気沼がやや驚きの表情を浮かべた。
乃亜が己の方針を変えるなど珍しい。
しかし、それほどまでに今夜の連戦は乃亜に濃い疲労をもたらしたようだ。
察するに、議論するのが面倒だったのだろう。
「おっと、忘れてました。」
緊張感のない声を残して、八城は左手を拾いに行った。
半球体は消え、どこもかしこもただの瓦礫の山になってしまった通りの中で、
彼は文字通り一瞬の停滞も迷いも見せずに、自ら引き千切った左手を拾い上げた。
「あっ、センパイ!!」
数秒の後に、睦月瞳の下に集まった一行に向けられた最初の声であった。
歓喜の声、と言うよりもあの猛威の中を生き抜いた3人に向けられた感動の声であった。
「報道メディアが此処に向かっています。急いで会社に向かいましょう。」
右側だけが笑顔の八城が、相も変わらず緊張感の欠けた口調で言った。
瞳も笑顔で頷いたところをみると、どうやらだいぶ打ち解けたらしい。
乃亜と気沼が怪訝な顔をしたのも当然。
瞳はどちらかと言えば内気な少女と言えた。
そんな少女とどのようにして打ち解けたのか、彼ら二人には理解できなかった。
「八城さん、これお返しします。」
深々と頭を下げて八城に手渡したものは、電磁防壁発生装置であった。
防壁自体は一行の到着に合わせて、八城が遠隔操作で解除した。
「お前さ、一応そいつは親父さんの試作器だろ?民間人に勝手に手渡していいのかよ?」
工藤要を抱えたままの気沼が、笑顔で現実的なことを言った。
八城が何とも曖昧な表情をし、瞳の顔も和やかになる。
現実離れした出来事の連続で疲れ切った瞳を案じたのだろう。
やはりこの男は面倒見がいいようだ。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(今更キャラ紹介w ( No.39 )
- 日時: 2012/02/23 23:17
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
六章:2話
そんな和やかな3人に、乃亜がこちらも"現実的"なことを言った。
「八城、奔れるか?近いぞ。」
報道メディアのことであろう。
自動車か、上空からヘリコプターか。
どちらにしても全壊した繁華街、怪しげな若者たち、気を失って抱えられた工藤要。
メディアの喜びそうなネタだ。
その上、一人は兵器会社の社長の息子、一人はその会社の社員である。
最悪の場合、乃亜だけでなく父である姫沙希累、その下の社員たちにまで妙な嫌疑がかかってしまう。
乃亜の声に合わせたかの様に、彼方から小さくヘリコプターの飛行音が聞こえてきた。
瞳、気沼の緊張を余所に、八城が小さく頷いた。
「奔りますか?迎えも呼べますけど?」
八城の問いに、少なからず乃亜は悩んだ。
表情こそ変わらないが、悩んだことは分かった。
「此処に居れば現行犯だ。この音、メディアだけじゃない。」
乃亜は言うと同時に気沼の襟首を掴んだ。
気沼の方が10センチ近く長身なのだが、それを感じさせない滑らかな動きであった。
慣れたことなのか、気沼は些かも驚かない。
瞳は八城が背負った。
「どこまで行きます?」
八城の問いはどこか愉しそうであった。
確かに工藤要を抱えた気沼が、乃亜に掴まれている姿はシュールといえた。
その声に応えるより早く、乃亜が疾駆した。
襟首を掴まれ引きずられる気沼。
しかしそれも一瞬、1秒と経たないうちに電流が気沼を包んだ。
追いかけるように八城も奔る。
それに気づいて瞳が慌てるのと、乃亜が気沼を放すのはほとんど同時であった。
乃亜が気沼を掴んだ理由は簡単であった。
単純に加速器の役割である。
いかに雷華で筋力を増強しようと、人間の足なのだ。
スタートダッシュは早いに越したことはない。
スピードに乗ってしまえば、あとは足を動かすだけ。
それでも、彼の雷華と潜在的な高い運動神経が重なってこそ出来る業である。
もっとも、コンマ1桁以下の速度で繰り出される攻撃とまともにやりあって生還した連中である。
それこそ風の魔王にでも魅入られたかのような疾走であったが、瞳はさして気にならなかった。
その高速移動状態がどの程度続いたかはわからない。
数秒の疾走であったか、数時間の疾走であったか。
どちらにしても、人通りの少ない枝道を器用に駆け抜けていた彼らはいつの間にか大通りに出ていた。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(今更キャラ紹介w ( No.40 )
- 日時: 2012/02/26 11:23
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
六章:3話
今までどれほど細い小道も何ら速度を落とさなかった彼らが、ここにきて大いに速度を落とした。大通りと言っても人の行きかう繁華街のような通りではない。
車の行きかう自動車道である。
「ここまでくればアシも付くまい。」
人目につかぬよう、通りに車がいなくなったタイミングを見計らって乃亜が急制動をかけた。
少女を抱えた二人も、ゆっくりと速度を落とす。
「あなたにしてはだいぶ来ましたね?」
八城の声に気沼も頷いた。
疲れを知らぬ八城はともかく、乃亜と気沼にはこれだけの高速移動を長時間続けることは大いに苦しいはずである。
それでも、乃亜は平然たるものだ。呼吸の乱れは皆無に近い。
気沼とて多少息が上がってはいるものの、二度ほど深呼吸をすると心拍も呼吸も正常に戻った。
瞳は疾走中に呼吸困難に陥り、疾走しながら八城が携帯式の酸素ボンベを圧縮ホルダーから展開させ手渡していた。
もっとも、これが普通の反応なのだ。
周り三人が異常なため、普通の反応が過敏に見える。
これが人間の本質なのだろう。自己とは他人と相対することで初めて己になるのだ。
例によって八城の声には応えず、乃亜は通りに目を向けていた。
何かを探しているようである。
「迎えならもう40秒ほどで到着しますよ。」
八城の声がその背中にとんだ。
そんな姿にふと何かを思ったのか、瞳が声を上げた。
「あの、姫沙希センパイ。大丈夫ですか?」
そのどこか間の抜けた質問は、実に正しい質問だった。
乃亜の衣類は工藤要の烈風によって切り裂かれたままなのだ。
傷こそ消えてはいるものの、やはり常人から見れば凄絶な姿である。
「着替えも手配済みです。」
乃亜が応えないと知ってか知らずか、八城の声がした。
それと同時に、八城の言葉通り、一行の前に黒いワンボックスカーが停車した。
運転していたのは姫沙希社の社員であった。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(今更キャラ紹介w ( No.41 )
- 日時: 2012/02/26 15:54
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 5bYoqzku)
どももーい。
サンプルテキスト上げてくれたらってあったのに、気付かなかった柑橘系。
ってことで、ちょみっと抜粋してサンプルみたいなのにしてみまさぁ。
「>>020」の『強敵』から抜粋してみう。
>
「あーあー、やっぱりな。オレは反対だったんだよ、新人や獣に人攫いを任せるなんて。おまけに回収役が人間なんて。成功する訳がない。」
ぶつぶつとぼやくその男は、まだ肌寒い季節の夜だというのに茶色いタンクトップに、薄手のスキニー姿であった。
これまた茶色い短髪がツンツンと晴れた夜空に向かって背伸びしている。
年の頃は二十歳そこそこであろうか。
どこか間の抜けた表情といい、面倒くさそうな口調や、いまいち状況とマッチしていないぼやきがどことなく八城と被る。
しかし、八城の場合は完全に緊張感が欠落しているが、この男の場合はどこか深い部分での余裕、自信のような響きであった。
「お前等は回収役じゃなさそうだな。お前等が始末したのか?」
始末した、とは勿論先ほどの獣の事であろう。
ツンツン頭をかき回しながら問う姿も、どこか面倒くさそうだ。
それとなく誘拐されそうになった少女に目を向けたところからすと、やはりこの一連の事件の関係者。
それも、実行犯よりも上の立場の人間なのだろうか。
「黙ったまんまじゃわかんねーよ。オレは恭(きょう)。魔族だ。」
男は面倒くさそうな表情を崩さずに言った。
"魔族"であると。
乃亜と気沼が動いた。
「お、ようやく話す気になったか。」
恭と名乗る男も軽い口調で言いつつ、腕をブンブン回している。
「話すことはない。聞くことはあるがな。」
乃亜の静かな声に気沼が凍り付いた。
>
柑橘系は、台詞と描写をあけるので柑橘系風だとこんな感じですなぁ。
あとは、場面が変化したりするときに一行分スペース空けるくらいかなーと。
いや、もう今更すんまそん(・ω・`)
そして社員さんが出てきたその後が気になる柚子です。
うっへへ。なんかわくわくしながら待ってますw
でわっ! 失礼っ!
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(今更キャラ紹介w ( No.42 )
- 日時: 2012/02/28 05:41
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
柚子氏 >>41
うほほ、サンプル上げてくだすったのですねw
感謝なのです(゜レ゜)
次回更新分に一度、それで上げてみようと思います。
どうせなら読みやすい方が良いですからね。うん。
さてさて、今後の展開ですが・・・、
ここからちょっと設定や世界観のお話しになるのであんまり面白くないかもしれないです(ヲィ
ご意見ありがとうございました!
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(今更キャラ紹介w ( No.43 )
- 日時: 2012/02/28 15:09
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
六章:4話
姫沙希社の車に乗り込んで、最初に行動をしたのは乃亜であった。
瞳の言葉が気になったかどうかは不明だが、彼は乗り込むとすぐに上着を落とす。
下は5分丈のカットソーであった。
元々がゆったりとしたつくりだったであろうソレは、要の烈風を受けてただの布切れと化している。
「また派手にやりましたね。とりあえず、会社に置いてあったのを持ってきましたよ、二代目。」
運転手の男はそう言って黒一色の上下とこれまた漆黒のロングコートを差し出した。
まだ若い、二十歳に届くかどうかであろう。
「あのさ、オレのぶんは?」
聞いたのは工藤要を最後列に寝かせていた気沼だ。
しかし、返答はあっさりしていた。
「八城さんと大将のぶんは会社です。急いでたもんで二代目のだけ持ってきました。」
特に悪びれた様子もない。
そもそも全身ズタボロの八城はともかく、気沼の衣類は多少埃にまみれている程度だ。
「いえね、とりあえず服の新調が必要なのは姫沙希くんだけだと思って、頼まなかったんですよ。」
ここで、助手席に座っていた八城が口をはさんだ。
どこかしてやったりと言ったような表情をしている。
もちろん顔の右側だけが。この男は気沼をからかうのが好きらしい。
気沼は気沼で毎度むきになって反応しているのだから仕方がないのかもしれないが。
「とりあえず姫沙希くん。女性の前で脱ぎ散らかすのはどうかと思いますよ。」
そしてこの八城という男は小言が多い。
まあ、一行の中では最年長なのでその辺の自覚から来るのかなんなのか。
とにもかくにも、そんな八城へ面倒くさそうな視線だけを当てて、乃亜は黙々と着替えを続けた。
今まで無言を貫いている少女。
八城の言う目の前で脱ぎ散らかしてはいけない"女性"である瞳は、視線のやり場に困っているようでもある。
そんな少女を見て、運転手の男が声を上げた。
「二代目、とりあえずズボンは社についてからにしませんか?」
どことなく怯えを含んだ声なのは、彼が自分の上司の嫡子であること以上に、この男も乃亜の恐ろしさが身に滲み知っているようだ。
当の乃亜はと言えば、さすがに反対意見が多いからか、単にこれ以上の小言を聞くのが面倒になったのか、珍しく浅いため息をひとつついて着替えをあきらめた。
全員に苦笑が広がるのを見計らったかのように、車は発進した。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(今更キャラ紹介w ( No.44 )
- 日時: 2012/03/02 06:12
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
六章:5話
「なんにしても、こう進まないと歩った方が早そうですよね。」
どっぷりと渋滞にはまった一行の車は、ものの数百メートル進むのに一時間以上もかかっていた。
たしかに、言う通りであった。
彼らの高速移動であれば、五分で何キロの距離を稼げるか。
しかし、それでも自動車という移動手段を選んだのは単純に人数が多く瞳と工藤要を背負っていくのが大変なのだ。
重ねて言えば、工藤要は目立つ。
自動車であればそれを隠しながら、なおかつ一般車に交じっていれば検問でもないかぎり問題なく会社に辿り着くであろう。
「二代目、どうしますか?大将と二人で先に向かいますか?」
運転手の男も眠気眼であった。
既にに気沼はいびきをかいている。
乃亜はどことも知れぬ彼方に鋭い視線を飛ばしていた。
もちろん返事はないのだが、軽く首を振った。
八城は無言でこそあるが、いつも通り緊張感のない愛想笑いでいる。
「あのー、気になってたんですけど、なんで姫沙希センパイは二代目なんですか?」
運転手の呼び方が気になったのだろう。
車に乗り込んでから初めて瞳が声を上げた。
気沼の呼び名が大将なのはなんとなくわかる。
乃亜と出会わなければ気沼はただのガキ大将で終わっていたであろう。
「んー、瞳ちゃんだっけ?姫沙希社の社長が乃亜さんの親父さん。その息子の乃亜さんは必然的に次期社長ってことよ。」
どこか身内ごとのような楽しげな声であった。
乃亜、気沼との付き合いは中学校に入ってからすぐに始まったので、かれこれ4年目になる。
馴れ初めは簡単なことであった。
入学式の日に若者たちには日常茶飯事の派閥争いに巻き込まれたのだ。
特に彼女の居た学校では新入生の派閥争いが激しかった。
突っかかったのが誰だかなんてことは瞳は知らない。
それでも、気付くと乱闘の中にいた。周りは全員敵状態であった。
そこに現れたのが、一学年上の黒衣の少年と長身の少年だったのだ。
ものの数分で乱闘は終了した。
放心状態であった瞳は、当時のことをあまり覚えていないのだが気沼が保健室まで運んでくれたことだけは鮮明に覚えている。
その時の熱い想いもまた、彼女にさえ理解できない心の奥底にいつまでも居座っている。
それが恋慕ではなく、憧れに近い何かだと彼女は思うことにしていた。
その日以来、気沼を追いかけ続けた。
毎日毎日黒衣の少年に共だって行動する彼を捕まえるのは容易なことではなかった。
黒衣の少年はそれこそ涼しげに、気沼はあくせくと何かをしていた。
それが何かは、今に至ってもわからない。
それでも、今夜の一連の出来事で概ねの内容は想像できる。
それ以来、瞳は彼らを慕い、彼らは瞳を護ってきた。
気沼は常に表立って、乃亜は陰ながらも確実に。
しかしそんな彼女でさえ、乃亜の父である姫沙希累には会ったことがない。
気沼も、乃亜については多くを語らなかった。
瞳が深く追求しなかったせいもあるのだろう。
少なくとも、これから会うであろう人物に瞳は大きな興味があることだけは確かだ。
疲れきっているにもかかわらず、ただ無駄に時間を費やすばかりの車内で眠れずにいるのはそのせいだ。
瞳は納得した表情で頷いたきり、また黙ってしまう。
それから数分。
渋滞を抜けた瞬間に制限速度を優に40キロは超えているであろう速度で車を走らせた一行の前に、
目的地、姫沙希社が現れた。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(6章が長くなりそうな予感。 ( No.45 )
- 日時: 2012/03/03 10:08
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
六章:6話
車から降りた一行の目の前には、なんとも言えない光景が広がっていた。
目の前にあるのは高層ビルではない。
いや、もちろん高層ではあるのだが三、階までは幅も広い。
何坪あるかはわからないが、三階建ての広大な工場のような施設の中に高層ビルが建っている。
おそらく地上だけでなく地下にも根を広げているであろう。
さすがに夜も深いので工場から大きな音は聞こえないが、ビルにはいくつも明かりが灯っていた。
「なあ、ここっていつも明かり灯いてるよな。」
気沼のつぶやきはひとりごとだったかもしれない。
その声はどことなく畏怖の響きが含まれていた。
なんども訪れた気沼でさえ、この建物の前を訪れるたび何か巨大なモノを感じる。
「工場部以外の勤務体制自体は二四時間交代勤務です。工場部は午前七時から午後九時まで稼働します。」
気沼の声に解答しながら、八城は工場部のメインゲートをくぐった。
八城に続き、乃亜、気沼、瞳、そして最後に工藤要を背負った運転手がメインゲートをくぐる。
メインゲートと言っても、どこにでもある自動ドアだ。
警備室がすぐにあるのだが、警備員は一行ににこやかに会釈しただけであった。
「二代目、とりあえず工藤要は医務室に運びますよ。八城さんの修理の件はもう整備の方に連絡してあるんで、すぐに行っちゃって大丈夫ですよ。」
運転手をした男が、乃亜に言った。
軽く頷いたのをみて、せっせと自分の仕事に就く。見た目はただの若い男だが、さすがに姫沙希社の社員。
「ご苦労様です。」
八城の声が聞こえる頃には、彼はエレベーターに乗り込むところであった。
「どうします?社長室に行きますか?私は修理が終わってから報告書作って持ってかなきゃいけないので後で伺いますが。」
八城の声が聞こえてるのかいないのか、乃亜は黙々と歩みを進める。
工場部を抜けてビルの根元であろう場所に来ると近くのエレベーターを呼んだ。
エレベーターの位置は地上二十階。
到着を待つ間、乃亜は隣の内線電話をとった。
「内線一番に繋げ。」
開口一番にそう告げると、女性社員の丁寧な声が返ってきた。
本来ならば所属と用件を伝え相手方につないでもらうのだが、こんなに無愛想に礼儀知らずな内線の使い方をする人間は一人しかいない。それを知ってか、数秒で内線は繋がった。
「乃亜か、八城から大体は聞いているよ。先に修理室に行くといい。全員分の着替えを用意させよう。」
短く端的だが、温かな男の声が聞こえた。
内線の相手が父、累であることは間違いない。
それにしては、どうも乃亜とは結びつけにくい印象の応答であった。
瞳が怪訝な顔を当然かもしれない。
累の声に特に返事もせずに内線電話を戻すと、乃亜は到着したエレベーターにさっさと乗り込んでしまった。
全員、そそくさと後に続く。
さすがに社長相手に無礼極まりない内線対応をした乃亜に少々後味が悪いのだろう。
「修理に向かう。」
乃亜は手短に言った。
工業資材を運び込む巨大なエレベーターの内部の広さは四方五メートル、積載可能重量は5トンと書いてある。
エレベーターを降りるとすぐに無駄に大きな看板が天井から下がっている。
走り書きで書かれたと思われる「整備フロア」の文字があった。
進む廊下の壁はガラス張りであった。
と言うよりも、ワンフロア全てがガラス張りの各ブロックに分かれていた。
壁があるのは二部屋だけである。
廊下を進んだ彼らの前に現れたその二部屋。
事務室と仮眠室であった。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(6章が長くなりそうな予感。 ( No.46 )
- 日時: 2012/03/04 11:32
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
六章:7話
事務室の前には寝ぐせが目立つ短髪に無精髭、作業着のようなツナギの上に汚れた白衣を羽織った怪しい男が立っていた。
年のころは四十前後であろうか。
「蓮!社長に聞いて飛び起きたんだぜ!だいぶ派手に壊したな。奥の嬢ちゃんは初めましてか、整備部主任のエンドウだ、よろしくな。
全員分の着替えを用意しておいたから仮眠室で着替えてくれ。それがすんだら修理をしよう。社長から見学許可が下りてるよ。」
その男、エンドウはにこやかに言った。
見た目通りの渋い低音の声は男性恐怖症気味の瞳には恐怖以外は与えなかったが、悪い人間ではないことだけは伝わった。
軽く会釈すると、エンドウは満足げに頷いて事務室へと入って行った。
「先に着替えちゃえば?修理が始まるときに呼びに来るからさ。」
どうすればいいのか戸惑う瞳に、気沼の声が聞こえる。
それでもおずおずとしている瞳の背中を押して、気沼は仮眠室の扉を開けた。
累、エンドウの言葉通りワンフロアにひとつの仮眠室には気沼、瞳の着替えが置いてあった。
女性ものの衣類は少なかったのだろう。
そのうえどれを出すべきか悩んだのであろう。
瞳の身長に見合った衣類が数点置かれていた。
気沼には真新しいジーンズと白いバックプリントのTシャツが用意されている。
自分の分をひっつかむと、事務室に居ることを告げて気沼は出て行った。
一人取り残された瞳だったが、これも気沼の気遣いであろう。
何よりもさっさと着替えて、もっと姫沙希社のことが知りたかった。
瞳を仮眠室において気沼が戻ると、事務室では既に八城の検査が行われていた。
検査と言っても、エンドウが八城の体に目をやっているだけだ。
衣類は無遠慮に脱ぎ散らかされている。
気沼が瞳を仮眠室においてきたのはこのためか。
「おまえ、自分で千切ったな?」
乃亜、気沼が着替えをしていると、今の今まで携えていた左手を見てエンドウが言った。
特別何か自分で千切った形跡があるわけではない。
そもそも自分で腕を千切るとどうなるのかわからないが、他人に千切られるのと何が違うのか、乃亜や気沼でさえ分からないだろう。
「あ、ばれちゃいましたか。見ての通り左側は完全にやられましてね。スタンガンを使うために必要だったんですよ。」
それだけで概ね理解したのか、小さなため息ひとつでエンドウは修理プランを作り始めた。
事務室というより書類保管室のような大きな部屋にはこれまた大きなソファーが二つ、とその間に置かれたテーブルが一つ、パソコンと書類の山に埋め尽くされたデスクが一つ。
後は壁一面、部屋の半分以上に並べられた巨大な本棚に書類やらファイルやらが所狭しと詰め込まれていた。
そんな事務室の真ん中で、いつの間にか新しい衣類を身にまとった八城は、赤銅色の髪をかき上げながら口を尖らせていた。
この男が手ゴマにされるなどなかなか見られたものではない。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(お知らせ! ( No.47 )
- 日時: 2012/03/06 06:59
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
六章:8話
ほどなくして二つあるソファーの片方に乃亜が座った。その向かいに気沼が座り、気沼の隣に八城が座った。
「これからどうするよ?今夜は何とかなったが、明日以降も魔族連中と連戦なんて気が休まらねぇよ。」
そう言った気沼の声はいつになく沈んでいた。確かに気沼の言う通りであった。
敵がこちらの都合に合わせてくれるわけがない。
今夜のように過酷な戦闘が今後も続く様であれば、いつか敗北するのは目に見えていた。
「そうですねぇ。私も装甲と武装の強化はしますが、体は一つですからね。」
ちっとも困っていなさそうな緊張感のない八城の声が聞こえても気沼は苛立つ元気もなかった。
中学時代から"不良狩り(ロウ・ガーディアン)"、"裏路地の拳闘士"などと呼ばれた勇猛果敢な若者も、
今夜の相手と同様の使い手と連戦することになるとなれば一抹どころか、大きな不安が暗雲のように立ち込めるのもやむを得ないだろう。
「武装強化ったって、今以上の武装は社長の許可がなきゃ装備できないぜ。」
デスクのパソコンにかじり付いたままエンドウが言った。
確かに八城は対人としては申し分ないどころか、対戦闘車両に使ってもまだまだ余りある装備を積んでいるのだ。
骨格に装備されていずとも圧縮して携帯していればいい訳なので、八城の攻撃力は無限にも近い。
それでも武装強化を申し出たところをみると、少なくとも今夜の戦いで危機感は覚えたらしい。
「姫沙希くんの意見は?」
八城が肝心な所へ振った。
対して今まで特に表情の変化を見せない美丈夫は、どことなく愉しそうな声で応えた。
「とりあえず、睦月瞳の能力を試す。工藤要も引き込めば大きな戦力になるだろう。何日か態勢を立て直したら、こちらが仕掛ける番だ。敵も此処へはそう簡単に攻め込めんだろう。」
乃亜の言葉に、エンドウが顔を上げた。
乃亜が態勢を立て直す。つまりは護りの態勢に入るなど、エンドウを含め全員が思わなかったのである。
しかし、気沼にはそれ以上に気になったことがあった。
「能力を試すって、言ってた影ってやつか?お前の勘がいいのは知ってるがよ、使えるのか?」
気沼の声は焦りを感じさせた。
その焦りがどこから来るのかわからないが、とにかく彼は睦月瞳をあんな連中と闘わせることには反対であった。
しかし、その問いに応えず乃亜は立ち上がった。
コートを落とすと、器用に右肩を晒す。
白い肌にくっきりと大きな切り傷が残っている。
乃亜の、魔族の血を持つ彼の回復能力をもってしても未だに塞がりきらぬ切らぬ傷があるのか。
そのうえ、傷口の周りは黒く縁どられている。
瞳の影にやられた傷だ。
影に影響されるということは、魂そのものに影響されるのだ。
物理的な回復能力云々の至るところではないのだ。
「おい、それ・・・。」
気沼が驚くのもそのはずである。
彼は乃亜が瞳と一戦交えたことを知らないのだ。
「睦月瞳には非常に稀有な"影士(かげし)"の素質がある。それも恐ろしい手練だ。」
気沼はもとより、八城までが驚きに表情を作った。
乃亜に一矢報いたこともそうなのだが、彼がこんなにも他人を誉めることなど滅多にない。
気沼が雷華を習得した時でさえこんなにも誉めてはくれなかった。
「影士もついに女の子の時代か。実験室準備をさせとくよ、影を試すならアレが必要だろ?」
いつの間にかまたパソコンにかじりついていたエンドウが言った。
どことなく嬉しそうな哀しそうな声であった。
強いて言うならば、子供の成長を見守る親のような声音であった。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(お知らせ! ( No.48 )
- 日時: 2012/03/06 16:50
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
六章:9話
そんなおり、事務室のドアをノックする音が聞こえた。
乃亜がさっさと服を着なおすと「失礼します」と小さく聞こえた。
気沼が応えると、非常に稀有な影士の能力を持った少女がおずおずと入ってきた。
気沼と八城が妙なものでも見たかのような顔になった。
顔を上げたエンドウも苦笑した。乃亜だけはどこか怪訝な顔になった。
瞳の新しい服装が面白かったのである。
どことなく童顔が抜けない少女が着るには、多少背伸びな漆黒のワンピースであった。
フリル付きの裾は本来はミニのサイズなのであろうが、小柄な瞳が身につけるとロングの丈である。
にも拘らずウェストラインがかなり絞ってあるのか、ウェストはぴったりであった。
「やっぱり似合いませんか?」
俯き気味な声で瞳が言った。
苦笑をこらえた気沼が否定した。
八城はいつの間にか愛想笑いに戻っている。
「誰の趣味だ?」
乃亜の声が聞こえた。
今度こそ気沼とエンドウが声をあげて笑う。
確かに妙だ。
兵器開発社に用意されていたどこか絢爛なワンピース。
しかし、乃亜がそれを指摘するとはシュールを通り越して何とも喜劇的な話だ。
「さあな。どこから持ってきたのか、社長が用意した物だよ。」
必死に笑いを抑えながらエンドウが言った。目じりには涙を浮かべている。
顔を赤らめた瞳が口をとがらせながら気沼の元に寄ると、エンドウが修理許可をだした。
「プランニングが終わった。修理の準備はできてるから、修理室に行きな。」
拗ねた瞳の顔が好奇心に輝いた。笑いの収まらない気沼、どこか納得のいかない表情の乃亜。
八城の顔だけが、さも嫌そうな顔になった。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(お知らせ! ( No.49 )
- 日時: 2012/03/07 16:03
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
六章:10話
修理室と書かれたガラス戸の前で、一行は立ち止った。
入室するのは八城だけだ。
「どうも修理の時の神経遮断が苦手でしてね。」
一般人は入るだけでも気が引けそうな修理室の前で八城がこぼした。
内部には寝台と見たこともない機械類が置かれていた。
何やら電気メス溶接用のバーナー、薬品の類が異様に目を引く。
四階は整備フロアなので、どの部屋も修理するものに分かれて同じような整備室が存在するだけなのだが、
この修理室なる部屋だけは他とは違った。
この部屋、と言ってもガラスで区切られたフロア内のブロックなのだが、この修理ブロックは八城のためだけに存在するのである。
ガラス張りのブロックの中には7名の社員が居た。
瞳は知らぬことだが、誰ひとりとっても選りすぐりの腕を持つ社員たちであった。
女性も二人いた。
この姫沙希社という会社は性別的な枠組みで物事を考えない、合理的な会社であるようだった。
八城を除いた一行が廊下で見守る中、八城は寝台に横たわった。
八城の顔にはいつもの愛想笑いが半分浮かんでいた。
「あいつの修理も久々だからな。腕が鳴るぜ。」
言ったのは、一行に遅れてやってきたエンドウであった。嬉しそうな顔を見ずとも、声の弾み方でわかる。
そんな彼に、
「エンドウ主任。彼の望む装備を付けてやりなさい。」
と言うものが居る。声は遠くから聞こえた。
しかしその声を聞いた途端にエンドウを含め、修理室に居た全員の顔が緊張するのが見て取れる。
「社長、見学ですかい?」
エンドウの声は普段通りであった。
しかし、瞳にとってそんなことはどうでもいいことであった。
社長。
つまりは乃亜の父親である姫沙希累(きさき るい)に会える。
緊張を通り越して、歓喜の表情が少女の顔を覆った。
「見学、と言うよりは挨拶だな。息子とそのご友人にね。」
声は穏やかであった。
廊下をまっすぐにやってくるスーツ姿の男は、乃亜の父と言うには若く見えた。
三十代の真ん中か始めか。
しかし、とにかく目につくのはその温厚そうな顔つきである。
確かに口元やすっきりとした鼻梁は似ていなくもない。
だが目元は似ているとは言えなかった。
大きな瞳は乃亜のように切れ長ではない。
目じりも乃亜のように厳しさがなく、普段から笑い皺がある。
きっと母方の血が強いのだろう。
そう思うと、瞳は無性に母方のことが気になった。
「そちらのお嬢さんが睦月さんかな?姫沙希累だ。乃亜にしろ気沼くんにしろ、無茶苦茶だろうがよろしく頼むよ。」
瞳の考えを知ってか知らずか、累は瞳に会釈した。
男性恐怖症気味の瞳でも、この男なら普通に話せそうだ。
案の定、瞳も笑顔でお辞儀をした。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(お知らせ! ( No.50 )
- 日時: 2012/03/09 16:05
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
六章:11話
そうこうしているうちに、七名のエリートとエンドウが八城を囲んだ。
「彼らは我が社の誇るエリート達だ。特に整備部主任のエンドウ。彼とは内戦中からの仲だが、彼ほど優秀なメカニックはいないよ。」
瞳の為にか、累が説明を入れる。
その声に合わせたかのように、メカニック達が機材をいじりだした。
八城の体は固定され、うなじに太いコードが接続された。
接続のジャックは赤銅色の髪で隠れていたのだろう。接続は、ほんの一瞬で終わった。
「神経遮断、問題なし。」
どこからともなく、声が聞こえた。
八城のものに比べると、個性の欠片もない合成音であった。
女性の声を模してあることだけがわかる。
どこか乃亜を襲った際の工藤要の声に似ていた。
次の瞬間、八城の顔から愛想笑いが消えた。彼の各神経が遮断されたのだ。
電源が落ちたと言った方が伝わるかもしれない。
「ここからは女の子にはキツイかもしれないな。」
累が瞳に言った。
しかし、彼女は自らの腕を引き千切る八城を目撃しているのだ。
今更何が起ころうとも、さして動じない自信があった。
またも累の声に合わせたかのようにして、八城の生体皮膚が取り外されていく。
人間のように皮を剥がれているのだが、刃物ではなく何か液体をかけるとその部分がきれいに剥がれていった。
衣類の上から液体をかけ、衣類ごと剥ぎ取っていく。
「八城蓮の骨格は"魔鉱石(まこうせき)"と呼ばれる特殊な金属で作られている。」
興味津々な瞳を見て、どこか苦笑じみた表情で累が言った。
声に合わせるように、全身の骨格が露わになった。
確かに、骨格に使用されている金属は鉄ではないことが分かる。
八城の骨格を形成している金属は、深い藍色であった。
その骨格の周りを幾重にも神経コードが取り巻いている。
「骨格内部、いわば内臓器官のあるべき場所には耐衝撃吸収装置、エネルギー変換装置、通信装置、動体探知機、
電波探信装置、音波探信装置、等戦闘分野で使用されると想定された装置が内蔵される。」
累の声に合わせて続々と機械類が取り出された。
乃亜と気沼は気付いたが、累の声に合わせてと言うよりも累が声を合わせているのであった。
「今回は彼の要望で全ての装置を最新の試作器に切り替える。」
取り出された機械類が除けられ、新たな機械類が用意された。
「骨格内部とその周辺にあるのは神経コードだ。我が社の伝達コードは光ファイバー回線とはまるで別次元の伝達能力と耐久精度だ。自慢じゃないが、良い品だよ。」
神経コードは取り去られず、千切った左腕と不調をきたした左半身のみが新規のものに換装された。
自分で引きちぎった肘から先も溶接されていく。
「各関節には関節が動く際に生じる振動、摩擦を変換してイオンプラズマを発生させる装置が内蔵されている。まだまだ試作段階の装置だが、実地試験は合格のようだな。」
肘の関節部に埋め込まれる小さな立方体を見て、累は感慨深げに言った。
八城蓮は社内で開発された新装置、新兵器の実地試験の役割も持っているらしい。
「次は頭部だ、眼球のあるべき場所には衛星連動式の監視装置と、望遠レンズが内蔵されている。
耳には高性能集音マイクと可動式の指向性集音マイクが内蔵されている。残念ながら彼には嗅覚的な判断はできない。不快な匂いを感じるソフトが入っていないのでね。
選り好みがない代わりに臭感センサーと臭気識別装置が内蔵されている。」
頭部は赤銅色の髪だけが残り、他は生体皮膚の下に金属があった。
目、鼻、耳の順に装置の組み換えが行われ、頭部は終了した。
「彼の頭蓋骨にあたる部分の中には我々が電子脳と呼んでいるメインコンピューターが組み込まれている。残念ながら、現段階では現行型が最高性能だ。」
累に言葉通り頭部はそれ以上いじられずに、また体の方へと社員たちが移る。
「装置の組み換えは終了だ。これから彼の要望に則り、兵装と装甲の強化が行われる。」
とは言ったものの、社員たちは特に何をするでもなく生体皮膚を被せていった。
しかし、それも累が説明をいれる。
「今被せている生体皮膚は人間の皮膚細胞を増殖させたものだ。
以前のものも同じだが、今回の皮膚には予め試作中の超圧縮型携帯ホルダーと魔鉱石製の金属繊維が織り込まれている。」
声が終わる頃には、作業もすっかり終わっていた。
生体皮膚の上から先ほどとは違う薬品がかけられる。
その薬品で皮膚が癒着するのだろう。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(お知らせ! ( No.51 )
- 日時: 2012/03/10 11:51
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
六章:12話
しかし、驚くほどの手際である。ものの二十分で全行程は終了したのだ。
手際良く機材が片づけられ、八城の周囲に社員達が集まるのをしばし眺めて、
ふと累が思い出したかのように口を開く。
「毎回言うようだが、八城蓮は姫沙希社最大の発明であり、最大の兵器だ。
そして最大の機密事項だ、他言無用でお願いするよ。」
今まで黙々と聞いていた瞳が、一瞬にして凍りついた。
さすがに乃亜の父親だ。
声、表情こそ変わらないが、その全身から放たれる威圧感の凄まじい事。
瞳は大きく頷いた。
「結構、それでは彼が再起動する。私は部屋に戻るよ。」
しかし、次に聞こえたその言葉を聞いた瞬間、威圧感は嘘のように消えていた。
事実錯覚だったのかもしれない。
しかしこの威圧感のおかげで、瞳は累が乃亜の父親であることに納得した。
踵を返し歩み去る累の背中を凝視していると、気沼に肩を叩かれた。
修理室内を指さす。
「神経再接続、全て(オール)よし(グリーン)。」
先ほどの合成音声が聞こえると、すぐに八城の目が開いた。
社員達から歓声があがる。
「どうも、毎度手間をおかけします。しかし、重くなりますね。」
上体を起こして八城が言った。
装備が変わって重量が増したのであろう。
自分の体に目を走らせる姿は、どことなくシュールであった。
だがそんな彼の耳に届いた声は、多少尖っていた。
「蓮、ちゃんと報告書を提出しろよ。この前も社長がため息ついてたぞ。」
エンドウの声に、社員達から笑い声が上がった。
八城が困ったような顔をするのを見て、皆が満足げに残った片づけに戻る。
それを受け、八城も苦笑しながら乃亜達のもとへと戻る。
「お待たせしました。次は実験室ですか?」
戻ってきた八城は、開口一番にそう言った。
あれだけの修理を終えた後ではあるが、声も口調も変化なし。
至って緊張感が欠落していた。
「睦月、実験室に行くぞ。お前たちは医務室だ。」
そんな八城には見向きもせず、乃亜の声が響いた。
気沼は思い出したかのような顔をし、瞳は驚きの表情を作った。
八城は愛想笑いを崩さずに頷く。
そして一行は二手に分かれ、目的地へと向かった。