複雑・ファジー小説
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(6章完結! ( No.52 )
- 日時: 2012/03/10 21:38
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
第七章:ささやかな試み。
実験室と呼ばれる部屋は整備部の上のフロアにあった。
実験部のフロアである。
実験室自体はエレベーターを降りるとすぐにあったのだが、乃亜は素通りした。
「姫沙希センパイ、実験室が。」
瞳が言っても、乃亜は見向きもしなかった。
そうなってしまってはついて行く他ない。
乃亜が足を進めた先には仮想実験室と書かれた札が下がった部屋があった。
このフロアもガラス張りのブロックが多いが、壁で仕切られた部屋も目立った。
その仮想実験室も、壁に仕切られた部屋の一つであった。
そしてその部屋の前にも一人の男が立っていた。
しかし、エンドウよりもずっと若く清潔な身なりであった。
「二代目、準備できてますよ。」
声も張りがあってよく通る。
なんとも生命力に溢れている印象を受ける男であった。
対して、乃亜はなんとも怪訝な顔をした。
「イシカワ、お前が当直か?」
乃亜にしてはずいぶんまともな質問であった。
そう思ってか男、イシカワだけでなく瞳までもが驚いた様な表情をした。
そしてイシカワが苦笑の表情を作った。
「当直も何も、もうすぐ空が白けますよ?夜勤じゃなくて早朝出勤です。」
イシカワの声に、乃亜の怪訝な表情が深まった。
それだけで何か察したのか、イシカワが内線電話を取ろうとした。
「やめろ。大丈夫だ。」
乃亜の声に、イシカワは肩を落とした。
それでも、それでも乃亜がそれ以上何も言わないので彼は仮想実験室の戸を開けた。
乃亜が戸を潜り、瞳が続く。
内部は思ったよりも広かった。
四方10メートル程度の室内は、その中央に頑丈な仕切りがあった。
仕切りの右側には戸があり、左側は硝子がはめ込まれている。
硝子の下に備えられた装置をいじりながら、イシカワが言った。
「二代目、そう言えば影なんて使えたんですか?」
どうやら乃亜が影を試すのだと思っているらしい。
しかし、これは至って筋の通った考え方と言えた。
基本的に魔術というものは男よりも女が得意とするものだと言われている。
魔術の使用には繊細な精神が必要なのだ。粗野な精神で魔術を使用すれば、発動しないだけではなく最悪の場合暴走した魔力が自身を傷つける場合もあるのだ。
しかし、こと影においては才能の他に屈強な精神力を必要とする。
つまりは繊細かつ強靭な精神力が必要なのだ。
生まれついての影士としての才能、繊細な精神、屈強な精神。
それを全て持ち合わせるものは存在しても極僅か。
とりわけ女の精神面と言うのは感受性が豊かで繊細な半面、大きな衝動に耐えられぬ脆さがある場合が多い。
そのため、未だかつて戦闘時に影を使用して戦えるほどまでに影を使いこなした女性は史上確認されていない。
そんな影士の背景を踏まえてのイシカワの問いであった。
「俺は使わん。使えるが、魔術的な精神同調中だけだ。」
乃亜の声は静かに流れた。
イシカワがその言葉の意味を理解し得るまで数秒を要した。
驚きと感動が顔を覆った。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(参照200!感謝です! ( No.53 )
- 日時: 2012/03/11 13:12
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: 記念短編の為にブーストします。ええ。
七章:2話
乃亜の言う魔術的な精神同調とは、対瞳戦でみせた精神同調である。
応用魔術の一種で、二次元的な影に物理的な質量を持たせ、術者の意思で自在に動かす。
本体とは別にもうひとつの体を動かすようなものなので、魔力の消費も必要な集中力も並のそれではない。
だが感動の色が褪せぬイシカワをしり目に、瞳が不安げな声をだした。
「あの、私が使うんですか、影を。」
その表情は暗澹たるものだ。
得体のしれない誘拐犯に拉致されかけ、訳のわからない魔獣、魔族、工藤要との連戦。
挙句の果てには現在最高の技術力を誇る兵器開発社で訳のわからない実験に駆り出される。
ここまでついてこれた事の方が不思議なほどだ。
「俺はお前の影と戦った、お前には天性の才能がある。仮想空間に入るぞ。」
そんな瞳に、乃亜はあっさりと応えて仕切りの向こう、仮想空間へ進んだ。
愕然とする瞳。
やはり工藤要と同様、自分も乃亜に襲いかかったのだ。
自分に影の素質があるかないか、そんなことよりも乃亜に牙をむいて生きていた事実の方がよほど驚きであった。
「睦月ちゃんだっけ?安心しなよ、二代目はちょっとツンケンしてるだけで中身は意外と紳士的なんだぜ?」
戸惑っている瞳に向けて、イシカワが屈託のない笑みを見せた。
エンドウにしてもそうなのだが、この姫沙希社と言うのは確固たる信頼を社員同士がお互いに持っているらしい。
なにを馬鹿のことをとでも言いたげな乃亜の視線を気にも留めず、イシカワはせっせと調度された機材に向う。
それに促されてか、瞳も乃亜の待つ仕切りの向こう側へと向かった。
「センパイ、あの、ごめんなさい。」
どこか切迫した声であった。
この美しき死に神とでも言うべき黒衣の若者に、刃を向けたことがよほど恐ろしいらしい。
そんな少女に特に関心もなさそうに向けられる眼差しではあるが、その視線は不思議といつもより穏やかであった。
瞳の謝罪には応えず、不意にどこか不敵な笑みが乃亜の口元に現れた。
「無意識中のお前は俺に一矢報いた。今すぐやれとは言わん、お前の真価を見せてみろ。」
不敵な笑みとは裏腹の戦慄すべき言葉であった。
自分が乃亜に刃を向けただけならまだしも、この若者に傷を負わせたのか。
そんな衝撃が少女を襲う中、イシカワだけが納得の表情を浮かべた。
彼は入室前の乃亜の言葉を思い出したのだ。
普段の乃亜ならば時間を感じさせるものなど存在しなくとも、その超感覚は正確に彼の五感に時刻を感覚として教えていた。
そんな乃亜が夜明けに気付かぬのは、単にこのいたいけな少女の与えた影の一撃によるものだと理解したのだ。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(参照200!感謝です! ( No.54 )
- 日時: 2012/03/11 18:54
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: 記念短編の為にブーストします。ええ。
七章:3話
そこへ、瞳の弱々しい声が上がった。
「あの、センパイ、そもそも影って何なんですか?」
今更かと思うような質問である。
しかし、常人としては当然の問いだ。
乃亜の不敵な笑みが苦笑に変わるのを待たずに、イシカワの声が四隅にあるスピーカーから聞こえた。
「影ってのはね、古来から魂に通じるって言われてたんだ。実際には物理的に説明のつく現象なんだけれども、昔の人々はずっと自分の写し身だと思ってたらしい。
社長の話じゃ、どこかにある魔族の世界の東の果てにある国でいつからか廃れちまったこの理論を追求し続けて今の影士のハシリが生まれたらしい。
オレは影士じゃないからよくわからないが、これも社長に言わせると自分自身と正面切って向き合える程の精神力があれば、誰でも影士になれるらしい。
どうやら魔術的な精神集中と影、もう一人の自分と一つになろうって意識が同時に働くと影士の本質が開花するんだってよ。」
声が聞こえている間、黙って聞いていた瞳は、ある驚くべきことに気がついた。
ひとつ、魔族の国がどこかにある。
ふたつ、姫沙希累は兵器だけでなく、魔族、魔術にも精通している。
みっつ、取るに足らぬ仕切りで作られたこの空間は驚くべきことに完全な密閉空間な様で、完全防音されていた。
その全てが脳内で目まぐるしく回転する少女の前で、乃亜の表情が常日頃の厳しい表情になった。
「御託はいい。お前にはその才能がある。直感に従え。」
乃亜の声に合わせて世界が変わった。
一瞬、網膜が灼けるような蒼白の世界が広がると、次の瞬間には視界が開けた。
夜の街並みが遠くに見える。
イシカワの言葉によればもう夜明けであるがそれ以上に、二人の立つ位置が驚きであった。
「ここは、学校ですか?」
瞳の声は正鵠を射ていた。
二人の立つのは見慣れた風景の場所であった。
乃亜、気沼、瞳の通う高校。
瞳は夜の高校など訪れたことはないが、毎朝見る風景と寸分の変わりもない。
「仮想実験室。人間の五感に特殊な音波、電波、魔力を当てることによって、その場所には存在しえない仮想空間を形成する装置だ。」
乃亜が短く説明を入れた。
相も変わらず、この男の説明は分かりにくい。
端的に言ってしまえば乃亜の説明通りの装置なのだが、空間を形成するというよりは感覚そのものを麻痺させ、錯覚させる装置なのだ。
窓枠の下の装置に音波、電波の周派を変える装置と、装置の操縦者が思い描く空間を魔力によって伝える装置がある。
操縦者が機材に魔力を送り込めば、機材が被験者の感覚器官を操作する。
この時、被験者が仮想空間でいかなる動きを取ろうとも、操縦者には呆然と立ち尽くす姿しか見えない。
そもそも、どのような動きを取っても、それは装置によって動いていると錯覚している状態なのだ。
「ここでは全てが空想の産物だ。世界そのものがな。」
声の終わらぬうちに乃亜の周囲が輝き、いつの間にかより取り見取りの刃物が浮かんでいた。
乃亜の目線の高さに浮かんだソレらの中から、乃亜は無造作に一本の直刀を掴んだ。
残りは地面に散らばらずに、瞬く間に輪郭を失った。
どうやら乃亜の意志さえ装置が読み取り魔術的な質量で再現するらしい。
「お前も好きなものを思い浮かべろ、戦闘前の準備段階だ。装置が識別して再現する。」
乃亜の声に促されるように、瞳は乃亜と同じような直刀をイメージした。
乃亜の握っている刃渡りが90センチちかくもある大ぶりな直刀ではなく、もう少し短いもを思い浮かべた。
次の瞬間、瞳の前に何本かの直刀が現れた。
よりイメージに近いものを選べるように、機械自体がイメージに似る何種類かの品を選別して提供してくれるようだ。その中から刃渡りが40センチ程の飾り気のない短刀を選んだ。
同じように残りは消えた。
「センパイ、私、刃物なんて包丁ぐらいしか・・・。」
使ったことはないと言いたかったのだろう。
しかし、その声は乃亜の目を見た刹那に消え失せた。
そこに居るのは、今までの「ツンケンしているだけ」の先輩ではない。
魔族の猛打さえも難なく迎え討った美しき死に神であった。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(参照200!感謝です! ( No.55 )
- 日時: 2012/03/13 16:58
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: さあいよいよ戦いが・・・
七章:3話
殺意漲る乃亜の視線は、いたいけな少女の胸に戦慄と恐怖を与えていた。
全身の筋肉が緊張に突っ張り、細胞そのものが突き刺されるような肌の痛みを感じた。
乃亜の意思に背けば殺られると思った。瞳は夢中で言葉を振り絞った。
「直感に、やってみます。」
それだけで世界が変わった。
窮地に立たされた瞳の真価が開花する。
乃亜の目には瞳の全身が霞んだ様に見えた。
魔力の扱いに長けた者は、魔力を視認する。
瞳の全身から、彼女を護るようにして多量の魔力が放出され始めたのだ。
乃亜の口元に感嘆の笑みが広がった。
こう何度も乃亜の笑みが見れる日はもう来ないかもしれない。
「こいつはすげぇ。」
既に二人の視神経では認識できないスピーカーからイシカワの声が聞こえた。
どうやら装置には被験者の体感空間をモニターする機能もあるらしい。
イシカワの声が終わる前に、放出された魔力が体内に戻り、瞳の全身に行き渡った。
「センパイ、これが魔力ですか?」
瞳も体感しているらしい、いかに生命の危機を感じたにしてもここまですんなりと魔力を受け入れられるというのはやはり天性の才能が伺える。
「そうだ、感じるか?この空間は魔力に満ちている。俺も気沼もここで魔術の基礎を覚えた。実際にはこう簡単には行かんが、ここで少しずつ慣れろ。」
乃亜は彼方に、夜の街並みに目を向けて言った。
乃亜程の使い手ならば空間に満ちる魔力でさえ視認するのであろう。
どこか哀愁漂うその美しい横顔からは、先ほどまでの殺気が一瞬和らいで見えた。
しかし、瞳に向き直った次の瞬間には圧倒的な圧力を持って静かな殺気が佇んでいた。
「まずは自分の影と同調しろ。先ほどイシカワが言った通りだ。自分自身と一つになれ。」
瞳は焦った。
同調、自分自身と一つになる。
それは感覚的なことなのか、もっと深い部分のことなのか。
どちらにしても、今すぐにそれを行うことは不可能に近かった。
何せ、魔力を感じると言っても自身を覆うように冷気の様なものを感じたに過ぎない。
そんな少女が影と同調など。
「センパイ、わかりません。」
血を吐くような思いであった。
焦れ抜いた気沼でさえ尊敬と畏怖を込めてその名を呼ぶ若者の期待に、彼女は応えられなかったのだ。
その声が届いた刹那、視界が暗く翳った。
学校の校庭を模した仮想空間にはもちろん周囲の人工灯も再現されている。
その明かりが翳ったのだ。
電球の弱りなどと言う物理的な現象ではない。
恭との一戦で見せたあの現象であった。
自然光、人工灯共に勝てないのだ、乃亜の放出する魔力の圧倒的な質量に。
「殺す気で来い。」
乃亜の声に瞳は決心した。
彼はどうしても瞳に影の扱いを教えたいのだ。
ならば彼の言う通り、殺す気で行くしかない。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(さあ、再び戦いが・・・。 ( No.56 )
- 日時: 2012/03/13 22:21
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: vQ/ewclL)
兄さんお久しぶりっ!
参照200突破おめでとうっ。
七章がとても楽しい柚子なのですw
また、七章の更新分全部読んでコメントしたいと思うのですっ!
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(さあ、再び戦いが・・・。 ( No.57 )
- 日時: 2012/03/15 16:09
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: 今夜も更新しますよー!
>>56
ゆっくん、毎度コメントありがとーう(゜レ゜)
7章、8章、9章と今後の予定は盛り上がっていくはずなのですww
まあ、まだ予定なのですがね。
参照200、ホントに感涙なのですよ。
まったく、読者の方々の期待に応えられるよう、精進しなければorz
であであ、良ければまた覗いてやって下さいまし。
ありがとうございました!
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(さあ、再び戦いが・・・。 ( No.58 )
- 日時: 2012/03/15 20:58
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: 開花する力。影を操る異端児の真価は・・・・。
七章:4話
瞳は駆けた。
魔力が全身に漲っているからか、地を駆ける速度は少女のそれではなかった。
慣れぬせいか、異様に大振りな一刀が真っ向から打ち据えられる。
それを、難なく受けるであろう乃亜が驚きの表情をした。
瞳の影が瞳と同じ動きをしていなかったのだ。
振りかぶる動きを示さず、瞳の足もとでただ立ち竦んでいた。
乃亜の目線に気付いた瞳が足元を見る。
瞳はうろたえた。
通常、この場合はうろたえるのが当然である。
本体と同じ動きを取るべき影が、動かないのである。
乃亜が飛び退いた。
「ほう、影の方が開幕宜を望むか。」
開幕宜、それは影士の間で使われる精神同調の意味であった。
影士の技は影舞踏と呼ばれる。
その舞いを開幕させるための精神同調なのだ。
そんな影を見据えた瞳が、無意識中に出したような機械的な声で言った。
「センパイ、私の影、泣いてます。私はいつもセンパイ達に護られてばかりでした。
そんな自分を変えようと、中学生の頃はずっともがいてたんです。
それでも、センパイ達が卒業してからは続きませんでした。
そんな自分から逃げて、またセンパイ達に護られて。私は本当にそれでいいんでしょか?
私の影が泣いています。同調すれば、救ってあげられますか?
私もセンパイ達のようになりたい。自分さえ救えずに終わるなんて。」
それは乃亜への問いではなかったかもしれない。
自問自答にしてはあまりにも凄絶な告白であった。
弱い自分を変えたくても変えられない。
それから逃げるさらに弱い自分と、少女はついに向き合ったのだ。
「センパイ、お願いします。」
それは一手所望と言う意味か。
いつになく決意を湛えた少女の瞳が見据えた美貌の主は、またも小さな笑みを溢した。
それは純粋な笑顔であった。
そして奔(はし)った。
対魔族同様の速度である。
目下、全ての技量は眼前の天才影士を屠ることにのみ注がれているのである。
疾風の如き速度で繰り出される一刀を、影が防いだ。
と言うよりも、乃亜の刃の影を太刀を握った瞳の影が本人の意思を無視して防いだ。
それは、倉庫地帯での再現のように無限の質量をもって、何とも打ち合わぬ乃亜の一刀を振り下ろさせなかった。
刃を止めた瞳本人は、乃亜目掛けて短刀を突きだす。
からくも上体を捻って回避した乃亜の反射神経の神がかったこと。
一刀を撃ちとめられたのと、瞳の突きが繰り出されるまでの時間はコンマ二桁以下であった。
まさに神技に近い回避は、いかに劣勢の連戦を終えた状態であろうと健在であった。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(異端の能力が、開花する。 ( No.59 )
- 日時: 2012/03/20 02:25
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: やっと更新できたね(゜レ゜)
七章:5話
そのままの状態で乃亜が呟く。
「ほう、氷の魔力か。」
瞳の魔力についてである。
乃亜はぎりぎりで躱した刃から、微かな冷気を感じ取ったのだ。
常人ではとても不可能な、彼の超感覚の産物だ。
単に魔力と言っても、それは人間同様人それぞれである。
恭が驚いていたように乃亜は全てを飲み込む破壊の力、闇の魔力を持つ。
気沼は雷華から見てとれるように雷鳴の速度で敵を穿つ雷の魔力を持つ。
同じくして瞳は中、近距離での攻撃、補助に圧倒的な力を持つ絶対零度の氷の刃。
氷の魔力を持っているのだ。
「私も冷気を感じています。やっぱり、これが魔力なんですね。」
瞳の声に、乃亜はまたも後方に飛び退った。
「その調子だ。これならどうする?」
声と同時に乃亜は空いた左手を振った。
蒼い発行球体が飛ぶ。魔光弾だ。
一瞬、恐怖に身をすくませた瞳であったが、乃亜が自らを褒めたのだ。
それだけで圧倒的な自信が得られた。
「これで!」
声と同時に彼女のイメージ通りの氷の華が彼女を覆った。
薄く鋭利な氷の壁は幾重にも重なり、まさに華のようであった。
魔光弾が接触、爆発するもその障壁は崩れなかった。
「お願い、力を貸して。」
その声がどこに向けられた物かはわからない。
しかし、声に応じるように彼女の影から別の影が現れた。
優美な長刀を握る影と、四足獣を思わせる影である。
これが倉庫地帯で乃亜を苦戦させた"影舞踏・宵踏、影舞踏・咆哮である。
宵踏。
太古の昔、強大な国家を三分して争われた戦いにおいて優秀な剣士の扱った刀の名を授けられた舞いは、古の兵士の魂。つまりは影を呼び出し使役する術である、その一刀は並の手練では受け得ぬと言われる。
咆哮。
主に巨犬を模した四足獣の魂を呼び出し使役する術である。
俊敏な四足獣は、巨犬以外にもネコ科の猛獣がよく使役される。
打たれ弱く、俊敏性に欠ける傾向のある影士の弱点を補ううえでこの上なく重宝する術である。
対して乃亜は、以前のように魔術で精神同調を行わなかった。
「死ぬ気で来い、殺す気で行くぞ。」
それだけだ。
しかし、それはあの頼りなかった少女に対しての最高の賞賛であっただろう。
瞳は、乃亜が自分に対して本気で仕掛けてくれることの意味を理解した。
「風刃!」
乃亜の声に合わせて圧倒的な質量をもった風の刃が舞った。瞬間風速50メートルは下るまい。
そんな烈風が瞳を薙ぎ払う。
「させません!」
声と同時に、次は瞳を覆うようにドーム型の氷が出現した。
先ほどの障壁よりもだいぶ分厚い。
もちろんのことだが、二次元的な影達は一切の停滞を見せずに乃亜を襲った。
左から襲う四足獣の影を人体力学を無視した圧倒的な動きで回避すると、右から抜き打ちに放たれた影の一刀と打ち合う。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(異端の能力が、開花する。 ( No.60 )
- 日時: 2012/03/23 00:08
- 名前: 陽 ◆Gx1HAvNNAE (ID: ixlh4Enr)
- 参照: 眉毛剃りすぎたorz
こんにちわです(ω。)
勝手に押しかけてみました((
一気に読ませていただきました!
いやー、何でもっと早く読まなかったのだろう……今まで人生損していた気分です(A;)
おやつどきに読んだのですが、やめられなくておやつ食べそこねましたw
とまあそれは置いといて、感想をば……。
まずこういうジャンルが大好きです^^
世界観が丁寧に構築されているので、違和感なく入り込めました(^v^)
戦闘シーンも精緻に描写されていて臨場感があるので、ドキドキしながら読めました!
あとひとりひとりのキャラが確立しているので読みやすいです(∀)
個人的には気沼くんが好きです(^^@) 兄にしたいw
そして何か変態な気もしますが、八城さんのメンテナンスをしてみたくてたまらない陽です←
八城さんも大好きです/// 結婚しt((殴
……ごほん、雑談以上にグダグダなコメで申し訳ないです><
感想文書くの苦手で……とりあえず続きがまじで気になります!!
更新楽しみにしております♪(^^●)
頑張ってください!(ω。)
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(異端の能力が、開花する。 ( No.61 )
- 日時: 2012/03/24 11:26
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: 僕もよく寝ぼけて眉毛なくなります←
陽様>>60
あわわわ!お越しいただいた上にコメントまで貰ってしまって!
感涙なのです(゜レ゜)
しかもおやつを食べ損ねてまで一気読みしていただけるとは・・・・。
僕ぁ幸せ者です(何
けっこうコアなジャンルかと思っていたのですが、そう言っていただけると一安心しますw
世界観は、多少気を使って組み立てましたb
雑談の方にも書いた覚えがありますが、僕が一番お話しの根幹だと思っているのは世界観と風景描写なので!
ほ、褒めちぎりすぎですw
調子に乗らないように自重しなければ;;←
やっぱり気沼、八城の二人ですかw
個人的に一番の推しは八城くんです←
変態と言うか・・・八城くんのメンテをしてみたいと言われるとは思ってもみませんでしたw
結婚、出来るんでしょうかね?生きてないけど。
いえいえ、ユーモラスなコメントに俄然やる気が出たたろす@ですw
お互い頑張っていきましょう!
であであ、コメントありがとうございました!
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(異端の能力が、開花する。 ( No.62 )
- 日時: 2012/03/24 11:40
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: 影と舞う少女、黒衣の美丈夫。どちらが勝るか・・・。
七章:6話
瞳も走った。
速度的には圧倒的に乃亜に劣るが、こちらには瞳の影も含めて四つの意思を持った四体の体があった。
走りながら、握った短刀に意識を集中させてみる。
思った通り、短刀が凄まじい冷気を帯びた。
物理の授業は好きだった。
過冷却した金属は容易く砕ける。
しかし、この場合瞳の握る短刀は冷却されているとは言えない。
つまりは瞳の一刀と打ち合えば乃亜の刃が無に帰すだろうと言う考えだ。
瞳の意思を理解したかのように瞳の影と剣士の影が乃亜を襲う。
二次元的な影を魔術で破壊できないとなれば影が集中して襲いかかった場合魔術は使うまい。
さすがの乃亜とて、魔術の発動には一寸の隙が出来てしまうからだ。
しかし続く瞳の攻撃が繰り出される前に、乃亜は驚くべきことをやってのけた。
何と、瞳の影の一刀と剣士の一刀。
共に一太刀で受けてのけたのだ。
「迫る刃はある一点に必ず集まる。」
またもイシカワの声が聞こえた。
眼前の死闘に心奪われていたイシカワでさえ思わず呟いてしまったのだ。
彼の言いたいことは、たとえ何本の刃が一度に閃こうが、必ず全ての刃を受け得る一点が存在する。
乃亜はその一点を見切り、正確に刃を走らせたのだ。
しかし、刃を受けたせいで彼は不動の状態に陥った。
これを好機と見た四足獣の影が背後から襲う。
その腹部を乃亜の右足が打ち抜いた。
この場合驚くべきことだが、彼は重心を一切変える事無く背後からの襲撃者にカウンターを決めたのだった。
よって打ち合った刃は寸分も動かなかった。
「さすがにセンパイ、やりますね。」
瞳が、心底からの称賛を含んだ声で呟いた。
今まで彼女がこんなことを言っただろうか。
自分で闘うことはおろか、彼女はただ圧倒されていただけだった。
それが今、自らが対峙している圧倒的な敵。
そしてそんな相手に向ける紛れもない尊敬と畏怖の声。
戦うと決めた彼女がそこに居る何よりの証拠であった。
「魔力が切れかかっているな。次が最後だと思って仕掛けてこい。」
対する乃亜の声もいつもより柔らかであった。
彼女は取るに足らぬ一人の人間の少女から、希代の天才影士へと変わったのだ。
「はい。」
そう答えた彼女の声も、今までとは違った。
彼女の中でも乃亜は恐怖の対象から尊敬すべき師へと変わったのだった。
乃亜が飛び退き、瞳も下がった。
これが最後の攻撃。
乃亜の言葉が思い出された。
直感に従え。
乃亜が奔った。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(1話更新! ( No.63 )
- 日時: 2012/03/28 00:20
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: 異空間での死闘、ついに決着。
七章:7話
獣の影が迎え撃つ。
「はぁ!」
珍しく放たれた鋭い掛け声と共に、疾駆状態の乃亜の周囲で地面が割れた。
瞳に向かって一直線に。
影とて物理的現象である異常、大地の凹凸には従わなければならない。
獣の影の狙い澄まされた一撃は、その正確な狙いゆえに大地の凹凸のせいで一寸の距離、乃亜に届かなかった。
しかし、その大地の亀裂がどの程度の物理的なエネルギーを持っているにせよ、瞳が回避するのは困難ではなかった。
無駄な動きは出来ない。
一歩だけ右に回避した瞳は剣士の影を見た。
必殺の突きの構えを取るところであった。
対して乃亜は迷わなかった。
影の動きは見切れる、本体を斬ればいい。
あまりの速度に熱を帯びて白光を放つ一刀が、瞳の頭頂目掛けて振り下ろされる。
瞳の影が受けた。
押し切れる、と思った。
剣士の影が必殺の突きを放つ。
その一撃を、人体力学の限界を超えた身の捻りで回避しようとした時、乃亜は心底戦慄した。
体が動かない!
ぴたりと喉元で止まった剣士の影を見据えて、彼は苦笑した。
「まさか、"重躁"まで扱えるとはな。」
背後に瞳は居なかった。
それでも乃亜の目は、一刀を影が受けた瞬間、背後に回り込む瞳を捉えていた。
重躁。
それは影士が相手の影に入り込み、一定時間自由を奪う術だ。
しかし、強烈な精神集中の他に持ち前の強い精神力を必要とする上に、術者自身の精神力と相手の精神力によって拘束可能時間は大きく左右される。
それでも、今回は一刹那でも乃亜の動きを止めれば勝機があった。
この賭けは瞳の勝ちである。
次の瞬間には背後に瞳が居た。
獣の影も剣士の影も消えている。
瞳の影も、本体同様の動きを取っていた。
「センパイのおかげです。センパイの言う通り、直感に従ったら出来ました。」
何か吹っ切れたような、明るい笑顔に乃亜の表情も穏やかになった。
そうこうしているうちに辺りの風景が色褪せ始めた。
イシカワが仮想空間を解除したのだ。
「行くか。」
乃亜が言った。瞳は大きく頷いた。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(嘘ついた、7章まだ続くw ( No.64 )
- 日時: 2012/03/28 08:56
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: もうひとつの試みは・・・?
七章:8話
乃亜、瞳と分かれて医務室へと向かう道中、普段の姫沙希社ではまずきかれない大音声が二人の耳に聞こえた。
「二代目一行、誰でもいいから医務室まで。」
二人は怪訝な表情を作った。
社内全てに伝わるような回線は、存在こそしても使用されることはまずない。
各分野において極秘のプロジェクトを遂行する場合がある為、他のフロアはもとより他のブロックにさえ聞かれてはならぬことがあるからだ。
そんな姫沙希社で、今夜数年ぶりに社内全域に同じ声が届いた。
八城が手近な内線電話を手に取り、医務室につないだ。
「八城です。」
そこまで言うと、受話器に耳を当てていない気沼にさえ聞こえるほどの声が返ってきた。
「ああ八城さん、僕を主任に殺させたいんですか?主任の診察室にこんな跳ねっ返りの、」
どうやら工藤要が目覚めたらしい。
後ろでぎゃあぎゃあと騒ぐ声が聞こえてくる声に電話先の男の声が途切れる。
「はいはい、今向かってますからちょっとだけ相手しててください。」
一方的に言うと、八城はさっさと受話器を置いた。
気沼と顔を見合わせ苦笑する。
医務室は4階、数分の旅路であった。
医療フロアに到着した気沼と八城が向かったのは医務室だった。
広大なワンフロア全てが医療関係の部屋になっている。
中でも医務室は基本的な診断と休養が効果的に行える小さな診療部屋だ。
「八城です。」
ノックするまえから返事がないことはわかっていた。
扉の向こうから喧しい声がぎゃあぎゃあと聞こえてくる。
目の前の扉は、普段滅多にかけられることのないロック状態で閉まっていた。
人攫いだとか気違いだとかのヒステリックな怒声と共に、備え付けの枕をブン投げたのであろう音が廊下にまで響いてくる。
「勝手に入っちまおうぜ、暗証解析ついてんだろ?」
気沼が呑気な声で言う。
暗証解析とは対電子ロック解除用の暗証番号解析装置だ。
姫沙希社の解析ソフトは自社のメインコンピューターの防御機構でさえ数秒で解除してしまうとの話だが、事実かどうかは分からない。
頷きながら八城はオートロックの数字入力パネルを器用に外すと、無造作に左手を突っ込んだ。
すると薬指の先端がふたつに分かれ、内部からコードが現れる。
手近な配線に指先のコードを接触させると、2秒と待たずに手を戻しパネルを付け直す。
パネルをつけ直してすぐに八城が入力した数字は、繋がりのない8桁の数字だった。
「ごめんよ。」
そう言ってまず扉を潜ったのは気沼だ。
その顔面に、誰が投げた物か、枕が直撃した。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(嘘ついた、7章まだ続くw ( No.65 )
- 日時: 2012/03/29 18:36
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: もうひとつの試みは・・・?
七章:9話
八城と部屋に居た工藤要、もう一人は姫沙希社の社員であろう男と、一行の運転手を務めた男が唖然とした。
そんな全員の前で、気沼の顔面から枕が滑り落ちる様子は、ひどくスロモーに見えた。
「おい、誰だ、投げたの。」
疲れと安堵からか、普段ならばかすりもしない枕の一撃が直撃したことが相当癪に障ったのか、いつもより幾分ドスの効いた声で気沼が呟いた。
「大将ストップストーップ!」
叫びながら気沼の前に割って入ったのは、先ほど一行の運転手を務めた男だ。
名はオギノと言う。
その後ろに白衣の男が立っていた。左胸には医療部副主任の名札がついている。
どこか疲れた印象のある男だが、年は三十に届かないだろう。
「クラマくん、異常は?」
疲れ切った白衣の男に向けて、八城が訊いた。
隣では気沼とオギノが騒いでいる。
工藤要はなぜか、気沼の顔をじっと窺っていた。
「何もないみたいですね。これだけ騒げれば何の問題もありませんよ。」
クラマと呼ばれた男は心底疲れた顔で答えた。
当直明けの医師と言うのはみんな同じ顔をしている。
それに笑顔で頷く八城を見て、クラマはため息をついた。
「そろそろ主任が来るんで、引き継ぎの書類作ってきます。」
ため息とともにそれだけ吐き出すと、八城の労いの声が届く前に部屋を後にした。
そんなクラマの対応に、落ち着きを取り戻した気沼が怪訝な目を向けた。
「医師なんかあったのか?」
「大将、そりゃ気も滅入りますって。医師は当直明けですよ?」
相変わらずどこか拗ねたような口調に、オギノがこれまたため息をついた。
気沼だけでなく八城でさえ、そりゃそうだと言わんばかりに頷いた。
そこで工藤要が、
「アンタ、気沼翔似でしょ?」
っときた。
なぜ知っているのかと問う前に、要の方から声が上がる。
「去年の高校生総合格闘技、アタシが司会だったの。アンタだよね、優勝したの。」
そう言われて、気沼は当時の記憶を呼び起こした。
予選から年上の出場者を圧倒して勝ち上がった気沼が一躍時の人となった大会である。
その時は試合にばかり集中していたので、司会者が誰かなんて記憶は一向に出てこなかった。
「そんな気がする。それでも、自己紹介は必要だよな。気沼だ。」
言い訳がましく自己紹介をすると、要の表情が多少和んだ。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(嘘ついた、7章まだ続くw ( No.66 )
- 日時: 2012/03/31 11:25
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: もうひとつの試みは・・・?
七章:10話
人気絶頂のマルチタレントと言うだけあって、大きな瞳、すっきりとのびた鼻梁、薄い唇。
顔のどのパーツも印象的なのだが、その全てが誇示し合わない程度に輝いている。
ネコ目がちな瞳は多少気丈な印象を与えるが、それさえも愛くるしいと思える顔立ちであった。
「あー、なんか混乱させちまったよな、ごめん。
後ろのノッポが八城蓮、そこのチーマーみたいなのがオギノ。
ここは、姫沙希社の医務室だ。姫沙希社は知ってるだろ?」
気沼も顔立ちこそ不良顔の中に修羅場をくぐり抜けた精悍さがあるが、どことなくやんちゃな人懐っこさがある。
そのためか、二言三言交わすうちに、要の方も気を許したようだった。
そんな二人を見守る八城とオギノの後ろで、扉が開いた。
「はいはい、ムサイ連中はどいてどいて、女の子にはショックが大きいわ。」
扉の開く音と同時に聞こえてきたその声は、オペラ座の歌姫を思わせるような優雅な声であった。
声の主は天下の美女に違いない。
ひょっこりと気沼のわきから顔を覗かせた要でさえ、驚きを隠さなかった。
八城とオギノの後ろには白衣を纏った美女が立って居た。
左胸には医療部主任の名札が下がっている。
切れ長の瞳と高い鼻、八重歯の目立つ笑顔の美女は八城、オギノ、気沼をさっさとどけて要の前に立った。
赤縁の眼鏡がよく似合う。
どうやら姫沙希社と言うのは個性派ぞろいらしい。
八城のようなサイボーグが居ればエンドウのような渋いおっさんも居る。
オギノのような不良面が居ればこの医師のような天下の美女が居る。
「医療部主任のアンザイです。要ちゃんよね?大丈夫かしら?」
歌うような声に聞き入った要が返事をするまで、数秒を要した。
「それじゃあ、アンザイ医師。事務所に居るんで、乃亜が来たら伝えてください。」
さすがの気沼でさえ、どこかたどたどしいのは彼女の美貌ゆえか。
笑顔で見送るアンザイ医師を残して、三人は隣の事務室に移った。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(嘘ついた、7章まだ続くw ( No.67 )
- 日時: 2012/03/31 11:30
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: もうひとつの危険な試み。美女の誘う意識の彼方。
七章:11話
要はアンザイの誘うまま備え付けのベッドに座った。
いままで要が暴れていたベッドなのだが、自分の診療室が荒らされたことに対してアンザイは何も言わなかった。
「あの、なんの診断ですか?」
要が不安そうな顔で聞いた。
突如現れた温厚そうな同性の医師に見つめられた途端、緊張の糸が切れたのである。
そこに居るのは先ほどまでの瞳と同様、怯えきった少女であった。
そんな少女にアンザイは天使の笑みを見せた。
「アンザイで結構よ。今まで大変だったでしょう?
診断と言うより貴女のカウンセリングと言った方がいいわね。
私は内科医でも外科医でもないの。聞こえは悪いかもしれないけど、
一応医療的なカウンセリング資格を持った精神科医なの。まずは深呼吸して。」
要は素直に従った。
抗う気さえ起こさない優しい声音であった。
「アンザイ医師。アタシ何が起きたんですか?」
今にも泣き出しそうな声であった。
要は生ぬるい小悪党の巣窟とも言える社会では珍しい過保護に育ったV.I.Pである。
誘拐されかけただけでも恐怖で泣き出してもおかしくないものを、どうにかこうにか耐える姿はいたいけで憐れな少女であった。
「貴女は旧政府の生物兵器に拉致されかけたの、たまたまあの通りに居た姫沙希社の警備員達がどうにかこうにか貴女を助けたのよ。」
アンザイは笑顔で答えた。
要はそれでも不安な表情のままであったが、アンザイの説明はある意味で正しい。
獣自体は旧政府の作りだしたものではないが、乃亜達が居合わせたのは全くの偶然であった。
そして、八城の所属は警備派遣部門である。
その点で姫沙希社に助けられた理由は筋が通る。
「じゃあ、なんでアレはアタシを攫って行こうとしたんですか?」
要が危惧しているのはそこであった。
これから事あるごとにあんなモノに狙われるのか。
「ほらほら、泣かないの。大丈夫よ、姫沙希社は警備派遣も行っているわ。貴女専属の警備組織を作ると社長がおっしゃっていました。」
アンザイはついに泣き出した要を抱きしめた。
そのまま数分、甘い華の様な香りのする胸に抱かれて要は泣きじゃくった。
「もう大丈夫です。アンザイ医師、アタシを助けた中に、黒尽くめの綺麗な男って居ました?」
多少赤くなった目を隠すかのように俯いたまま、要が訊いた。
彼女は覚えていたのだ、乃亜の存在を。
アンザイが僅かながら怪訝な顔をした。
ほんの一瞬、要が認める間もなくその表情を消したアンザイは要の顔を優しく持ち上げると、多少黒目がちな瞳で覗き込んだ。
「覚えているの?」
その声は、どこか困ったような調子であった。
タレント業の傍らで歌手業もこなす要が訊き逃すはずはない。
普段ならばそうだったであろう。
しかし、今回ばかりはさすがの要も緊張のほぐれた安心感で他人の細かな変化にまで気が回らなかった。
「はい。その男を見た途端、意識を失ったんです。でも、それからすぐに夢を見ました。
とても怖かった。アタシ、その男を殺そうとしたんです。」
アンザイは何か確信を得たような笑顔を、優しい微笑みで塗りつぶした。
「要ちゃん、今日の貴女みたいに急に大きなショックを受けると、急に意識を失ってしまうことがあるわ。
あるはずもない夢を見ることもね。いい?体を楽にして、深呼吸をしたら三つ数えるわ。
そうしたら貴女は今よりずっと落ち着ける。」
アンザイの声に頷き、要が深呼吸をする。
アンザイの手が、要の瞼をそっと下ろした。
「ひとつ。」
高鳴っていた要の心拍が徐々に正常に戻る。
「ふたつ。」
要の肩から力が抜けた。
「みっつ。貴女は黒衣の青年をみつけたわ。」
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(もう一つの試みが・・・。 ( No.68 )
- 日時: 2012/04/03 20:11
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: 明かされたのは真実か、謎の存在か・・・。
七章:11話
その声が聞こえた途端、要の全身が緊張にこわばった。
これこそアンザイ医師の絶対の特技、催眠法。
独特な声、優しげな声音、会話の折々に気付かれぬように混ぜた鍵となる言葉。
それが揃うだけで、呼吸を落ちつけ、耳を傾ける者を催眠術にかけるのである。
最後の一言で再現したいイメージ、自白させたい内容を彷彿させる言葉をかければあとは被験者が勝手に催眠の中で全てを語ってくれるのだ。
「貴女は黒尽くめの男性を見たわ。その後は?」
アンザイが変わらぬ声で訊いた。
要は素直に白状するはずであった。
無意識中の行動とは言え、アンザイの催眠は意識を超えて無意識を呼び出す。
要が無意識中にいかなる行動を起こしたとしても、彼女の催眠から逃れるすべはない。
はずであった。
「私は、何も・・・そう何も。」
アンザイが驚きの表情を作った。
今クラマが同席していれば、彼女の驚きの表情に驚いたであろう。
要が何かに抵抗するように体を震わせた。
「いいえ、貴女は彼を襲った。」
アンザイの声も震えていた。
今までアンザイが催眠した人間の中に失敗はない。
ただ一人を除いて。
アンザイはそんな自分の催眠法に抵抗した人間に感動し、興奮しているのであった。
恐怖は微塵もない。
如何に乃亜、気沼、八城が手こずった相手とはいえ、彼女の催眠は彼女の声一つで解除できるのだ。
「私は、彼が欲しい。その為にこの力を。」
要の体が大きく反る。断末魔の痙攣に似ていなくもない。
「この力とは?貴女の術はどんなもの?」
「言いたくないわ。いえ、教えてあげたら、あなたは死ななきゃいけない。」
要の声が変わった。
そして、今まで固く閉ざされていた目が開いた。
左目の瞳だけが鮮やかな青。
右目の瞳は鮮やかな緑であった。
「その眼は。」
アンザイの顔に動揺が走った。
そして、次の瞬間には四肢の自由が奪われた。
いつの間にか医務室中から青々とした蔦(つた)が生えていた。
「貴女は目覚めます。」
声と同時に手を叩いた。
催眠は解除されるはずであった。
しかし、四肢を絡め捕った蔦が強力な圧力で四肢を押しつぶす。
声を上げる間もなく解放された。
いつの間にか閉じた目を開けると、黒衣の美丈夫が立っていた。
「アンザイ、無事か?」
極めて抑揚の乏しい声が聞こえた。
大きく頷いたアンザイの前で要が倒れた。
乃亜の拳が雷光の速度で脾腹を突いたのだ。
戸口には見知らぬ少女が居た。
アンザイが目を向けるとおずおずと会釈をする。
「乃亜くん、ドアのカギは?」
アンザイが不思議そうな声で訊いた。
気沼等が退出した時点で、アンザイはドアに鍵をかけたのだ。
「咄嗟だったのでな。誰かに直させよう。」
謝罪のつもりらしい言葉と共に、ドアノブが放られた。
華細いとさえ言える乃亜の繊手がドアノブを引き千切ったのだ。
乃亜の桁外れの能力には慣れているはずのアンザイでさえ、驚きの表情を作った。
そもそも乃亜が魔力を物理的なエネルギーに変換することは稀だ。
そんなことは普段ならば気沼がやる。
とにもかくにも救われたアンザイは要へと視線を移した。
ベッドの上で意識を失った少女へ乃亜が厳しい視線を飛ばしているところであった。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(もう一つの試みが・・・。 ( No.69 )
- 日時: 2012/04/06 16:48
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: 明かされたのは真実か、謎の存在か・・・。
七章:12話
「実際に、彼女の暴走は二代目の魔力が誘発したものだろう。」
医療フロアの事務室で、クラマ医師は呟いた。
オギノは持ち場に帰り、気沼と八城が向かいのソファーに腰掛けていた。
「気沼くんが心配しているような雷華を受けたことによる後遺症は見当たらない。筋肉細胞、神経細胞共に正常だった。」
事務所自体はどのフロアも同じである。
気沼、八城の腰掛けたソファーとクラマの座るソファーの間には、要のカルテが置かれた机がある。
検査の結果は奇跡に近い。
乃亜、気沼、八城をまとめて相手にしたにも拘らず、物理的な損傷は皆無に近かった。
「魔術的な影響は?」
八城が静かに聞いた。
乃亜の魔力に当てられて暴走したのならば、何らかの魔力的な影響を受けているのであろう。
それに加えて、あれだけ大規模な攻撃を連発出来た理由が何らかの形で出ているかもしれなかった。
「それも特にはない。二代目の魔力で暴走するんだ、何かしら素質はあるんだろうが今の段階ではどのような素質なのかは分らない。」
要の素養が確認できない割に、クラマの表情は先ほどよりも明るい。
この男は根っからの学者向きらしい。
何かを探求すること自体が至福でしょうがないのだろう。
「でもよ、医師だって見たらわかるぜ。あれは絶対に異常だ。絶対に何かある。」
力強く言ったのは気沼だ。
それは要の攻撃規模の事であろう。
気沼どころか、八城、乃亜でさえ驚愕したほどの攻撃力。
確かに生身の人間とは思えなかった。
「それは主任まかせだ。主任の専門は催眠療法なんだよ。無意識中の"意識"でも呼び出せる。」
主任とは言うまでもなくとは先刻のアンザイ医師のことである。
催眠療法とは催眠術の一種で、回復の見込みのない患者の救済に大きな効果があるという。
重病末期の患者の痛覚神経への催眠、戦場で重傷を負った兵士への催眠、精神疾患患者への更生催眠。
あらゆる分野で不可能を可能にする。
人間の病は気からと言われるように、自己暗示で回復能力が増すことは今や常識である。
アンザイ医師の催眠医療は、そんな自己暗示の超強化版と言えるのである。
勿論のこと、催眠術と聞いて思い浮かぶような自白効果、記憶改変効果も絶大である。
尋問や戦闘の事後処理など、アンザイ医師は姫沙希社にとって不可欠な存在であろう。
「しかし、まさか八城さんの解析機能で満足な結果が得られないなんてね。」
「まったくだぜ。乃亜とお前がそろってわからないなんてな。」
クラマの声に気沼も頷いた。
対して八城は、彼にしては珍しくちょっと迷ったような顔をした。
「いえね、思い当たる節はあるんですが、どうも一抹の疑問を覚えるというかでしてね。
一応戦闘記録を解析に回しましたし、アンザイ医師の催眠もある。
いずれにしてもどのような方法で攻撃してきたかはわかってくるでしょう。」
珍しく八城にしては幾分真面目な声であった。
しかし、そんな八城に気沼がちゃちゃを入れる前に、ノックもなくドアが開いた。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(もう一つの試みが・・・。 ( No.70 )
- 日時: 2012/04/09 16:36
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: 明かされたのは真実か、謎の存在か・・・。
七章:13話
乃亜、瞳の合流に合わせたかのように、エンドウともう一人男がやってきた。
「情報解析部のエビナだ。蓮の持ってきた戦闘情報の解析が終わった。」
そう言ったのはエンドウだ。
彼の連れてきたエビナと言う男は、出勤してきて最初の仕事がその解析だったらしい。
私服姿でコーヒー片手に、一本のメモリースティックを持っていた。
どこか胡散臭いナリといいぼさぼさの髪といい、エンドウと被る男だが、エンドウに比べればよほど華奢だ。
その上黒ぶちの眼鏡を執拗に押し上げる癖は、売れないプログラマーのようであった。
「八城さんの持ってきた情報ですがね、まず確実なことは魔術ではありません。」
エビナは壁際からパイプイスを持ってきて腰掛けると、まずそう切り出した。
乃亜に同行したアンザイはクラマの隣に腰掛けた。
乃亜と瞳にソファーを譲る気沼、八城に向けてエンドウがこれまた壁のイスを放ると、低いテーブルは完全に囲まれた。
「理由はですね、まずは発声が確認できません。次にですね、魔力の高揚が感じられません。
重ねて言いますと、彼女の測定データから見るに消費エネルギーが明らかに多すぎます。」
そこまで言って乃亜の方を見た。
勿論のことながらこの男が他人の意見に逐一対応するはずもなく、八城が先を促す。
「えーとですね。考え得る限りでは攻撃回数、攻撃規模、攻撃持続時間、攻撃力的に彼女のとった行動と考えるには矛盾が生じます。
と言うよりも彼女には不可能です。魔術の基礎だけならばともかく、一般人が魔術を扱う。
それも二代目と互角以上に。彼女の背後、ないし近くにもっと手練の魔族が居たんじゃないですかね?」
エビナが言い終わると、乃亜に視線が集まった。
確かに一理も二理もある。
そもそも彼女が魔術的な何かを使役可能なこと自体が驚きなのだ。
しかし、アンザイはソレに異を唱えた。
「確かに彼女の術は魔術じゃないわね。でも、彼女が仕掛けてきたのは事実よ。魔術で植物は操作出来ないわ。
彼女の術は風水術よ。生命の源さえ自在に操る能力は風水術だけだわ。」
言いながらアンザイは両手首の痣を見せ、自分が襲われた事実を簡潔に伝えた。
「乃亜が通りかかってよかったぜ。」
気沼がため息をついたのだが、誰もそれで終わりとは思っていなかった。
つまり、アンザイの催眠に抵抗しきったことを誰もが予想したのだ。
「お察しの通り、彼女には私の催眠も効かなかった。彼女か、またはそれ以外の誰かが私より強力な催眠をかけた形跡がある。
彼女が生命の危機を感じた時と彼女の秘密が暴かれようとする時。この時だけ彼女の潜在能力が発動するようにね。
彼女自身もそれを望んでいるみたい。」
アンザイの静かな言葉に誰もが沈黙した。
思った以上に手強い相手であることは明白だったからだ。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(もう一つの試みが・・・。 ( No.71 )
- 日時: 2012/04/09 20:36
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: 明かされたのは真実か、謎の存在か・・・。
七章:13話
「いいかな?」
しばしの沈黙を破ったのはエンドウだった。
胸のポケットから煙草を取り出して振る。
「構わん。アンザイも一息入れたらどうだ。」
短く答えて、乃亜はまた思案するような顔になった。
その声に、アンザイも白衣のポケットから煙草の箱を取り出した。
ついでに気沼も。
今まで黙っていた瞳がアンザイの方を見て意外そうな顔をした。
もしかしたらアンザイの美貌に見惚れていたのかもしれない。
そんな瞳を見て、アンザイが微笑みかけた。
「あら、自己紹介が遅れたわね。医療部主任のアンザイです。見ての通りの愛煙家だけど、エンドウくんよりマナーはいいわよ。」
乃亜の前だと、以前の様な圧倒的な美への感動は薄いらしい。
優しげな声音に瞳も自己紹介をした。
名指しでマナー違反を指摘されたエンドウは苦笑を作った。
どうやらここにも上下関係があるらしい。
クラマがエンドウとアンザイを恐る恐る見比べていた。
「アンザイ。工藤要の眼に異常は?」
いつの間にか八城の用意した灰皿に数本の吸い殻が乗った頃、乃亜が口を開いた。
大人の女性に対する口上とは思えない、なんとも不躾な物言いだ。
もっとも、彼がそんなことを気にしだした日の方が彼らは動揺するだろう。
アンザイも特に気にした風もなく、要の左右の瞳の色が違う事実を告白した。
「やはりな。あの眼には何かある。風水術であろうと、あの眼の持ち主ならばあれだけの規模の攻撃も可能だろう。奴に訊こう。」
乃亜が珍しく累の知恵を借りると言いだした。
彼が他人の手を借りようなどと、たとえ肉親であれ思うことは稀であった。
そんな乃亜の声に重ねるように、エンドウが呟いた。
「左右非対称の眼。昔本で読んだことがある。神にも等しい力を持つ一族だと。」
エンドウの声に一同が振り向いた。
八城でさえ意外そうな表情を作る。
「無学だと思ってたか?」
苦笑の表情を作ってため息をつくエンドウをしり目に、乃亜が席を立った。
行先は言うまでもない。
父親であり、恩師である累の知恵を借りに行くのだ。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(もう一つの試みが・・・。 ( No.72 )
- 日時: 2012/04/12 02:11
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: 謎が謎を呼ぶ時、人はそれを偉大なるものと認識する。
七章:14話
内線電話で事情を話すと、累は社長室ではなく議事堂での協議を提案した。
「それで、アンザイ主任。工藤要は?」
累の声は依然として平静であった。
工藤要の発狂も、アンザイの催眠が破れたことも彼にとっては取るに足らない出来事なのだろうか。
もっとも相手は内戦終結の英雄だ。
常人の観点からではどうしてもずれる。
「鎮静剤を投与後、24時間の監視体制で医療部が隔離しております。」
アンザイ医師の方も慣れっこなのか、平然と処置を告げた。
対して累はしばしの沈黙の後、
「八城を即けて来なさい。彼とは別途通信で協議に参加してもらおう。」
とだけ告げた。
確かに理にかなっている。
武装強化が施された彼ならば一人でも工藤要に対処可能であろう。
彼女の人格で意識を取り戻したとしても彼ならば協議に応じながら彼女の相手もできるはずである。
指名を受けたサイボーグはそんな累の言葉を聞いて、ため息交じりに頷いた。
「また貧乏くじですか。まあ、社長の指示じゃ仕方ありませんね。」
そんな八城のささやかな反抗と諦めの声に、当人と乃亜の除いた全員が苦笑を浮かべる
そんな中で気沼が先頭を切った。
珍しく乃亜が先頭を渋るように動かなかったのだ。
乃亜、八城を除いた六人が退出すると、今まで壁を睨んでいた乃亜の視線が八城に移った。
厳しい視線を送るものの、特に何を言うわけでもない黒衣の美影身に向けて八城はいつもの愛想笑いを向けている。
「どうしました?」
声、口調も変わらない。
他人が見れば何とも可笑しな図であろう。
数秒の静寂の後、乃亜の唇は軋む様に言葉を絞った。
「昨夜の一件、偶然だと思うか?」
乃亜にしてはいつになく悩みを窺わせる声だった。
この男にも苦悩など存在するのか。
その問いに八城が応える前に乃亜が続けた。
「俺は常々思っていたのだ。この国、この町、あの学校。この世界に存在するどの国よりも早く、どの町よりも大きく再興した。
そんなことは疑問に値しないと思っていた。そして昨日気付いた。俺と気沼の出会い、睦月瞳との繋がり、工藤要の本質。
この国には、そしてこの町には魔術的な才能の持ち主が多すぎはしないか?それだけじゃない。
この町の、この会社の周辺には。あの学校もそうだ。工藤要もそうだ。気沼とて変わりない。
そこで俺はある事実に気付いた。これだけの繋がりを偶然と位置付けるには一抹の疑念が生じる。
ならば人為的と取る方が正しかろう。そこでだ、これだけの規模で物事を形作れる者など存在し得るのか。
考えるまでもない。一人を除いては不可能だろう。姫沙希累を除いてはな。戦時中に何があった?
お前は何だ?姫沙希累とは何者だ?奴の意図するものは?お前が知らぬはずはなかろう。」
まさに怨嗟の様な声であった。
世界の理さえをも捻じ曲げてしまいそうな凄絶極まりない声、口調は、八城の表情さえをもいつになく真剣にさせた。
しかし、なんという問いか。
確かに姫沙希累という存在の大きさには謎が含まれる。
それにしても、実の父親に対する疑問の持ち方にしては異常と思われた。
自分の父とは何者か。
この世界、この国、この町を形作る者なのか。
彼の推理では眼前の男はその答えを知っているはずであった。
そんな乃亜に応えるかのように珍しく真剣なため息をつくと、八城は口を開いた。
「姫沙希くん。あなたの考えはわかります。しかし、私にはその情報にアクセスする権限はありません。
時が来れば社長から、姫沙希累からお話があるでしょう。彼はそういう人間です。」
明かりが翳った。
八城の言葉に合わせるように乃亜の魔力が高揚したのだ。
「姫沙希くん。あなたは莫迦じゃない。ここで私を"壊しても"なんの意味もないことぐらいお分かりでしょう。
私の中にあなたの欲しい情報はない。それに、私は殺せません。代謝機能の低下状態からみてあなたは影によるダメージから抜けきっていない。
ここで無駄な魔力を使うのはあなただけでなく、あなたの、そして私の周りの方々にも致命的な問題になりかねません。」
明かりが戻った。
またも八城の声に合わせるように。
八城の声が終わった時、乃亜の表情は暗かった。
そんな表情のまま、乃亜は深いため息とともに踵を返す。
「すまん。」
乃亜が戸を抜けた時、八城はそんな声を聞いた気がした。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲-(謎が謎を呼ぶ・・・。 ( No.73 )
- 日時: 2012/04/17 06:53
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: 謎が謎を呼ぶ時、人はそれを偉大なるものと認識する。
七章:15話
「遅れた。」
不機嫌顔の乃亜がノックもなく扉を開けると、既に全員が着席して待っていた。
姫沙希累の指定した議事堂とは、会社の行く末を分ける大きな議題を各部門の主任を招いて審議するための特別な部屋であった。
ワンフロアの半分を占める巨大な室内にはこれまた巨大な丸テーブルが据えられていた。
丸テーブル自体に区切りは存在しないが、各所にはめ込まれた液晶画面で大まかな着席位置はわかる。
どことなく厳粛な空気を漂わせる部屋ではあるが、乃亜はそんのもの存在しないかのごとく無愛想にイスを引いて座った。位置的には累と向かい合う位置である。
親しみを込めた累の眼差しは、乃亜の不躾な行動を見ても変わることはなかった。
入口から向かって左に姫沙希社の社員が並び、右側には気沼と瞳がそれぞれ座っている。
中央にはどこから引っ張り出してきたのか、旧式の電波通信装置が置かれていた。
それで八城は参加するのであろう。
「乃亜、だいぶ辛そうだがきみも通信参加にするか?」
八城の言葉通りならば、乃亜の体は未だに瞳の影によって受けたダメージが回復しきっていないはずだ。
それを踏まえて累が問う。本来これは感謝すべきところなのだろうが、
乃亜と累を除いた全ての人間が気まずそうな顔をした理由は言うまでもない。
「何の冗談だ?」
相変わらずの不機嫌顔で乃亜が返した。
元から抑揚の少ない声な上に、不機嫌が重なってか鋼のような言葉の刃であった。
それに対してエンドウがほれ見ろと言わんばかりの視線を投げかけるも、累はにこやかに手元に設置された機械類のボタンを押すだけにとどまった。
そうして累の表情が改まるが、それを遮るようにノックの音が聞こえた。
累が応えると、女性社員がコーヒーを運んできた。
先ほど累が押したボタンの効果であろうか。
テキパキと全員の前にカップを並べると、速やかに退出する。
姫沙希社の社員教育はまさに完璧と言えた。
普段は皆無と言っていい仕事でも、きちんと対応できる人間が揃っているようだ。
「それでは、協議に入ろう。まずは何からいくか?工藤要の現状と今後かな?」
社員達が退出したのを見送って言った累の声は問いかけと言うよりも宣言に近い。
彼の決定した方針が覆ることなど存在し得るのか。
一同が頷くと、累は満足げにエビナを促した。
「そうですね、解析結果から言いますと非常に危険です。アンザイ主任の報告も含めて考えますと彼女の潜在意識が表に出ている間は無差別に攻撃している節が見えます。
魔力に反応して攻撃しているのであれば八城さんは攻撃対象外のはずですからね。そしてもう一つ興味深い点は、潜在意識に人格が存在している点です。
多重人格とまではいきませんが、それに通じるレベルの人格が存在することが見て取れます。画面をご覧ください。
八城さんと工藤要の戦闘の一部始終です。明らかに彼女とは別の意思をもった人格が喋っているのがわかります。」
エビナの声に合わせて手元の画面に映像が映し出された。
八城の目線なのであろう映像には、アスファルト色の半球体とそれにめり込んだ肘から先が映し出されていた。
そして声が聞こえる。
暫く映像は流れ、またも工藤要の声が聞こえる。
丁度鋭利な氷塊を持って向かってくる場面だ。
音声が小さいので字幕表示も映し出されているのだが、そんなことは目に入らない。
誰の眼に見ても、工藤要には明らかに殺戮の意思があることが伺えるのだ。
その狂気を宿した鋭利な氷塊が振りかぶられる前に、映像は途切れた。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(参照300だなんて・・・ ( No.74 )
- 日時: 2012/04/20 07:13
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Df3oxmf4)
- 参照: 七章が終わったら記念短編でもとかなんとか。
七章16話
エビナが再び口を開く前に、累がため息をついた。
「八城、いかに危険を感じたとはいえ民間人に対してアレはやりすぎだ。後で報告書を提出するように。」
エンドウが「まったくだ」とこぼすと、通信機からは相変わらずの声で了解の声が聞こえてきた。
全員が苦笑いを浮かべる。
こんな時、八城蓮と言う男は場を和やかにする。
「えー、んん。ここでですがね。彼女の音声解析をしていてわかったことがあります。
皆さんも気付いたかもしれませんが、所々二重に聞こえますよね。これが鍵です。この二重になっている部分。
最初に聞こえた"なにもの"や最後の"終り"と言った部分。ここでは彼女の通常の意識が僅かに出てきている可能性があります。」
エビナがちらりとアンザイを見た。
ここからはアンザイ医師の報告である。
「ここからは私が。彼女に対しては催眠も告白も効果を表しませんでした。
そこからわかることは私の催眠以上に強力な催眠によって彼女の能力を隠そうとした意図が感じられます。
そして、彼女もそれを望んでいるようです。基本的には彼女の能力が知られそうになった時と、身の危険を感じた時に発動するのでしょう。
今回の場合は乃亜くんの強力な魔力に身の危険を感じたために発動したと思われます。」
ここでアンザイの声は途切れた。
と言うよりも、現状わかっていることはそれだけなのだ。
それを無言で理解してか、累が全員を見渡し、口を開く。
「八城、きみの報告は?一応きみは当事者だ、後で報告書は提出してもらうが、何かないかな?」
どこか反論を許さぬ声が響くと、しばしの沈黙が流れた。
報告書の提出で済むことを口頭陳述するのが面倒なのであろう。
ため息混じりの声が聞こえるまで、いくらか間があった。
「そうですね。強力な風水術の類かと思われます。重ねて彼女は"神眼(しんがん)"を持っている可能性があります。
風水と神眼、共に持ち合わせぬ限り、通常の魔力を媒体とせずにこれだけの攻撃を行える理由はないと思います。
あくまでも未確認な空想上の存在とは言え、神眼が実在する可能性も考えねばならないのではないでしょか?
現状、彼女があの力を使いこなせる可能性はかなり低い。先手を取って対策を考えませんか?また公共事業に出費がかさみますよ。」
八城の言う神眼、それは空想上に存在する左右非対称の瞳を持った者である。
その力は神にも近いとかなんとか。
未だに姫沙希社のデータバンクにもその存在を確認したという事例はない。
神眼について累が一通り説明をしたところで乃亜の声が聞こえた。
「奴についてははわかった。問題は今後の方針だ。」
彼にしてはまともな発言であろう。
苦笑交じりに累が頷くと、手元の画面に文字列が浮かんだ。
「乃亜と気沼くんは省いて構わん。睦月さんと工藤要は特例だ、液晶に映った注意事項をしっかりと確認してくれ。特別区画を除いては自由な立ち入りを許可しよう。」
累の声に合わせて画面がスクロールする。
別に難しいことはない。
小学生の遠足並の注意事項であった。
「数日の滞在許可を出せ。ある程度態勢が直ったら家に移る。」
抑揚のない声で言ったのはもちろん乃亜なのだが、これが父親に対する口のきき方か。
いつの間にか印刷された注意事項の確認をしていた累でさえ顔を上げた。
「それは構わんが、きみや気沼くんとは違うんだ。彼女たちには家族が居る。何日も不在には出来まい。」
累は温かな、しかし咎めるような声で言った。
乃亜とは違って気遣いが出来る男だ。
全員の目が瞳に集まる。
こういった場合は他人が議論するよりも当事者が決める方がいい。
「えーっと、一応親に連絡は入れてみます。今日のことを話せば家に居るより安全だって言ってくれると思います。」
対する瞳は相変わらずおずおずとではあるが、今までよりもしっかりと意見を述べた。
仮想空間での一件で、人間としても成長したようだ。
「それならば我が社も協力しよう。そうだな、アンザイ主任、彼女に同行してご家族に説明を。
関係書類と就業内容については別途書面で手配しよう。」
当たり障りない程度に今回の件を報告し保護するとの旨であろう。
アンザイが頷くと、累は瞳に向き直った。
「学校までは送迎しよう。なにも構わず生活してくれたまえ。最低限の生活必需品は揃っているはずだ。」
それだけ言うと累は温かな笑顔を瞳に向けた。
- Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(参照300だなんて・・・ ( No.75 )
- 日時: 2012/04/27 00:34
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: dvUrJGSo)
- 参照: 異端の能力者たちを、何が待ち受けるのか・・・。
七章:17話
誰もが微笑み返したくなるような笑顔であった。
一人を除いては。
「工藤要はどうする?」
言うまでもなく乃亜だ。
累は相変わらずの笑顔で実子と向き合った。
しかし、累が口を開く前にエンドウが声を上げた。
「蓮を監視につけて拘留しませんか?いつ暴走するかもわからない、帰すにしても監視につけるべきです。」
その声にクラマも頷いた。
戦闘後の後遺症はないとはいえ、彼としても今後のことが心配なのだろう。
「エビナ主任、被害のあった繁華街には彼女の事務所があったはずだ。現状は?」
累の声にエビナが持っていたメモリースティックをちらちらと振った。
累に放ると、累はそれを手元の機械に差し込んだ。
「衛星からの情報とメディアの情報です。まずはメディアの情報から。」
エビナの声で画面に映像が映った。早朝のニュース番組のようだ。
全壊した繁華街の大通りと、目撃者の証言が流れる。
容疑者不明、死者22名、重傷者8名。
政府と公安の関係者によると旧政府のゲリラではないかとの見通しだそうだ。
そんな内容の報道を見て、気沼がさも憎々しげな顔をした。
「何が旧政府のゲリラだよ。そんな連中が繁華街なんか狙うかっての。」
気沼の声に累が苦笑する。
咎めるに咎められないのだ。
なにせ報道連中の報道はいつも適当だ。
事実確認よりも内容の面白さ、大きさが彼らにとっては重要なのだ。
そして政府の発表はいつでも出鱈目だ。
なんせ彼らには報道連中程の情報収集能力もないのだから。
「えー、概ねこんなもんなんですがね。衛星の情報とデータバンクの情報です。
死者は22名に加えて現場を封鎖していた姫沙希社の社員が6名。それと一匹。
未確認の情報ではありますが、旧政府の戦闘生物兵器ではありませんね。八城さんの視覚情報を解析した結果から、それらの類に必ず見られる脳手術の跡が見られませんでした。
被害の規模ですが、繁華街の通りは全壊です。四方400メートルは完全に。彼女の事務所の件ですが、」
そこで声が止まった。
通信機から奇妙な咳払いが聞こえたのだ。
累が怪訝な顔をするが、エビナには伝わったようだ。
何を隠そう彼女の事務所が入ったビルを倒壊させたのは八城なのだ。
八城の意図ではないにしろ、それが累に知られればもう一枚報告書を書くはめになる。
「んん。彼女の事務所ですがそれも全壊。事務所自体は本社ではなく支部なのですが、
死亡者リストに彼女のマネージャーの名前がありました。
重ねて報告しておきますが、彼女の安否が結構騒がれていますよ。どうしますか?」
八城に気を使ってか、当たり障りなく報告された内容に累はしばし沈黙した。
「事務所の警備会社の情報を書き変えておこう。我が社の警備担当だったことにして、
それがすんだら我が社の死亡者リストを報道メディアに公開しよう。
彼女は我が社が保護しているとしてな。それまでに彼女は何とかしよう、アンザイ主任、任せていいかな?」
またしても累の声は反論を許さぬ声音であった。
しかし、声を荒げている訳ではない。単純に彼から何とも言えぬ威圧感が放出されているのだ。
しかし、彼の直属の部下、それも主任クラスのエリート達がそんなことに動じるはずもなく、アンザイは快く承諾した。
「ふう。本日の協議は以上で良いと思うのだが、アンザイ主任には工藤要の主治医を命じる。
その間の医療部主任はクラマくんに任せるよ。そして、息子とその友人方。
きみ達には滞在許可と設備の使用許可を出す。気沼くんはいつもどおり生活してくれたまえ。
睦月さんはアンザイ主任と相部屋で構わないかな?
個室も用意できるが落ち着かないだろう?設備を使用したければ私か主任クラス、
もしくは乃亜か気沼くんにでも一声かけてくれ。勿論八城でも構わない。
工藤要についてはさっきの通りだ。アンザイ主任を主治医、エンドウ主任の意見を採用して監視、
護衛として八城をつける。以上、全会一致で構わないかな?」
累の声が高らかに響くと、全員が頷いた。
満足げに頷く累が瞳に注意書きの書面を渡すと、ひとりひとりが持ち場へと戻った。
七章完結。