複雑・ファジー小説

Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(九章開始、イラスト追加 ( No.97 )
日時: 2012/11/06 07:22
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: kOmP6qDh)
参照: 烈女と道化、与ふる力。


第九章:魔族再来


ここに座って何時間だろうか。
未だ変化なしの工藤要の様態からアンザイは帰宅の許可が下り、彼女の傍らには彼だけが残された。
時間を感じさせるものが一切調度されていない部屋と言うのは、そこに居る者を非常に不安にさせる。
そもそも、こんなところにいつまでも居るべきなのだろうか。
他にも解決すべき事項は多々ある。
いましがた3枚目の報告書、正確には始末書とでも言うべき物を書きあげたところだが、もう2枚の報告書を書いて、自分の管轄するフロアの状況を把握し、
昨日の戦闘情報の中から有用なものをバックアップし、不要なものは削除しなければならない。
とは言ったものの、彼にとってそんな仕事は3分もあれば全て解決してしまう。
この空間での退屈しのぎの為にわざわざ書面を印刷して、手書きで報告書を制作したのだ。
彼、八城蓮は既に何度目かになる定時報告を社長である累のコンピューターに送った。
工藤要の観察記録、脈拍、呼吸共に正常、大きな魔力反応なし。
筋肉、神経にも何ら異常は見られない。
体内に内蔵された時計が午後10時を告げた。
そしてささやかな異常を。

「社長、緊急手配を。装備T−2で戦闘配置は防衛。」

八城は相も変わらぬ緊張感の欠落した声を飛ばした。
彼の衛星通信は実に素早く、そして外部からの干渉の一切を取り除いて各地と連絡が出来る。
しかし彼の通信を専門に受信する受信機はあまり多くはない。
姫沙希社警備控室、、姫沙希社社長室、姫沙希邸だけだ。
他の通信機器には一方的に回線に繋いで通信、いわばハッキングをかけて無理矢理に割り込んでいる。

「了解、距離と数が分かり次第報告してくれ。」

唐突に送りつけた通信に返って来たのは、こちらも相変わらず穏やかな累の声だった。
その声に一瞬遅れて、社内全体に非常警報が鳴り響く。
とは言ってもこの部屋には聞こえない。

「姫沙希くんの読みは外れましたね。しかし、どうしてバレたのでしょうね。」

珍しく声に出してから考えたのだが、次の瞬間には答えは見つかった。
瞳を送迎した際しか考えられなかったからだ。

「オギノくん、気沼くん、しくじりましたね。ソレに影士の魔力はわかりやすいみたいですね。」

またしても声に出してから、社長室へと繋ぎ直す。

「社長、"例の"です。数は1、距離は13キロ、飛行体で尚も直進中。工場部は越えて来るでしょうから、ここで迎え撃ちましょう。私が出ます。」

それだけ言うと、彼は返事を待たずに隔離室を後にした。
連絡路へ出て電子ロックをかける。

「到達時刻は?」

累の声が返ってきた。
いたって平静そのものの声だ。
もっとも累は内戦終結を勝ち取った英雄だ、こんなことには慣れっこであろう。

「きっかり4分後ですね。防御陣営で上のフロアを護ってください。数が増えなきゃここで食い止めます。幸い南方から来るのでこの辺に乗りつけるでしょう。」

答えながら待合室を抜け、廊下に出た。
累の指示が社内全体に響いている。
それでも、驚くほどの静けさであった。
足音は聞こえる。
夜勤の人数はさして多くはない為、足音自体も静かなのだが、どの足音にも焦りがない。
その足音の中から、八城は二人の足音を探していた。
それはすぐに見つかった。
慌てた様子で駆けるふたつの足音。
片方はこちらに向かっている。
もう片方は上の方へ向かっている。
そして、片方の主が向かってすぐの曲がり角から飛び出てきた。

「おいおい八城、どうなってんだ?」

エレベーターはほとんどが上昇しているのいるので走ってきたのだろう。
足音から察するに3フロア分階段をすっ飛ばしてきたに違いないのだが、さすがに一行の一員だけあって息はまったく上がっていない。
そんな声の主、気沼に変わらぬ愛想笑いを向けて、八城はすぐ近くの壁を指さした。

「さて、何故か場所がばれてしまったみたいですね。出来れば魔力を高揚させてもらえます?魔力を察知してここに来てもらいたいんで。」

相変わらず呑気なもの言いに、多少顔をしかめつつも気沼は一気に 魔力を高揚させた。
魔力の扱いを会得し者の放つ独特な高揚感と緊張感が、瞬時に周囲に溢れる。
常人には到底計り知れない、無色透明、無臭で不可視なエネルギーの流れ。

「はい6、5、4、3、2……。」

次の瞬間、空気が咆哮した。
近くの、八城が指さした通りの壁が轟音と共に破砕されたのだ。
八城はまだしも、気沼が立って居られたことは称賛に値するだろう。
壁一枚とはいえ、それが大きく粉砕され、木端と化す様な衝撃だ。

「さて、どうしましょうか?」

そんな状況で、埃の舞う通路に何が見えるのか、八城の声は愉しげであった。
もっとも、彼の場合困難な状況に陥ると皮肉気に愉しそうな声を上げるのだが。
徐々に煙の晴れる廊下には、一人と一つの影が浮かび上がってきた。
先日対峙した魔族、恭よりも少し小柄な男、恭と同じでまだ若い。
歳の頃は二十歳を僅かに越えた頃だろうか。
濃い青のシャツにに黒いズボン。
ミディアムロングで無造作に後部へ束ねられた黒髪が、目で見て取れる男の全てだった。
もう片方の影は大きな烏(カラス)を思わせる鳥獣であった。
紅い目に黒い羽毛のその鳥の翼には、鎧の様に銀の装飾品が装備されている。
しかし、目を見張るのはその大きさ。
縦幅も横幅も2メートル近くあり、翼を広げれば5メートルを越えそうだ。
そして何より足が一本であった。

「こんな夜更けに"大烏(レイヴン)"でやって来るなんて、不吉ですね。」

八城の声に合わせるかのように烏の装飾具が眩い輝きを見せた。
乃亜や恭の具現召喚のように。

Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(九章開始、イラスト追加 ( No.98 )
日時: 2012/12/19 12:59
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: kOmP6qDh)


九章:二話



「成程。 装飾具と一緒にソレを具現召喚していた訳ですか。」

緊張感のない声が終わるころには、烏の輪郭は光の中に消えて行った。
目の前にはただ一人、魔族と思われる青年が佇んでいる。
どことなく、風が吹けば飛んでしまいそうな印象を受けだ。 とても一人で姫沙希社に乗り込み、何か物の役に立ちそうには見えない。

「お喋りってのは本当だな。 こんなの相手にあの人が敗走なんて信じられないな。」

男がうつ向き気味の顔を上げた、細い目が鋭い光を放つ。

「ここに影士の女と神の目を持つ女が居るだろう。」

細い目が更に細まる。
そして、魔力が高揚する。

「ええ、居ますよ。影士は上に、もう一人は後ろに。」

答えた八城の声と同時に男が動いた。
八城の脇を抜けて待合室のノブに手をかける。
先日対峙した恭と名乗る男にも勝る速度であった。

「ショックアブソーバー。」

そんな男を眼の端に収めて、八城は何ともなくそんな事を呟いた。
八城の愉しげな声が聞こえた途端、男がノブを放す。

「ん? どういうことだ?」

男の声は困惑していた。
それもそのはずである。
八城の言うショックアブソーバーとは八城の体内に内蔵されている耐衝撃吸収装置だ。
しかし、こちらの品は会社全体を包み込むほどの強力な装置であり、艦船のボイラー室程もある専用部屋で運転されている超大型の防御装置である。
強力な電磁力で一切の質量を受け止める電磁防壁と違い、計算しつくされた微振動が運動エネルギーその物の運動方向を変えてしまう装置だ。
よって視覚情報として認識されているはずのノブに触れても、男の手には何の感覚もないのである。
その上運動エネルギー自体が働かないのでノブが回ることもドアが開くこともない。

「この建物に対する一切の攻撃が無力化されました、防御体は地下3階です。破壊すればあなたの仕事は達成できるでしょう。
しかし、破壊するには私を倒さなければいけませんがね。」

八城の声は尚も愉しげであった。
愛想笑いの浮かんだ顔を見て、一瞬男の顔に狼狽の色が走る。
だがそれも一瞬、男の顔に何ともいえぬ不敵な笑みが覆った。

「まあいい、影士は最上階のようだな。 お前たちを倒してから頂こう。」

声は流れた。
いつの間にか八城の目の前に移動した男は、一瞬にして八城の懐に無数の拳を打ち込んだ。
秒間5発は下らない。
それも右腕一本で成し遂げたところをみると実力は恭をも上回っているかもしれない。
4メートルも吹き飛んだ八城を満足げに見た男がくるりと気沼に向き直る。

「あの人は最近始めてこっちに来たからな、魔力の使い勝手の違いに慣れてなかった。 でも俺はこっちに来て二か月。 魔力も魔術も"魔界"と同じように使える。 覚悟しときな。」

そんな男の声に合わせる様に、緊張に身をこわばらせていた気沼の顔が綻んだ。
戦闘前の緊張がどの程度であれ、この男も数多の修羅場をくぐり抜けてきたのだ。
戦闘が始まってしまえば自分の出来る限りのことをやればいい。
経験豊かな闘争心と若さゆえの潔さが全身から迸る。

「八城、行くぜ。」

気沼の声も流れた。
正面切って対峙していた男に向かって。
次の瞬間、気沼は男の懐に男と同じように拳を打ち込んだ。
こちらも秒間5発は下らないであろう。
その右腕と両足からはパチパチと小気味よい音が聞こえる。雷華の力だ。
八城と同じように吹き飛んだ男に、いつの間にか起き上がっていた八城が渾身の回し蹴りを打ち込んだ。
勢いよく飛んできた男の顔面を見事に捉えたその一撃に、男は廊下の反対側、つまりは5メートル以上も吹き飛んで行った。
威力から見て壁を突き抜けて行きそうだが、男は壁でしっかりと止まったのもショックアブソーバーの力だろう。

「気沼くん、いくら雷華が使えるとは言ってもいきなり大火力の連発は息切れしますよ?」

穏やかに小言を言いながら戻ってくる八城。
彼の任務は工藤要の監視と護衛なのだ、彼女へ向かうための扉を護っているのだろう。
律儀で仕事熱心なのはいいのだが、緊張感のない声が全てを台無しにしている。
対して小言を言われた気沼は冷静に雷華の威力を落とした。
八城の言葉通り今の一撃は多少無理をした一撃だ。
魔族でさえ見切れないほどのスピード、秒間5発を越える拳の速度、如何に自分よりも小柄とはいえ人間一人を吹き飛ばすほどの威力。
乃亜や魔族の連中の様に基本的な魔力量の低い人間にとってそれだけの攻撃を連打するのは諸刃の剣であった。
雷華の、つまりは魔力の循環速度をある程度落とし一定に保つと、それに合わせるようにして男が起き上がった。

「おっとっと、思ってた以上のやり手じゃないか。 その手練に対して名乗ろう。俺の名はレイヴァン、階級は中隊長だ。」

大儀そうに起き上がった男の声には少しも苦しそうな色はない。
体さえ些かも傷ついた様子がないのは魔族故の回復力か、それとも何らかの防御をしたのか。
色濃さを増した笑みは好敵手と出会えた戦士の喜びだろう。

「成程、"烏(レイヴン)"は強ち間違いでも無いようですね。 風と雷ですか、気沼くんには少々やりづらい相手じゃないですか?」

だが、そんな驚異的相手を眺めながら、八城はクツクツと苦笑交じりに言った。
しかし、何が間違いではなかったのか。 風と雷とは何か?
応えはなく、男、レイヴァンの顔に多少の驚きが浮かんだ。

「こいつは驚いた。 それじゃあ"飼師(テイマー)"はご存知かな?」

その声が発動媒体だったのだろう。
声が終わると同時、レイヴァンの目の前に眩い光が発生した。

Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(久々に更新、短編追加 ( No.99 )
日時: 2012/12/20 16:42
名前: みっちょん ◆M6x/GnlJyY (ID: rtyxk5/5)
参照: 文のまとまり方が半端ないと、調子にのっています←

うわぁお。
途中から乱入するみっちょんを、どうか蔑まないでくださいww

久々に来て、五章から読み進めてきました。八章までコンプリート!
取り敢えず、アンザイさんを姐さんと呼ばせてください←

これが一冊の本にならないかと、冗談じゃなく思ってます。

時間がないので此処までにしますが、また読みに来ます。
その時は、ちゃんとした感想を書きますよb

であであ、ブラウスを買ってハイなテンションになっている、みっちょんでした!

Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(久々に更新、短編追加 ( No.100 )
日時: 2013/02/05 14:25
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: fckezDFm)


 みっちょん>>99

あら久しぶり、間にコメントが挟まるのは気にならないわ((
コンプリートされちゃったのね、更新速度を上げなければ。

本にはならないね、うん、恐らくww
アンザイ医師はみんなのお母さん的立場なので姐さんでも良いんじゃないか?w

はいはーい、お待ちしてますよ☆

Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(久々に更新、短編追加 ( No.101 )
日時: 2013/03/13 02:04
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Mj3lSPuT)


九章:2話



具現召喚である。
しかし出現したのは武器ではなく獣であった。

「成程な、昨日のアレはお前のか。」

気沼が雷華の刺激音を一際鳴らして言った。
彼の言葉通り、目の前に現れたのは昨夜彼らが対峙した獣と同じような四足獣であった。
違っているのは昨日の獣が猫科の様な獣だったのに対して、今目の前に居る獣はイヌ科の様であった。
輝く銀の首輪、鋭い爪、伸びた口から見える鋭い牙。 いちばん目を引くのは飢えた目だ。
そいつがグルルと唸ると、眩い銀細工の首輪が床に落ちた。
その音が合図になったかのように獣が立ちあがった。
八城の顔が感心の表情を作る。

「"人狼(ワーウルフ)"ですか、これは厄介ですね。」

その声にレイヴァンが笑った。
多少感心した表情ではあるものの、それは完全に勝利の笑みであった。
人狼。
圧倒的なスピードと攻撃力を誇る生物で、防御力自体は高くないがその代謝機能の発達から驚くほどの回復力を見せる。
しかし、その最も恐るべきは、

「行け!」

その瞬発力と呼吸器系のエネルギー生産量、そしてばね仕掛けの様な筋肉組織である。
レイヴァンの声と共に跳びかかったその速度。
一切の予備動作なしでまっすぐ15メートルを跳んだ。
100キロや200キロの速度ではないだろう。
八城がカバーに入らなければ気沼の頭は一瞬で胴と離れていたはずだ。
二足歩行状態でこの速度では四足ならば更に早いと思われるが、凄まじいのはその威力も同様であった。
そのエネルギー量は気沼を背後に庇い、左腕一本で人狼の攻撃を防いだ八城が僅かながら態勢を崩したほどだ。
八城の基本スペックならば時速100キロで走行する乗用車さえ難なく押し止める。
しかし、実に驚愕しているのはレイヴァンの方だろう。
目の前の痩せっぽっちがいかなる情報を持って居ようと、まさか人狼の一撃を受け得る人間が居ようとは。
それだけではない。 唸る人狼の右腕を見よ。
八城は振り抜かれた腕をただ防いだのではなかった。
この男は数百キロの速度で振り抜かれた腕をしっかりと掴み取っているではないか。
人狼の持つパワーからして、その腕を掴んで捕まえて居ることなど人間には到底不可能なはずであった。
状況を理解した気沼が一気に腕の魔力を高める。
昨日の再現か、心臓を貫く必殺の突きが繰り出される。
しかし、その一撃はレイヴァンが手裏剣打ちに飛ばした短刀で防がれた。
常人には見止める事さえ不可能な速度で飛来した短刀を回避しただけでも気沼は称賛に値するだろう。

「仕方ない、遊びはなしにしよう。」

人間相手では遊びにもならない。
そんな考えがあった魔族が今、神妙な面持ちで呟いた。
その声を媒体に、またも眩い光がレイヴァンの前に現れる。
今度はふたつ。
どちらも先ほどと同じ人狼であった。
1匹でさえ人間には驚異的な相手、それを3匹相手にしながら魔族と闘うのか。

「お前たちは上だ。」

レイヴァンが人狼たちに向けて叫ぶとその声を理解したのか、人狼たちが一斉に鼻を動かし始めた。
突如、1匹が大きな遠吠えを放つ。

「そう簡単にいきますかね?」

呑気な声で言った八城であったが、その顔面に巨大な脚が入った。
人狼の筋肉細胞の柔軟さが為し得る驚愕の一撃。
腕を取られた態勢から、八城の目にさえ予備動作を識別させない動きでその顔面を捉えたのだ。
またも無残に吹き飛ぶ八城には目もくれず、人狼たちは一斉に走り出した。
上階へと続く階段へ。

「気沼くん、ここは任せてください。」

よろよろと起き上がる八城が相変わらずの声で言った。
どうすべきか迷っていたのだろう、こちらもきょろきょろとしていた気沼が返事もせずに走り出した。
眼前にはレイヴァンが待ち受ける。
勝利の笑みを浮かべた魔族が、迫る気沼に向けて高速の蹴りを放つ。
しかし、レイヴァンの考えは甘かった。
見よ、気沼はあっさりと回避して人狼たちを追いかけて行くではないか。
その速度、人狼に並ぶとも思える高速移動はさしもの魔族にも考えの及ばぬところであった。
雷華、雷の魔力による筋肉の活性化は時に魔族の理解をも越える能力を彼に与えるのだ。
唖然とするレイヴァンを穏やかな声が凍りつかせた。

「これで、本気でやれますね。」

レイヴァンが烏で乗り付けてから一切変化を見せない八城の声。
二度の強打を浴びて尚平然と起き上がる姿。
呑気に服の乱れを直しながら、八城がさらに続ける。

「彼を庇いながら戦うのは少々面倒でね。こう見えて私、監視や護衛よりも抹殺や破壊の方が得意なんですよ。」

レイヴァンの背筋を冷たい汗が流れた。
戦闘中の軽口ならば聞き飽きている。 魔族同士の戦いはこれの比ではない激闘になる。
しかし魔族、人狼を相手にして尚この冷静さ、と言うよりも何とも人を食った口上にレイヴァンは動揺した。

「魔族と一対一で闘りたがるとは、中々自信家だな。」

声と同時に右手が淡い光に包まれる。
先ほどとは違い、明らかに小規模な具現召喚だ。
光の褪せた右手には漆黒の軍刀が握られていた。
八城の目には質実剛健な刃の作りが魔鉱石であることが窺えるであろう。
常人が見れば刃渡り60センチ程のそれが八城相手では子供のおもちゃに見えるかも知れないが、その漆黒の一振りが如何な威力を持っているか八城が計り違えるはずがなかった。

「魔鉱石の刃、懐かしいですね。」

などと言いつつ彼は動いた。
驚くほど速く、驚くほど静かに。
レイヴァンが眼前に八城を認めた時、八城の一撃は深々と彼の腹部を刺し貫いていた。

「私も振っていた記憶がありますよ。今はこう使うんですがね。」

にこやかな笑顔を眼前に、レイヴァンは鮮血の滴る腹部を見た。

Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(今月中に9章を終わらせたい← ( No.102 )
日時: 2013/04/04 07:16
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: KZRMSYLd)
参照: 八城くん最強説w


九章:3話


 腹部を見下ろしたレイヴァンの目には八城の右手が見えた。 掌側を上に握った拳から二本の黒い筋が見えた。 二本の筋は真直ぐに腹部から入り背後へと抜けているであろう。
 止まることのない泉の様に鮮血を滴らせながら、驚きの表情のままのレイヴァンは崩れ落ちた。
 右手を引いた八城は倒れた敵に見向きもせずに、彼の持ち場とでも言うべき隔離室の前に戻る。 工藤要を護る事が彼の最優先事項だと言うのならばそれは非常に律儀な振る舞いだが、自分が斃した相手に僅かにさえ目を向けない所は流石に倫理観の欠落を感じさせる。
 しかし、何という一撃か。 見よ、八城の右手首から甲にかけて走る漆黒の筋はそのまま拳から30センチも飛び出て鋭利な刃となっているではないか。
どこか人の皮を剥ぐエイリアンの映画を彷彿とさせるその武器は、音もなく彼の手首を越えて前腕部に収納された。
 だが、扉の前で踵を返した八城は、どこか称賛の色の窺えなくもない表情で声を上げた。

「おやおや、魔族は丈夫ですね。」

 その緊張感の欠けた称賛がゆっくりとではあるが起き上がったレイヴァンに対してなのか、腹部の傷が跡形もなく消えている魔族の血に対してなのかは電子脳にしか分からない。

「おまえ、人間じゃないな? 魔族でもない。 一体お前は何だ?」

 対するレイヴァンの声もどこか愉しげであった。 顔に浮かぶ笑みも先ほどまでの勝利の笑みではない。
それは正しくかつてない強敵に出会えた戦闘者の血の喜びだ。 戦う事でしか己を表現できない者特有の笑みだ。

「まあいい、確かにお前は強い。 しかしな、ここからが魔族の戦いだ。」

 そう言い放ちながら声と共にレイヴァンは跳んだ。 要戦での八城の如く、低く、早く、遠く。
 しかし、八城の目ならば認識不可能な速度ではない。 そして跳躍の寸前、レイヴァンの全身が黒い文様に彩られたことも。
 直線距離5メートル以上を跳んでの真っ向唐竹割りを、八城は受ける態勢になかった。
それでも人体力学どころか物理の法則を完全に無視した驚異的な身の捻りで、振りかざされた一刀を回避した八城の右手が拳を作った。 音もなく漆黒の刃が二本迫り出す。

「この刃はですね、社長曰くプレデタークローと呼ぶらしいですよ。」

 相も変わらぬ愛想笑いと間の抜けた声と共に繰り出される瞬速の薙ぎ。 回避の為に捻った体が戻る勢いで繰り出される一撃には全くの無駄がなかった。
 しかし、相手も流石に魔族。 虚空を薙いだ一撃が仕留めるべき魔族は既に二歩ほど下がって次の一撃を構えていた。
 右の薙ぎが空を切ったのを認めたか否か、八城の動きを待たずにレイヴァンは八城の左半身に大きく袈裟がけに切り込んだ。
 眩い火花に一寸遅れて、甘美な程に美しい金属音が上がる。 レイヴァンの一刀を撃ちとめたのは左手首から伸びる漆黒の刃であった。 右手と同じ爪状の刃が左手にも装備されていたのだ。

「おっと、左もか。」

 軽く呟くレイヴァンではあったが、顔には驚きと感嘆の表情が浮かんでいる。 八城でなければ左肩から斜めに胴がふたつになっているところだ。
 それを眼前の男はたったの一撃、どころか左手を構える以外に一切の動作を必要とせずに防いだのである。
 如何に八城が驚異的な手練の持ち主とは言え、レイヴァンは魔力覚醒を行ってる。 それをいとも容易く受け切るとは。
 これではレイヴァンが後方に大きく跳んで間合いを取ったのもいたしかたない。 だが、大きく深呼吸したレイヴァンは、しばしの間を置いて叫んだ。

「"突風(ストーム)"!」

マルベリー 店舗 ( No.103 )
日時: 2013/04/15 12:42
名前: マルベリー 店舗 (ID: oYbsev37)
参照: http://www.mulberryoutletsonlines.com/

はじめまして。突然のコメント。失礼しました。

Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(こっちも更新速度上げてく! ( No.104 )
日時: 2013/04/27 13:15
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: KS1.rBE0)
参照: 風の魔術が人気なようです。


九章:4話


 レイヴァンの声と同時に、背後へ向けた彼の両手から爆風が飛んだ。 無論、八城の電子脳はそれが加速器の役割だと瞬時に断じた。
 レイヴァンの両手から生み出された爆風とでも呼べそうな風が生み出した推進力が、コンマ二桁以下の速度で3メートルの距離を詰める。 これにはさしもの八城でも回避不可能。 八城の電子脳の情報処理速度は今の様に目標に集中していればコンマ二桁以下の処理速度を叩きだせるが、関節の方が追いつかない。
 風を巻くどころか風となって襲う軍刀の一突きが、漆黒の軍刀が腹部に突き刺さる。 はずでだった。
 甘美なまでの金属音と共に、レイヴァンの手に硬質な感触が伝わる。 そして、本来ならば柄まで突き刺さっても止まらないであろうエネルギーの全てを持ってしても、八城の腹部には僅かにさえ刃が刺さらなかった事実も刃を伝う。
 魔鉱石の刃が腹部に打ちとめられた事に驚愕するレイヴァンではあったが、ここは流石に戦い慣れた魔族。 両手で握り直すや、上向きの刃をそのまま上に振り抜いた。 社内での基準服であろう無地のYシャツが二つに裂ける。

「直したばかりなんですけどねぇ。」

 二歩ほど下がって構え直すレイヴァンに対して、どこか溜息にも似た八城の声が届いた。 普段の愛想笑いに比べれば、表情までもが僅かに落ち込んで見える。 その視線の先では、切り裂かれたシャツと生体皮膚、そしてその奥に網目状の繊維が覗いていた。
 先に施された防御装甲強化の賜物である。 通常装備ではまた神経回路が切断されていたであろう。 黒い繊維は、筋肉繊維の様に幾重にも編まれた魔鉱石の防御装甲と、関節の動きを操作する為の神経回路だ。
 魔鉱石の硬度は言うまでもなく、繊細かつ柔軟な動きを要求される神経回路さえナノチタンと超々ジュラルミン、ドライカーボンを併用した現代科学では最高強度を持つ金属繊維。 歩兵が屋内で携行できる現代兵装では簡単には傷つかない。
 そんな八城の本質を垣間見たレイヴァンは、次第に口角を吊り上げていった。 抑え様にも抑えきれない、心底からの笑いがその顔を埋める。

「ははは、そうか、機械強化か。」

 レイヴァンの笑い声は明らかな蔑みの色を帯びていた。 そうまでして力を得たいのか、人間はと。 どこまでも滑稽な、レイヴァンの教えられてきた人間像、魔族たちの信じる"何処までも滑稽"な存在、その教えは確かにその通りだったと。
 対して、八城は僅かに自嘲気味に嗤った。 相変わらず人を小馬鹿にしたような表情ではあるが、彼をよく知る者が見れば、幾分悪意を感じさせる笑みで。

「いえ、強化ではなく機械なんです。 私は完全機械型なんです。」
「なに?」
「魔鉱石製の強化骨格をコンピューター、無機物が制御しているんですよ。」

 あまりにもあっさりと言い放つ八城の声にレイヴァンが凍った。
 完全機械型。 つまりは死なないのではないか。
 しかし、それも一瞬。 レイヴァンの口元がまたも蔑みの笑みを結んだ。

「破壊は可能だな。」

 その落ち着いた声、同時に声と発生したは轟音にかき消された。 レイヴァンの声が魔術の発動媒体になっていたのだ。
 工藤要の烈風と互角かそれ以上か。 細い廊下を無尽に駆け抜けた烈風は、八城を紙切れの様に切り裂いた。
 だが、術者の声さえかき消すほどの轟風の中で、すぐさま八城の声が聞こえた。 驚くほど鮮明に、驚くほど近くで。

「風の刃では不可能ですね。」

 次の瞬間、八城の両手の両手の刃、P・クローが掬い上げるようにレイヴァンを縫い付ける。 左右の脇腹から両肩までを貫く一撃は、レイヴァンにさえ認識不可能な速度で振りかぶられる。 勿論レイヴァンは先ほどから魔力を覚醒させている。 そんな"本来の実力"を発揮しているはずの魔族が、防ぐことも見止める事も出来ぬ一撃。
 一瞬にして風がやんだ。

「これで二度殺しました。まだやりますか?」

 苦悶の表情のレイヴァンに対して、八城は相変わらず間の抜けた声で訊いた。 まだ息をして、尚且つ二本の足で立っているだけでもレイヴァンの力は疑う余地もないが、彼はは悔しげに、憎々しげに歯ぎしりした。
 二度殺した、とは人間相手ではという事であろう。 確かに、腹部に受けた一撃と今の一撃は人間ならば確実に致命傷だ。 そこが気に喰わないのだ。 魔族である自分が、人間と変わらない認識をされている事が。
 しかしこの八城と言う男はどれほどの戦闘能力を誇っているのか。 魔族相手にこれだけの攻勢で居られるなど人間では考えられない。 勿論八城は人間ではないが、これでは乃亜以上ではないか。
 食事もせず、睡眠もとらず、疲労さえ感じない電子脳。 各関節の一つ一つに内蔵されたエネルギー源。 それも現行の電気エネルギーや化石燃料エネルギーとは次元の違うプラズマエネルギーを無限にも近い生産が可能な装置である。 関節の動く僅かな摩擦でエネルギーを生産、備蓄可能な八城は動けば動くほどエネルギーの備蓄量が多くなる。
 だが、対峙しているのは単身で姫沙希社に乗り込んでくるような魔族である。 基礎的な魔力量は人間の比ではないだろう。 つまりは治癒能力、筋力強化、魔術、その全てが脅威となるのである。 先ほどからの攻撃とて、魔鉱石製のP・クローを、"八城の腕力"で振って居るからこそ有効打になっているが、これが人間の腕力で鋼の刃を振って同じように外傷を与えられる保証はない。 先に対峙した恭と名乗る魔族には乃亜の拳が殆ど外傷を与えられなかったように、生粋の魔族が防御を意識して魔力を循環させた筋肉、表皮の防御力は、人間からしてみれば正しく鎧の様な防御力を有しているのだ。 ましてや人間ならば確実に致命傷になる傷がものの数秒で完治してしまうような相手だ、八城でなければ到底"戦い"と呼べる程度に渡り合う事など出来ないだろう。
 しかし次の瞬間、特に何を言うでもなくただ愛想笑いを浮かべていた八城の表情が変わった。 次はレイヴァンがニヤリと嗤う。
 なんと、八城の両腕に縫われている傷が刃もそのままに癒着し始めたのだ。

 「"斬撃風テラーストルム"!」

 傷もそのままなら体勢もそのまま。 至近距離にも拘らず、轟音と共に魔術が発動した。 工藤要の烈風や、先の風の術など子供だまし。 大太刀の如く舞う無数の真空刃が八城どころか、ショックアブソーバー中の廊下までもを切り裂いた。
 一気に刃を引き抜いた八城の反射神経こそ目を見張る物が有るが、彼の行動速度さえも凌駕する術の速度、範囲、威力。 正に一切の死角なしの縦横無尽の斬撃。 その術の規模は明らかに今まで乃亜が使用した魔術のどれをも超えるものであった。

「風の刃でも可能だろ?」

 未だ風刃の吹きすさむ廊下で、レイヴァンが嗤った。 勿論彼も魔術の効果範囲内であったのだが、その切り裂かれた傷さえ既にゆっくりと癒着し始めている。
 対して八城は襤褸切れの様に床に転がっていた。 動く気配すらない。 近づいたレイヴァンが爪先で突いて見てもまったく無反応だ。
 そんな久々に強大な敵であった機械人間に僅かな溜息を送って、彼は魔力覚醒を解きつながら気沼の駆けて行った階段の方へと向き直った。

Re: 鎮魂歌-巡る運命に捧ぐ序曲(勝つのはどっちだ。 ( No.105 )
日時: 2013/06/04 05:35
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: woIwgEBx)


九章:5話


 階段を駆け上がったところで、気沼は人狼達に追いついた。 防御陣営で待ち構えていた姫沙希社の社員達が人狼の足を止めたのだ。
 乾いた発砲音が連続するが、銃撃程度では人狼たちにはかすり傷程度にしかならない。 そもそも肉体構造以前に、筋繊維や内臓を含めて、人間の常識が通用しない相手だ。

「防御班、エレベーターで社長室へ。 こいつらの狙いは工藤要と睦月瞳だ。」

 叫びながら気沼は跳んだ。 助走からの跳躍ではあるが、八城や魔族にも比肩し得る距離を彼は跳んだ。
 そのまま体重を乗せ、渾身の肘打ちを人狼の頭部に叩きつける。 三匹横並びで立ち止っていた人狼たち、その真ん中の一匹に気沼の肘が命中した。
 鈍い音と共に、人狼の首がだらしなく垂れる。
 崩れ落ちる仲間に、人狼たちは大きな遠吠えを上げた。 威嚇や哀悼の意味ではない。 開戦の相図だ。

「親父さんに報告してくれ。 侵入者は魔族一人と人狼三匹。 魔族は八城が相手をしてるってな。」

 彼の声で、防御陣営が崩れた。
 社員は皆、内戦中の勇士たちである。 各々が仲間を護りながら、指定された社長室へと向かった。
対して、前方の陣が消えても人狼たちは進まなかった。 ゆっくりと気沼に向き直ったその眼は、確かに状況を理解し、気沼を倒さねば目的が成就出来ない事を理解していた。

「さて、次はどっちが相手だ?」

 二匹の人狼と対峙した気沼は、笑顔で聞く。
 いつの間にか、気沼にも乃亜や八城の様な余裕が生まれていた。 彼は雷華術を使いこなせるのだ。
 しかし、またも彼の実戦経験は役に立たなかった。 なんと、頸を折ったはずの一匹が垂直に跳び上がったのだ。
 声を上げる間もなく、人狼の腕は振り抜かれた。 その瞬間、気沼の全身を紫電の輝きが包む。
 雷華術、防御流派の基本形である"防雷ぼうらい"は、殆どの物理的接触を電圧で弾き返す。
 流石に衝撃だけは防げない物か、吹き飛ぶ気沼であったが、飛びながら彼はくるりと着地姿勢を取った。 やはり凄まじい運動神経であるが、発動した雷華の守りがなければ恐らく即死であったろう。
 そんな気沼の着地よりも早く、つまりは人体の落下速度よりも早く、人狼たちは気沼の元に突進していた。
 左右と正面からの一斉攻撃。 どれも人間など一撃で葬る威力の鉤爪が気沼を襲う。

「"剛・雷華(ごうらいか)"!」

 声は着地と同時に聞こえた。 気沼の地面にあてがった手から円形状に紫電の稲妻が迸る。 人間ならば致死量の電流が足元を巡っているのだ。
 敵の目標が自分自身なら、そこを中心に円形攻撃で迎え撃つ。 気沼の状況判断能力は、的確に彼自身を守り、雷華術の攻撃性能を遺憾なく発揮させた。 通電効率も伝導性能も関係ない。 彼の魔力そのものが雷となり、それをそのまま放出しているのだ。 彼は差し詰め、人型の積乱雲とでも呼べようか。
 如何に人狼たちが柔軟で強靭な筋肉を有していたとしても、筋肉自体が硬直しては何の役にも立たない。 一斉に前のめる人狼たちを、瞬速の蹴りが迎えた。
 右から来た一匹の下顎が宙に舞う。 そのまま脚を勢いで左に向き直ると、崩れ落ちる左の人狼の後頭部にまたも肘を落とした。 もちろん只の肘打ちではない。 雷の魔力による筋組織の活性化と、蹴りの勢いを伴った落下の運動エネルギーが伴った一撃だ。
 見事に頸と頭の付け根を捉えたその一撃に、左の人狼の首は直角に折れた。 残るは一匹。
 前のめりの状態で何とか姿勢を維持した人狼に、気沼は右手を向けた。

 「昨日の奴もこの一撃で倒した。 お前も、な。」

 次の刹那、飢えと憎悪の籠った眼差しを向ける人狼の胸に、気沼の右手が突き刺さった。 パチパチと小気味良い音と共に背中まで抜けた右腕はまさに昨夜の再現。
 肘まで突き刺さった腕を伝い、人狼の苦しげな鼓動が彼の顔をしかめさせた。 それを振り切る様に一気に引き抜く。 激しい痙攣と共に人狼は事切れた。

「さて、五階はセンジュのフロアか。 一応確認に行ってやるか。」

 溜息にも似た、どこか疲れを感じさせる声でそう呟くと、人狼の血に塗れた右腕と靴を振りながら気沼は事務室へと向かった。