複雑・ファジー小説

Re: 怠惰の爪先。 ( No.32 )
日時: 2012/02/22 19:04
名前: 朝倉疾風 (ID: 2WH8DHxb)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/



 松原くんにされたこと。

 腕を縛られた。 髪の毛をボサボサにされた。 靴下を片方だけ脱がされた。 ベッドに寝転ばされた。 口をタオルで塞がれた。 焦点は天井の木目を見ていてと言われた。 できるだけ無表情でお願いと要求された。

 正直ホッとした。
 あの男たちみたいに、裸になれと言われたり、子猫の死骸を抱いていてと言われたり、性器を露出しろと言われたり、明里ちゃんとキスしてみてと言われなくて。
 こんな軽い拘束くらいなら、何時間だって耐えられる。

 松原くんはベッドのすぐ傍に椅子を持ってきて、そこに腰掛けた。 手には大きなキャンバスと、鉛筆を持っている。
 わたしと目が合って、軽く微笑んだ。

「臣小夜子を捕まえた」

 さっきまで大人びた顔をしていたのに、いまはなんだか幼児のようにでも思える。
 だけどいざ鉛筆を走らせると、その表情から感情というものが消えた。
 そっと目線を天井の木目に移し、そのまま数十分動かないでいた。
 喋る者も邪魔する者俺はもいない時間。
 昔とは違って、なんだか松原くんのモデルになっていると、不思議と心は落ち着いた。

「できた」

 言って、松原くんはわたしの口を塞いでいるタオルを解く。 腕は拘束されたままだ。
 顔を上げると、真っ白のキャンバスの中に、鉛筆だけで描かれたわたしがいた。

「…………うまいね」 「背徳的な絵が好きなんだ。 風景画とかじゃなくてさ」

 人を描くのは好きだ、と松原くんは付け足して、わたしの腕も解く。 自由になった体を起こして、ボサボサの髪を整える。

「ねえ、小夜子」

 名前を呼ばれてドキリとした。

「さっき小夜子は俺に、どうして母親を殺したのか聞いただろ」
「うん」
「俺はその質問に、絵を破られたからカッとなったって答えたんだけど」
「ああ……うん。 それがなに」

 なんか知らんけど肩を両手で掴まれた。 身動きとれない。

「子どものときの俺にとって、小夜子はなんていうか……憧れっていうか……すごく描きたいって思ってた。 まあ、そのときの小夜子は明里だったわけだけど。 あいつに会うたびに、俺は小夜子の姿を記憶して家に帰って、スケッチブックに描いてた」

 わたしって松原くんの初恋なんかなーとか。 ちょっとだけ思ってみる。
 嬉しくない。
 気持ち悪いというか、なんか、変な感じ。

「だけど……俺の母親は馬鹿だよな。 もともとおかしいんだよ。 俺を見て笑いながら臣小夜子を描いたって話してるの見たら、ああコイツ殺そうかって。 ……憧れを穢されたらさ、誰だって怒るよな」

 それはわたしに賛同の意見を聞いているのか、それともまた違った返答を求めているのか。 まったくわからない。
 どうしていいか分からず適当に時間が経つのを待っていると、うわーなんかちゅーされましたけどおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

「な、にすんの」

 できるだけ動揺隠そうと思ったけど無理だった。 ひー気持ち悪い。

「俺さ……女ダメなんだ……。 明里がさ、なんか……あいつも変だよな小夜子。 お前知ってたか? あいつ俺のこと好きなんだ。 俺は嫌いなのに……」
「なに……明里ちゃんが、なんて?」
「明里、俺のこと好きすぎて、怖いんだ」

 そう呟いて、松原くんがわたしの胸に顔を埋める。 泣いているのかと思ったけど、ただ涙を流しているだけだった。
 明里ちゃんと失踪していた1年の間、何があったかキツく問い詰めようと思ったけれど、どうやら彼なりのトラウマに触れるらしい。

「まー落ち着きなさい、松原くん。 わたしは臣小夜子だから」

 思い出す。
 明里ちゃんの、どこか普通の子とは違う雰囲気。 そこにいることが不自然な存在。
 わたしの片割れ。 双子の妹。






              □■


 ここにもいない。

 こんなに捜しているのに、どこにもいない。

 なにがいけなかったの。

 こんなに苦しい想いをするのは、どうしてなの。

「もうそろそろで警察が来る。 さっさと行くぞ」

 胃液をすべて吐き出して、人を殺した恐ろしさとバイバイする。

 手はもう震えていない。

 証拠品はぜんぶ回収したから……だから。

 今夜もボクは捕まらない。 ずーっとずーっと捕まらない。

「指と足の指紋は削ったし、凶器もこっちが持ってる。

 もし家宅捜査されても、人を殺した包丁で料理しているとは、誰も思わんだろ」

 人を殺すと、なんだか興奮してくる。 足の爪先から頭までゾクゾクと。

 腰が疼く。 尿を漏らそうになったけれど、なんとか堪えた。

 あーもっとなんかないかな。

 でもきっとこれ以上やると、ボクは捕まる。 捕まるのは嫌だから。

「おい、聞いてんのかっ」

「ねえ……ボク、なんか発情期みたい。 ニャンニャン鳴いてやるから、

 今日の夜は相手してよね。 どうせ暇でしょう」

 沸き上がる劣情を我慢できない。

 我慢できない。 我慢できない。 我慢できない。 我慢できない。
  我慢できない。 我慢できない。 我慢できない。 我慢できない。
 我慢できない。 できない。 できない。
 できるわけない。 我慢できない。 できるわけない。
 我慢できるわけない。 できない。しない。

「我慢できないんだってば♪」