複雑・ファジー小説
- Re: 殺戮 は 快楽 で ......『一話/語句説明更新』 ( No.7 )
- 日時: 2012/02/09 21:22
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: bJXJ0uEo)
- 参照: 黒白物語……。スランプだorz殺楽は楽しく書けるのに
「行ってきます」
誰もいなくなった室内に空しく響き渡った。ヨミは誰も気付かないほど呼吸に似せて溜息をつく。何度自分の「行ってきます」の声に返事が来なかったのだろう、そんな事を考えながら美しい絶対領域を見せ付けるように短くしたスカートを上下させつつ階の中央に位置されている大型エレベーターへ向かい歩み続ける。ヨミの表情には無しかなく、折角の美しく端整な顔立ちを損する使い方をしていた。
「あ、山中さん? だっけ。おはよーございまーっす」
「……お早う」
「お早う御座います」
奥まった扉から出てきたのはこのマンションで有名になっている『三日月双子』だった。「おはよー」と無駄に親しげな雰囲気をかもし出していたのが、弟の三日月下弦(みかづき げげん)。成績優秀のヨミでも「げげん」と聞いた時にはどんな漢字を使うのだろうかと、興味しんしんだった。そして、必要最低限の言葉しか紡がなかったのは、兄の三日月上弦(みかづき じょうげん)。人との関りは無意味だ、とでも言いたげな冷めた目がヨミは少し苦手だった。
「お二人とも、登校するところですよね? 学校も同じ方向ですし……。
図々しいかも知れないんですけど、ご一緒してもいいですか?」
古き良き大和撫子を思わせる慎ましさを全面的に出しながら二人の合意を求めるヨミに、上弦は冷めた目を下弦は温かい目を向けていた。返事はヨミの予想通り「YES」だったため、ヨミはニッコリと笑顔を見せエレベーターへと三人で乗り込んだ。
エレベーターが三人に贈った景色は、マンションを支えている骨格たちと階ごとで変わる町の風景だった。17階に住むと、どうも階下の景色を忘れてしまうなぁとヨミは心の中で思った。口に出さなかったのは、下弦が上弦にマシンガントークとも言える程、速いペースで話を振っているからであった。
そして、この下弦の『喋り』というのがマンション内で有名になっていたのだった。驚くほど長く、速く話し、人に一度振った話も自分で応える……。そんな話し方を得意とする男だった。それに比べて、兄の上弦は口数の少ない寡黙な男として有名になっていっている。こんなに対照的な双子に好奇の目が向くのはまぁ自然かな、と横目で左にいる三日月双子を見る。そのとき、ポーンとエレベーターが目的の階に着いた事を告げた。そこから自然に開いたエレベーターの扉から見えたのはサンサンと輝く太陽が照りつける、初夏真っ只中の光景だった。
「暑い」
「暑い、です」
「暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い」
「下弦、暑苦しい」
「少し、静かにしてください。下弦さん」
「ごめんごめん。いやー、あまりにも暑くって」
「……暑いは禁止」
「上弦さん頭いいですね……。溶ける……」
「禁止かよ! ひっでーなぁ、もう」
外に出た瞬間から、三人の額や二の腕には大粒の汗が現れていた。
気温約43度。これも先人たちの地球温暖化対策に問題があったから仕方がないみたいなニュースが、高層ビル群の特大電子パネルに映し出されていた。上弦も下弦もヨミも、そのニュース音声が耳に入ったとき驚きと先人たちへの苛立ちへ足を止め、目の前に見える陽炎に「負けて堪るか!」と心の中で毒づいていた。