複雑・ファジー小説

Re:   殺戮 は  快楽 で ......参照200超え感謝! ( No.33 )
日時: 2012/02/18 20:36
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 5bYoqzku)
参照: 失意の終焉——死をもって生を咎める

 奏とヨミがやってきたのは、三階階段の踊り場だった。HRと1時間目の授業との間の小休憩はたったの5分しかなく、大抵の生徒は教室で過ごすか、水のみ場へ行ったりするかの二択であった。そのため、二人以外にこの場所にいる生徒は誰一人としていなかった。

「なぁ……。授業で俺らの事やるじゃん? 顔ばれたらどうすんの? 全校に知られちゃうと思うんだけど……」

 小さなことを気にし、うじうじとしている奏にヨミは一瞬軽い殺意を覚えた。『男がうじうじしてるのは見ていた腹が立つ』と言っていた友人の気持は、嘘ではなくて本当なんだなとヨミは心の中で何度か頷く。

「大丈夫よ。影人とか影人守って呼ばれてるんだから、闇に溶け込めるはずでしょ?
 それに、私たちがそういうコトをしてるって絶対誰にもばれないわ。私が保証するから」

 
 実際、ヨミ自身も顔が割れてしまったらどうしようかと考えているところだった。その時に奏が、同じ不安を抱いていたのは内心ほっとすることだった。だからヨミは、いつもなら毒づく場面で相手を安心させられる言葉を言うことが出来たのだろう。ヨミは自分で言った言葉で自分をも安心させていたのだ。奏の表情も段々と明るいものに変わっていく。ただ、そう言った後二人は同じタイミングで同じようなことを思い浮かべた。『もし、自分たちではなく仲間の顔が映ったら』と。伊野塚から『ペア同士の干渉は構わないけど、ペアじゃない人同士の干渉は少し遠慮してもらいたいかなぁ。仲間がやられちゃった時に、弔い合戦! みたいな感じで感情に動かされちゃ適わないんだよね。まるでずーっと前の私のペアだった青年みたいに、ね』と忠告は受けていたのだ。
 それでも仲間である影人や影人守。最近出来た影由(かげよし)や影獣(ダークビースト)。ヨミや奏、他の影人たちにとっても大切な守らなくてはいけない仲間だったのだ。気づけば二人の周りは沈黙に包まれ、二人とも難しい顔で考え事に勤しんでいた。

「私、教室戻るわ」

 ぱっと顔を上げて、沈黙を破ったのはヨミだった。奏も考え事をやめ、同じように顔を上げる。奏には何時もと変わらずに済ました顔をしているヨミの内に、不安や恐怖があるのがすぐに分かった。ヨミもまた、奏の抱いている感情が嫌でも分かっていた。
 ヨミは小さく頷くと何事も無かったかのように一段目へ踏み出そうとする。

「なぁっ」

 背中に飛んできた奏の声に、ヨミは上げていた足を段に着くか着かないかの当たりでピタッと止める。そして、ゆっくりと奏の方を見る。2メートルしか離れていない二人の距離が、今だけは6メートルくらいあるようにも思えた。奏は小さな歩幅でゆっくりとヨミへ近づきながら口を開き言葉を紡いだ。「授業終わったら、どこに向かう……?」という問いにヨミは考える素振りを見せる。何時もなら何気ないその動作が、奏には小さな恐怖を生み出す材料になった。それでも足を止めずにヨミの方へと近づいていく。丁度、奏がヨミの隣へきた時に、ヨミは奏の耳元へ口を近づけ「ビル」と呟いた。瞬間的に奏の強張っていた表情は安心しきったような表情へ変わった。まるで借りてきた猫が自分の家に帰ったときのようで、ヨミは少し奏の表情の変わり具合に笑ってしまった。奏もつられて苦笑を浮かべる。その様子は傍から見ればカップルのようなものだった。

「ねーね、何話してるの?」

 二人はビクッとなり、声のしたほうを見る。二人が見たのは階段の上。そこには飛び級生のフルリナがいた。瞬時に二人は表情を強張らせる。一体何時から其処にいて、何処から自分たちの話を聞いていたのか分からなかったからである。何を話していたのか、フルリナはとても気になっているのだろう。ニッコリと笑いながらフルリナは二人を見ていた。先に口を開いたのは、奏だった。

「俺が山中に告白してたんだよ。家も近いし、少し気になってたから」
「奏!?」

 でっち上げの告白宣言に、ヨミは戸惑いを隠せなかった。周りから『可愛い』だの『綺麗で清楚っぽい』だの言われてはいたのだが、男性から告白されるという経験は今迄で一度も無かったのだ。そのため、過剰ともいえる反応をしてしまった。驚きで口をパクパクさせるヨミで連想ゲームを行えば『鯉』とか『魚』とかいう回答が出てくるのだろう。まさにその様だったのだ。そんなヨミを見る事無く奏はじっとフルリナを見ていた。フルリナは成功したのかどうか、聴きたそうにしていたがもう何も話すことは無いとでも言いたげな奏の表情を見て、顔に満面の笑みを浮かべると「じゃあねっ」と言って教室へと戻っていった。
 奏が頭に思い浮かべたのは、フルリナが余計なことをクラスで言い振らないかということと、顔を赤くしているヨミをどうするかということだった。