複雑・ファジー小説

Re:   殺戮 は  快楽 で ......一時更新停止 詳細有 ( No.56 )
日時: 2012/03/10 12:40
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: vQ/ewclL)
参照: 久々更新!

 ヨミが席につく。それを見計らっていたかのようなタイミングでチャイムが全校に広がった。だが、そのチャイムで立ち上がった生徒は一人もいない。理由は簡単だ。『このチャイムが合図で映像が始まる』と先程縁川が言っていたから。縁川も生徒に伝えたとおりに映像を見れるようにするためテレビを用意していた。サイズは50インチと大きめである。
 作業を開始してから数分後、ようやく縁川のテレビの準備が完了した。瞬間、テレビからは影人と思われる人物たちの映像が流れ始めた。それも、大音量で。一瞬肩を震わせた生徒たちも直ぐに真剣な眼差しをテレビの画面へと向ける。誰一人として、集中が欠けている様な人は見当たらなかった。

『あはははは!! 君は、まだそんなくだらない事を言ってるのかい? だから、君は私には勝てない。それを認めないから、なお勝てないことは前も教えたじゃないか!』

 けたたましく教室に響いた笑い声はの主は伊野塚圭二、影人のボスのものだった。画面には暗闇にゆれる白衣が映っていた。白衣で連想できる職業といえば、限られた。

『いいえ。これはくだらない事ではないですよ、兄さん。僕は真剣なんですよ。兄さんが影を統べるというのなら、僕は陽を統べましょう。
 兄さんが既に影を手中にしているように、僕も陽を手中に収め始めているんです。兄さんの駒である影人と、僕の駒である陽人。一体どちらが強いんでしょう?』

 白衣で見えない奥の方から、声が飛んでくる。
 その声は、表現の仕方は一つしかないその者の声だった。

「白衣の人と、同じ声……?」

 教室の端から声がした。主はフルリナ。きっと無意識に呟いたのだろう。目はしっかりとテレビの画面を捉え、他の生徒が一斉に振り返っても気付く素振りは一つも見せなかった。いや……見せなかった、というよりわざと見せなかったのかもしれない。自分はしっかりテレビを見てる。真剣に勉強をしている。それに自分は普通の人だ。こんな人たちと関ることはまずもってないんだ。瞳には、その光も濃く滲んでいた。

『咎ァ……。私、イラッときたんだけど、君はどうだい?
 彼が私たちを壊しにくるんだよ。君の大事な仲間たちも、みーんな殺される』
『おれ、倒す、あいつ、倒す、!』
『そんなごーせーじゅー如き、僕には適いませんよ、兄さん』
『さー、如何だろうね。やってみなくちゃぁ、』
『わから、ない、! 咎、人の、血』

 終始穏やかながらも、怒りを漂わす伊野塚の声がヨミと奏に深く突き刺さる。ここまで伊野塚が怒りを覚えていたのは初めてだったのだ。仲間たちから冗談で蔑まれたり、間違ってゲームのデータをオールデリートされたときも『大丈夫』と言って済ませていた。あの温厚の男が、だ。
 そして、あからさまに伊野塚が一番言われたくない禁句(タブー)を簡単に言い放ったのだ、男は。男が放った一つの禁句にはヨミと奏も心のうちで殺意を抱いた。影人間では誰一人として気にせず、誰一人として偏見を抱いたことがなかったのだ。
 咎が合成獣であることに。

 画面は、徐々に徐々に動いていく。警備用のカメラを警備の人間が動かしたのだろう。画面いっぱいの白が、ゆっくりと画面いっぱいの赤へと変わっていった。その赤の中に映る巨大な蛇、鳥の羽、大きな鬣(たてがみ)。——咎のアビリティだ。奏は口の中で呟いた。ヨミも知らない咎のアビリティを奏は知っていたのだ。教室からは女子のすすり泣く声や、念仏のように怖い怖いと呟く声が多く響く。
 それでも、目を伏せては成らないと脳が指令を出しているのだろう。泣いている女子は一人として画面から目を背ける者はいなかった。