複雑・ファジー小説

Re:   殺戮 は  快楽 で ......更新再開。参照感謝! ( No.57 )
日時: 2012/03/10 11:35
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: vQ/ewclL)

『ねえ、兄さん……これは、どういうこと……?』
『それはお前の見てる風景が教えてくれているんじゃないのかなぁ。
 もう私に咎を止める術は一つしかなくなってしまった。でも、君が見ているところでその術を取るのは実に惜しい。だから、咎に君を消してもらおうね』

 テレビ画面には、片道二車線の道路の真中で対峙する伊野塚と伊野塚を兄さんと呼ぶ男、それに元々の形を消し去った神話上の生物キマイラが映った。伊野塚は何も顔を隠さずに何時もと同じ服装をしていた。まるで映像を見ている人々に『俺を捕まれるかい?』と投げかける犯罪者のようだ。

『嗚呼——咎は美しい。ねぇ、君も思うだろう?』

 まるで快楽にでも浸った様にうっとりとした口調で伊野塚は続ける。

『この血も、この肉片も、さっきまで存在していた私と君の“仲間”のものなんですよ……。
 嗚呼。君には仲間は居ないんでしたっけ? ただの手駒でしたね』
『グルルルル……』

 次の瞬間、生徒たちが悲鳴を上げた。それはこの教室内だけのものではなく、校内全ての教室からだった。その瞬間だけ生徒は目をそらしたのだ。忌まわしい映像が映ったこのテレビから。

「……ッ咎」
「っ奏、終わったら急ぎましょう」

 奏はただ呆然とテレビ画面を見詰めることしかできなかった。体が見ないという選択肢を全て拒否しているのだ。ヨミはショックのあまり目をそらしていた。悲惨な光景をシャットダウンするように。
 画面に映った映像は常人には考えられない異様な光景。キマイラの姿をした咎が、伊野塚を兄と呼ぶ男を一息に喰らったのだ。男の最後の言葉は「あ」。声を言葉にする猶予も与えられず、男は死んだのだ。

『咎……君は本当に美しい。けれどね、美しすぎるのは罪なんだよ。
 君はまるで、昔の私のようなんだ。だから、咎。君はもう眠りなさい』

 優しい伊野塚の口調がその場の空気を包み込む。影像内の咎の心だけでなく、映像を見てる生徒たちの心までも。咎は落ち着きを取り戻し、ぱたりと元の姿に戻り地面に倒れこんだ。その様子を見て伊野塚は安堵しているようにも見えた。
 
『ねぇ、君たち』

 まるで映像を見ている此方に対して話しかける口調で言う。もしかすると、伊野塚は影像を取られていることを、分かっていたのかもしれない。そんな安易な考えが、奏を取り巻いた。そんなことはない、と誰かが言ったとしても、今の奏には届かなかっただろう。
 伊野塚は体を反転させ、警備用カメラへ向かってゆっくり歩を進める。口元に浮かべた歪笑(わいしょう)が、不気味さを際立たせる。

『私はね、影に潜む住人だ。無論表世界に生活はしている。誰かがこの映像を見ているのだとしたら、私は伝えたいことがあるんだ。
 “君の親友が影人かもしれないよ”ってね。
 まぁ、そんな事を信じる子は居ないとは思う。けれどね、直ぐ近くに影人は存在するんだよ。
 それと、特別大サービス。私たちの仲間について、少し教えてあげる。君たちが知ってるは、影人と影人守だけだろう?
 実はね、少し増やしたんだよ。【影獣】と【影由】っていうのをね。【影獣】はさっきのキマイラさ。私たちは咎、と呼んでいるけど』

 クスクス笑いながら、歩を進めながら伊野塚は話を続ける。時折手振りを交えながら話す姿は、不思議としか言いようがなかった。白一色の白衣は、点々と赤く染まっていた。その赤が何をさすのか、言わずもがな生徒たちは分かっていた。一度口を閉じた伊野塚が、また話を続ける。

『私はね、表に住む人間を尊敬している。だから、私は無差別にアビリティ乱用をしない。
 ……そろそろ夜が明けそうだね。迎えも着てしまったから私はこの辺でお暇するよ』

 またいつか会おうねと、友達と約束をするかのように軽い口調で伊野塚は話をやめた。
 一度画面が真っ暗になる。それは一瞬で、また元の影像に切り替わると血塗れた道路は元通りの灰色になり、あの惨劇がなかったことのように成っていた。