複雑・ファジー小説

Re:   殺戮 は  快楽 で ......更新再開。参照感謝! ( No.59 )
日時: 2012/03/10 11:34
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: vQ/ewclL)

第三話 『儚く散る死相と思想』

 
 二人は走っていた。
 全ての時間が終了した事を告げるチャイムが校内を鳴り響いたときに走り出していた。
 HRがあるにも係わらず、隣町の商店街をだ。
 二人が目指しているのは、仕事の前に必ず立ち寄るビルの一角。3階全てを開けた形にし数十人は無理せず入れるほどの広さを作り出している、組織専用のビルに。二人がここまで急ぐ理由は、二人にもあまりよくわかっていなかった。ただ本能が走れと、急げと二人を追い立てていたのだ。

「咎っ」

 バンッ! と大きな音を立て、ビルの扉を開ける。思い切り棚にぶつかった扉のすりガラスに小さく亀裂が入る。けれどそんな事には見向きもせず、開いた窓の下で寝転がる咎の元へと二人は歩いていった。中に居たのは咎だけで、伊野塚や高木などはまだ集合していなかった。

「咎、あなた……人を、食べたの?」

 ヨミと奏を不思議がり首を伸ばした咎と同じ目線になり、ヨミは聞いた。それは回りくどい事を一切省いた、核心の質問だった。ヨミの表情は小さな悲しみと、あの影像が本物だと信じたくはないという気持が滲んでいた。人間であれば、この表情の複雑さに気付く人間は、ほとんどといっていいほどいないだろう。だが、犬である咎——合成獣である咎には、ヨミの考えていることが分かったのだ。同様に、奏の気持も咎には届いていた。

「人、食べ、ない。俺、食べる、害虫。危ない、消す、……役目」

 後味悪そうに言った咎はぷいっとそっぽを向く。二人とも、それからは咎に何も聞かず、伊野塚から渡されていた自分のデスクに荷物を置いたりなどした。十数個ほどあるデスクの上には、それぞれノートパソコンが置かれていた。このノートパソコンも、デスクも、チェアも全て伊野塚の自腹で買い揃えられたものだった。
 伊野塚に『影用の組織本部つくったんだ。きてみる?』と誘われ二人ででこのビルに来たときには、驚いた。当時人数が五人程度しかいなかったのにもかかわらず、デスクの数は十個もあったのだから。

「奏、あの影像どう思う? 私は……どう捉えるべきなのか分からない。
 一番分からないのは、あの男が長である伊野塚さんを『兄さん』と言ってたことなの。ねぇ、奏。貴方はどう考える?」

 チェアに座り、深刻そうな顔でたずねるヨミに、奏はん〜、と宙を見つめながら考える。

「咎は……食べたんだよ、本当にさ。でも、あれだけの死体がどこに消えたのか俺はわかんないかも。伊野塚さんが新しいアビリティを作り上げたんだったら、納得はするけど。
 でも、伊野塚さんの本当の弟だとしたら……って考えたら、ちょっと怖いかなぁ」

 沢山あった死体が消えた。それも疑問のうちの一つだったことを、奏は伝える。確かに、あの道路には沢山の死体、沢山の血が模様をつけていた。もし、影人たちの中の誰かが協力していたのであれば、死体くらいカメラに見つからないように少しずどこか他の場所へ運んでいくくらい容易いこと。
 だが、運ぶとしてもどこに運べばいいのだろうか。また違う疑問が浮上する。近くに運んで放置したのなら、独特の腐敗臭などから直ぐ見つけられるだろう。それに影人が数人協力したくらいで、あそこまで完璧に道路から死体を、血を、消すことは出来ないはずだ。

「あ。おにーちゃんっ!」

 張り詰めていた空気が、高く透き通る声で壊された。ヨミと奏が、その声の方を振り向くと奏の実妹(じつまい)である木月愛(きづき あい)と、愛の子守係の高木新羅(たかぎ しんら)が扉のところで立っていた。
 愛は満面の笑みを浮かべて、奏の元へと走っていく。新羅はひびの入ったすりガラスをまじまじと見て、一言発した。

「これ、誰やったんですか」

 すりガラスを指差しながら奏とヨミに問うたその言葉で、愛へ向けていた慈愛に包まれた二人の笑みが、ピシッと固まった。