複雑・ファジー小説
- Re: 殺戮 は(略ッ) 参照800突破! 読者様、感謝ですっ ( No.88 )
- 日時: 2012/03/29 22:28
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: vQ/ewclL)
- 参照: 本編
「タダ、自分ノ喉ハ治セナイ」
「俺ノ決メタ覚悟ガ、乱レテシマウカラナ」
ヨミが心の中で感じていた疑問を、千万自身が公にする。公にするといっても、きちんと聞いていたのはヨミと零だけだ。
下弦に奏、新羅と愛は思い思いの場所へ行ったきりリビングに帰ってこない。4LDKの室内で迷う場所があるか問われれば、NOと答えられる自信がヨミにはあった。
ふと、テレビを見ていた上弦に視線がいく。ヨミの視線の先に映る上弦を、零と千万も特に表情を作らずに見つめている。
「上弦、さん」
緊張でか、震えた声色で上弦を呼ぶ。上弦は面倒くさそうな表情などせずにヨミに向き直る。
「なんだ」
「私、馬追兄弟が、男の子と女の子に見えたんですけど……両者とも男性、ですよね?」
恐る恐る尋ねるヨミに、三人とも揃って噴出した。大笑いしてたのは、上弦だけだったが、馬追兄弟も口元に微笑を浮かべていた。意を決して尋ねたヨミとしては、ここまで酷く笑われると恥ずかしい気持をすっ飛ばして、少し怒りがわいてくる。
「おまっ、昔から変わんないなっ! 女っぽく見える男だっていんだよ」
腹を抱え、目尻からは笑い泣きの涙が見える。人前で心を開いた上弦を見るのは、二度目だった。今回の一度と、昔パートナーだった頃に一度。
ヨミは不意に、昔のことを思い出した。誰にも心を開かずに、敵だけを作っていっていた頃の上弦を。
*
今から三年前。
伊野塚が能力(アビリティ)を覚醒させた一般市民の一部を、影人として自分の組織へ引き入れた。その中に、中学生だったヨミと高校生だった上弦はいた。伊野塚はそれぞれの能力から、影人と影人守という二つの役職を作った。
その時から、二人は影人と影人守同士になった。
初めての任務が伊野塚から言い渡されたとき、『影人と影人守は、二人で一つだからね』と伊野塚が言っていた。他に引き入れられていた人たちは、ペアを作るのが早かったが、ヨミと上弦はあまり心を開いていなかったため二人だけ残ったのである。
「……三日月、さん。あの、ペア組んでもらっていいですか?」
初めて上弦に話しかけた言葉は、今でも鮮明に覚えている。酷く緊張したのだ。異性に話しかけるということに、人に話しかけるということに。
そのため、ヨミが上弦に話しかけたとき、声は振るえ目線は下に向いていた。それでも、上弦は優しく、
「別に俺は構わない。……そんなに緊張しなくていいぞ。取って食ったりなんかしないし、勇気を持って話しかけてきたのだから、俺はお前を信じてみるつもりだ」
「あ……有り難うございますっ!」
他の影人たちに見せたこともない慈愛に満ちた微笑を、上弦は初めてヨミに向けた。ヨミは上弦が言ったことは、緊張と驚きで、よく頭に入ってきていなかったが、それでもパートナーになることを了承してくれた。ヨミには、それだけで十分だった。