複雑・ファジー小説

Re:  殺戮 は(略ッ) 第六話 ⇒ ヨミと上弦は昔—— ( No.91 )
日時: 2012/04/08 12:42
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: vQ/ewclL)

 上弦とペアを組んでから、一人では解決することも出来なかった謎も、全て上弦が解いてくれた。そのため、二人の任務完遂率は大幅に上がり、他の影人たちよりも群を抜いて強かった。
 何度か、影人たちからの陰湿ないじめや、任務の邪魔をされたりなど、辛い境遇にあった二人だったが、そんな苦労を感じさせずに変わらず任務をこなしていく二人に、伊野塚も幾度となく称賛の言葉を掛けていた。

 ——それから一年後、組織全体で動く大規模な任務が伊野塚から言い渡された。

 影人計四名と影人守計五名プラス伊野塚で、敵である暴力団組合へと乗り込んだのだ。上弦とヨミは、別任務後からの合流だったため、作戦内容は教えられていなかった。伊野塚の考えでは、二人は乗り込む前に帰ってくることになっていたのである。

「……なぁ、山中。どうして俺をパートナーとして選んだ?」

 任務完遂後、血塗れた場所に腰を下ろしながら上弦は言った。「態々、男に声を掛ける女はいないからな。……まぁ、気にしないでくれ」。このとき、ヨミは自分自身でなんと答えたのかは分からなかった。——覚えていなかったのだ。何を答えたのか。
 
「行こうか。伊野塚たちが待ってる」

 重そうに腰をあげ歩き出す上弦の後を、ヨミは懸命に追った。男と女、ましてや中学生と高校生では歩幅の広さは違った。普通の速度で歩いてる上弦には、小走りでないと追い付くことが出来なかった。]
 颯爽と、上弦とヨミは夜を駆ける。民家の屋根を、店のトタンを、アーケードを、電柱を。漆黒に塗られた先の尖った革靴の音は一つもならず、満天の星空と綺麗な三日月に照らされ、独特の光沢を見せ付けていた。
 この状態で、上弦が漆黒のスーツを着ていれば誰しもが惚れたのだろう。自分よりも遥かに大きな背中を追いかけながら、ヨミは上弦の、あの大きな背中のぬくもりを感じていたい。自分達の立場が逆だったなら……。叶わない夢を、心の中で膨らませていた。

「着いたぞ」

 ふわり。
 上弦は強く民家の屋根を蹴る。
 木から舞い落ちる木の葉や花びらのように、美しかった。
 一瞬の静寂を、ヨミは分単位で感じていた。
 ヨミを解き放ったのは、起伏が一つも無い綺麗なコンクリートに革靴がぶつかった高い音だった。慌ててヨミも、上弦に習って地上へと下りる。この時だけ、ヨミは革靴でいることを恨んだ。地面が堅ければ、靴底も堅いのだ。
 鈍い痛みが、足の裏に走る。だが、弱音を吐いたりすること無く、廃ビルへ吸い込まれていった上弦を、追いかけた。