複雑・ファジー小説
- Re: 殺戮 は(略ッ) 第六話 ⇒ ヨミと上弦は昔—— ( No.92 )
- 日時: 2012/05/26 12:49
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: /b8.z0qR)
- 参照: 久々に更新
「……これって、どういうこと……?」
灰色の冷たいコンクリートで出来ていたはずの廃ビルは、なぜか大量の赤で彩られていた。その真ん中には、いまだ血を流し続ける伊野塚の姿。ボスである伊野塚が、末期を迎えようとしていたのだ。
「伊野塚さんっ!」
「ボスッ!!」
二人同時に、伊野塚に駆け寄る。腹部を貫通させられているらしく、胃の下あたりの肉が、なくなっていた。そこから、とめどなく血があふれる。
「三日月さん! どうしたら……」
血の気が引いていくのが自分でもわかる。脳に血が回らず、この状況の打開策を見つけ出すことが不可能になっていく。どうしたらボスが助かるのか、皆目見当もつかない状況へと変わっていた。
伊野塚の傷を確認しながら、三日月はあたりをキョロキョロ見回し始める。この場所に、自分たち三人のほかに、人がいないかどうかを確かめているようであった。
三日月は、二階に続く階段で視線をとめると、
「……お前たちか? 伊野塚さんを、やったのは」
強い口調で、そういった。ここに着く前までの、やさしい眼差しは消え去り酷く冷酷な、猟師が獲物を狙うときのような冷たい視線だけが、そこにあった。
不覚にも、背筋に寒気が走る。自分に上弦が危害を加えないことを知っていても、怖い。冷や汗が、背中のくぼみを伝い、流れ落ちる。ヨミが感じた恐怖を、隠れている何者かも感じ取ったのか、空気が張り詰めた感覚がする。
「出てこならば、俺から行くぞ」
どすの利いた、低い声。数秒たって、鉄の階段から、カツンと音が鳴る。単数の音かと思ったら、それは複数で。最初の一人の顔が確認できると、ヨミは息を飲み込んだ。
現れたのは、同じ影人の仲間たちであったからである。
「え……? どうして、あなたたちが……」
こんなことをしたの? そう言おうとした所で、激昂した一人の少女が怒りがこもった口調で叫ぶように言う。
「どうして? じゃないでしょうよ! いつもいつも、お前たち二人ばかりボスに贔屓されて、私たちがどれだけ肩身の狭い思いしてると思ってんだ!!
いつもいつも、お前たちのところにばかり仕事がいって、ボスは私たちのところには仕事を回さない!
私たちだって、お前たちと同じくらいの力量は持ってるんだ! それをボスに知らしめたかっただけだよ!! だから、私たちはボスを襲ったんだ!」
少女はいい終わってから、浅く短い息を繰り返し、再度大きく口を開く。
「ボスとか言うから、どれくらいの力量だと思ったら、私たちよりも弱かったよ! 私たちがボスをしたほうが良いって思うくらい、弱かったさ!!
お前たちが、従順に従っていたボスは弱かったんだぞ! っ!!」
言い終わる瞬間、少女は何かに物怖じしたように、息をのみ目を見開いた。ほかの影人や影人守の表情も、なぜか驚きで支配されていた。ヨミも上弦も、その表情を見て不思議そうにする。
不意に、足の上が動く感覚がして下を見る。つらそうに息をしていた伊野塚が、ゆっくりと上体を起こそうとしていたのだ。口元に、薄い笑いを浮かべながら。
「——やっほう。裏切り者の……みんな……?」
ヨミと上弦の肩に、がっしりと力をこめてしがみ付きながら伊野塚は立ち上がり、影人たちを見る。それは辛そうではあったが、いつもみんなに向ける笑顔であった。
その表情に、彼らは怯む。死んだと思っていたのだ。彼らは、伊野塚が死んだと。
「……僕はさぁ、まだ、死ねないんだ。だから、代わりに君らが死んでよ」
苦し紛れにそういうと、伊野塚は左手を上空に手を上げ始めた。