複雑・ファジー小説
- Re: 殺戮 は 快楽 で ... 保留解禁! ( No.95 )
- 日時: 2012/06/02 09:28
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: YjkuwNYn)
- 参照: 保留解禁
治癒加護」
小さな声で、確かに言った。遠くの裏切り者たちには聞こえない、小さな声で。その瞬間から、開いていた腹の穴が徐々に、徐々に小さくなっていく。最終的にはふさがったその穴を見て、裏切り者たちは驚愕の表情を浮かべる。
それを見て、うっすらと笑う伊野塚の表情はヨミを十分に怖気づかせた。
「……んで、なんでだよ!」
「なんで、の答えはもう出てるんでしょう?」
切羽詰ったような表情の彼らは、伊野塚の冷静な言葉で沈黙する。表情は変えないまま、空気だけが伊野塚のペースにのまれていく。伊野塚は彼らの表情に満足しているのかどうかわからないが、笑顔のまま続ける。
「今、私が使った能力はね。治癒加護(アイゼン・メイデン)って言うんだ。動物の死、以外すべてを治してくれる魔法の能力。
これほしさに、私を狙う人もいるんだけど、君たちは少し違うようだね。……私の座が、ほしいのかな?」
にこっと笑い、言う。身にまとうオーラもすべてが笑っていた。それを見て、彼らは背筋が寒くなるを感じた。その中にはヨミや上弦も含まれていた、後ろから見た伊野塚の背中に大きな影を見た気がしていた。
怖い。
誰もが、この瞬間そう思っていたことだろう。
「君たちにだけ、いいことを教えておいてあげる。君たちの能力は一生涯使うことが出来る。その発動条件さえ、守ることが出来れば。
けれど、私の能力は違う。リミットが、特別に設けられているんだ。最高でも、15年。短ければ、二ヶ月しか使うことが出来ないものがある。
それを知ったら、誰も僕の能力は要らないというんだ。同じように、僕の存在意義すらを否定することもある。でも、よく考えてもみなよ。能力は、この時世、誰もが持っているんだよ? それも、一生。
僕以外一人の取りこぼしもなく、一生涯が能力によって支えられている。どういうことか、わかるかい? 上弦くん」
笑顔のまま、後方にいる上弦を見て問いかける。急な問いに、上弦は焦った表情を見せる、がすぐにポーカーフェイスを作る。上弦が目を向けていたのは、伊野塚ではなく裏切り者たちだった。
「……俺の主観ですから違うかもしれないです。
俺が思うに、一生涯保障されているぶん俺たちは驕れているだけ。そして、溺れる。だからこそ、彼らは伊野塚さんの息の根を止めることができなかった。
っていうことかな、と」
申し訳程度の口調と声のトーンを使い、彼らを見る。嫌われ者に見られるのだけは、許せないのだろう。彼らは、ギッと上弦をにらみつける。それでも上弦は動じない。
さすがだ、とヨミは心底思った。やはり、この人はすごいんだと。自分では理解するのも危ぶまれた内容を、問われ、答えることが出来るのだ。
上弦の答えに、伊野塚も満足したに頷く。
「君たち、意味は分かった?」
真顔に戻り、彼らを伊野塚もにらみつける。
「一生涯同じ能力を使えるとしたら、危ないでしょう。ある人が、人を一瞬で殺せる能力を持っていた。末路は、わかるだろ? 君たちも、バカじゃないんだから。
そんな能力を持った人は、一生つかまらない。つかまったとしても、警官たちを殺してしまえばいい。それを一生、死ぬまで繰り返すのさ。
……だからだよ。君たちが、能力で私を殺すことが出来ないのは」
どこか寂しそうな表情を、伊野塚は向ける。その瞳に含まれているのは、深い深い悲しみだった。それから、伊野塚は再度口を開く。