複雑・ファジー小説

Re: 魔術と人造人間の一日。 ( No.3 )
日時: 2012/03/12 12:10
名前: 刹那 ◆V48onzVAa6 (ID: vWRv9TUU)

§零話(2)§

『〈ProjectⅠ〉15体脱走しました』
『何?』
吹雪の中。黒い無機質な塔に、カツカツと大きな速めの足音が響く。
『脱走経路は』
『未だ未確認』
 そう冷静に状況を伝えようとしている声にも、いくらか焦りがあるように見える。
 脱走した彼等がどうなっているか。
 それは、目蓋を閉じるだけで容易に想像できた。

§

何メートルもの雪が降り積もる雪原の中走りゆく人々がいた。
その人々の瞳は、血に塗れたように揃って紅く。
『殺ス……殺ス殺ス……』
ぽつぽつと唇から紡がれる言葉は余りにも物騒で、身も毛もよだつよう。
 そして、人家を見つけると、しばらく考え込んだ後、にたありと歪んだ笑みを口元に浮かべて。
『人……殺ス』
 人々は、一瞬にしてその場から消えた。
 否。移動したのだ。
 50メートル近く離れた距離を、一瞬で。
『まずいな……アレが世に知られることは』
ギリ、と爪を噛む音は、悔しさを帯びていた。
 祈るように瞳が伏せられる。
 だが、ふと口元に企んだような笑みが浮かぶ。
『いや……あれを実験体にして、国を襲うこともおもしかろう』
 未だ参戦してこない、百年前は猛威を奮っていた日和見を貫くあの国を。
『……おい』
『はい』
 声に、誰かが応答する。
『おまえに頼みがある……』

世界最北の大陸であるの白雪に隠された鉄壁の要塞は今、静かに崩れ始めていた。

§

「あーあ……また戦争かよ……大人共懲りねーなー」
 七月三日。
澄み渡るように青い、ソーダアイス色の空。
科学魔術の第一人者を担う、京浜地区のとあるエリアに佇むアニメなどによくありがちな悪の組織が住居としているビルのように無駄に高いガラス張りタワーの30階にある自宅にて、液晶パネル(勉強道具)をいじりながら裕貴は大きな溜息をついた。
パネルには『米及び欧連合軍対、ロシア及び旧ソ連連合軍、山脈麓の峠にて交戦状態』と簡潔に出来事が記されていた。
「ちょっとー!!裕貴!!」
すると、部屋の一角からバタバタと怒りを含んだ声が聞こえた。
 裕貴にはその声の主が誰か分かっていた。やれやれと肩を竦め、リビングへ入ってくる先程叫んだ人物を見やった。
「ンだよ、姉貴」
まるで数十年振りに因縁ある相手と再会した時のように裕貴の一歳上の姉、速水(はやみ)は裕貴を睨みつけてきた。
 淡い茶色をしたシャギーの入ったロングヘアの前髪をパステルカラーのピンで止め、裕貴らが通う奈木高等学院のブレザーに髪と同じ茶色とピンクのチェックのネクタイがはえる女子制服に身を包んだ速水は、凄まじい剣幕で裕貴に怒る。
「ンだよ、じゃないわよ!!何で起こしてくんなかったのこの馬鹿ボケ茄子糞ったれ!!あんたなんて爆薬無限連射ミサイルに撃たれて死ねばいいのよ!!」
ハッ、と速水の言葉に気付いて裕貴がパネルの隅でちまちまと刻まれている時刻を見やると。
7時55分。

「嘘だろぉぉぉぉぉぉ!?」
無慈悲にも時は、速水と裕貴に遅刻を知らせていた。