複雑・ファジー小説
- Re: n Date ( No.1 )
- 日時: 2012/02/11 15:02
- 名前: 呉羽 ◆W7N5Wyg6G2 (ID: bJXJ0uEo)
- 参照: 耽美で甘美な——
第一章
第一話『始まりの日』
ピピピピッ、ピピピピッ。
午前七時丁度に設定されていた目覚まし時計が狭い室内に響き渡る。ベッドヘッドに置いてある目覚まし時計の在り来たりな電子音が何時もと変わらない日常が来たことを伝える。そんな気持ちを胸に抱きながら少年は目覚まし時計のスイッチを押す。ピピピピ、と鳴っていた電子音は当たり前のように止まった。ふかふかの布団の端から這い出た少年の名は、新 幸樹(しん こうき)。彼の両親は、つい先週亡くなったばかりだった。死因は、日本軍陸上隊による射殺。n Dateを保持する危険人物“だから”両親は殺された。彼は両親の葬儀を終えたのは昨日のこと。肉や皮がきちんと付いていた両親が、骨だけの姿になり天に召されたのも昨日の事だった。葬儀場で親戚や、両親の同僚たちからは耳にたこが出来るほど「可哀想」とか「大丈夫かい?」とか言われていたが、誰一人として彼を引き取るという話を持ち出した人はいなかった。理由は、この時代ならば小学生でも分かる単純なものだった。それは、彼の両親がn Date保持者だったから。そのため、皮肉にも新幸樹という人間も望まずして人々から忌み嫌われる存在にあった。
「母さん、父さんお早う。父さんたちが守ってた“力”はちゃんと肌身離さず持っているよ。
でもね、僕は機械音痴なんだ。二人とも知ってるでしょ? だから……辛いけど、n Date保持者の僕を怖がらない人がいないと僕はn Dateを守りきれないかもしれないんだ。
n Dateが守りきれなくなるようなとき、僕はn Dateの力を解放して、無理って言われてるその力を従えるからね」
彼は自分の寝室を出て直ぐのリビングに置いてある両親の仏壇に合掌しながら心に残る不安な事を全て両親に伝えてる。彼にとって両親は、最高の鏡だった。そのため両親がいた形跡がこの家から消えるのを心底嫌い、親戚が寄越した廃品回収業者が家に乗り込んできたとき彼は業者の人に家庭用包丁をも突きつけ、無理やりに家から追い払った事があった。その件があったからか、それから一切親戚との関わりがなくなった。
「それじゃ、ご飯作るから待っててねっ!」
元気良く彼は立ち上がりキッチンへと向かう。朝ご飯を作る、といっても彼は料理経験が一度も無い。彼の母親が毎日作ってくれていたのだ。母親が料理を作っているとき、彼はずっと部屋で勉強をしていた。学校の勉強ではない。n Dateが何時、何処で、誰に、何の目的で作られたのかを図書館で借りた莫大な本を一冊一冊読み漁っていた。n Date保持者であった両親は、保持者であるが故に息子の勉強の邪魔は一切としてしなかった。それが、彼のためになるかも知れないと踏んでいたのだろう。そして、いつか自分たちが息子を残して死んでゆく事を悟っていたのかもしれない。
——ピンポーン
目玉焼きを作っていた幸樹は、久々に聴いた懐かしいインターフォンの音に首をかしげた。日曜日の早朝に、家を訪ねてくるような無粋な輩はいないものだと思っていたからだった。もし自分がn Date保持者と知っている人物だったら……。幼い彼の心を恐怖心と警戒心が支配した。
——ピンポーン
「は、はーい!」
パタパタとまるでドラマに出てくる主婦のようにスリッパの音を短い廊下に響かせながら玄関へと向かう。玄関の前でスリッパを脱ぎ、外靴には着替える時にパジャマのズボンのポケットにn Dateが入っていることを確認する。彼にとってn Dateは危険物でもあり頼れる物でもあったのだ。
「どちら、さまですか?」
ギィ、とチェーンロックが付いた扉を精一杯の力でギリギリまで開ける。扉は鉄で出来ていて精一杯扉を押していたため、彼には上を見ることが出来ず訪問者の足元しか見ることが出来なかった。
「こーき。俺のこと、忘れちゃった?」
頭上から降ってきた懐かしくて温かい声に幸樹はハッとして一度扉を閉めた。訪問者には、もう一度扉を開ける事が分かっていた。そしてまたギィと音を立て開いた鉄の扉の奥から幸樹が出てきた。
「雄大お兄ちゃん!」
扉を開け放したまま雄大という名前の青年の足に抱き付く。雄大も、幸樹の事を少し腰を曲げながら優しく抱きしめる。そのとき視界に入った、倒れた小さな靴箱がチェーンロックを開ける事の大変さを物語っていた。
「いいか、幸樹。今から大事な話をするから、よーくお兄ちゃんの言うこと聞くんだぞ?」
幸樹は元気いっぱいに「うん!」と大きな返事をする。その幸樹の嬉しさを隠しきれないで表情に出てきている笑みに、同じように笑みを見せながら雄大は口を開く。
「お兄ちゃんは、今日から幸樹と一緒に暮らします!」
それを聞いた瞬間、幸樹の表情がパアッと明るくなる。その心底幸せそうな顔は雄大が最期に見た、まだ両親が生きていた時の家族団欒の時間でしか見たことが無い表情だった。