複雑・ファジー小説

Re: また明日. ( No.20 )
日時: 2012/03/06 22:09
名前: coco*. (ID: /u41yojS)

第十七話【十字架】


「何やってんの? もしかして、陽斗の好きな人って、飯室なの?」
「……」

先輩は彼女から唇を離し、うつむいた。
彼女も、陽斗と同じように黙ってうつむいた。

「……そうなの? 陽斗、そいつやめなよ。そいつね、クラスみんなに嫌われてるんだよ。いじめられてるんだよ」
「……は?」
「は、遥さん!」

先輩は、頭を上げて、一回彼女を見てから、遥の方を見直した。

「は?! いじめ、られてたって……?」
「あれ? 聞いてないの? 無視されてたんだよ? 前からー」

前のめりになって、先輩は、遥の話に見入る。
(……先輩に、バレた。きられるかな……、いじめられてるなんてっ……!)
思わず、彼女は泣きそうになる。

先輩は彼女の方を振り返って、彼女の方にずかずかと歩いてきた。
(えっ?)

「旭!! お前、なんで言わなかったんだよ。俺、なんにも知らずに……」
「だ、って……きら、われるかと思ったから……」

それが彼女の本心だった。

いつも、思っていたんだ、彼女は。
いじめられてるって知ったら、先輩は引くだろう。
自分を嫌いになってしまうだろう。
もう二度と会ってくれなくなるだろう。
心のどこかで、そう決め付けていた。

すると先輩は、涙目の彼女の肩を揺さぶった。

「ばか! 嫌うわけねぇだろ?! 俺は、旭が好きなんだよ!」
「……っ」

ふいに、先輩は彼女の震える肩を抱きしめた。
思わぬ展開に、先輩と彼女意外は悲鳴を上げる。
もちろん、彼女自身もびっくりしていたが、すぐに涙をいっぱいためて、泣き出した。

「ちょ、ちょっと遥?!」

遥は、抱きしめあっている二人に、何も言わずに近づいた。

「飯室……ッ!」

先輩の腕で泣いている彼女を、遥は自分の方を向かせた。

「ちょ、は、遥! 何やってんの?!」

いきなり、遥は彼女の首をつかみしめ始めた。
先輩は驚きのあまり、何も言えず息を飲み込んだ。

「……ぅは、遥さ」
「うるさい! なんで飯室なの……? あたしが、あたしがずっと片想いしてきたのにっ……、なんで、飯室なの……?」
「遥! やめろ!」

彼女は、遥が目に涙を浮かべているのに気づいた。
ああ……遥は本当に……。
自分は、本当に盗(ト)ってしまったんだ。遥の一番大事な人を。

「……め、なさ……ごめ……」

ふいに、手からスルリと首が抜ける。
よほどしめる力が強かったのか、彼女は地面に倒れた。

「遥! お前……何やってんだよ?!」
「っるさい! なんでうちが悪いことしたみたいになってんの!! 悪いのは、飯室じゃん!」

彼女はピクピクと痙攣(ケイレン)したまま、立ち上がれない。
そんな彼女を見て、先輩はさらに歯を食いしばった。

彼女の事でムキになる先輩を見て、遥はさらに腹が立った。

「……こんなやつ」

ぽつりとつぶやく。

一粒、遥の黒くにごった瞳に、涙が流れた。

乱闘はおさまったかと思うと、遥は仲間に「あれ貸して」と手を出した。
仲間はあわてて遥に"あれ"を差し出すと、勢い良く彼女に振りかざした。

「あ……——!」

先輩は止めにはいる。

"あれ"とは、金属バットだったのだ。

彼女は痙攣したままで、気づいていなかった。


**


ガンッ……!

重い音と、そこに倒れているのは……



「……え……」

遥は放心したように、その場に立ち尽くした。

「陽斗……」

頭から、ドクドクと血が流れる。
先輩は歯を食いしばり、痛みをこらえている。

「……ってぇ……」
「陽斗!! 陽斗!! ごめんね!!」

遥は涙をボロボロをこぼしながら、謝った。
遥の仲間は、半分以上が恐怖を感じて逃げ出していた。

「謝んなよー……。遥、泣き虫だなあ……」

先輩は、遥の頬に手を触れた。

その途端、先輩の目は、完全に閉じてしまった。

「はると……?」

ヒックヒックと涙を抑えながら、子供みたいに先輩の名前を呼ぶ。

「やだ……陽斗……っ飯室! 起きて! 陽斗がっ……」

遥はパニックになった。
遥の親友が一人残っていて、携帯で救急車を呼んだ。

「遥、落ち着いて。陽斗先輩助かるから、ね」
「うちのせいだ……うちの……」

救急車の中に乗って病院に着くまで、遥はずっとそう言っていた。
病院に着くと、二人は同じ病室になった。
彼女が目を覚ました時、先輩は彼女よりひどい状況だった。

退院したのは、彼女が先だった。
けれど、彼女は毎日先輩のお見舞いに行った。

「陽斗、大丈夫?」
「あーうん。今日は体調いいよ」
「じゃ、毎日体調いいじゃん」

あはは、と笑いあう。

「遥さんは、来るんですか?」
「ん、いーや? もう来ないよー、最初は来てたけど!」

にかっと先輩は笑う。

他愛もない話をして、家へ帰る。

「ただいま」

家へ帰ると、彼女の母と父が、机へ座っていた。

「? どうしたの? 二人そろってるなんて」

ふふふ、と彼女は微笑む。
だが、すぐに二人は深刻な顔をしているのだと気づいた。

「あのね……旭、また転校しなくちゃいけないの」
「へっ?」
「学校に慣れてきたばかりでかわいそうなのだが……また、お父さんの仕事の都合で、中学の時通っていた、静岡に帰る事になったんだ」


——また、転校……。



——先輩と、離れるの……?