複雑・ファジー小説
- Re: また明日. ( No.21 )
- 日時: 2012/03/07 22:39
- 名前: coco*. (ID: /u41yojS)
第十八話【遥】
転校……。
先輩と、このまま離れるの?
"あたしだけここに残りたい"。
でも、そんなのワガママだよね。
「……いつ?」
「——……ずっと言おうと思ってたのだけど……。明後日なの。学校の手続きはもう終わってるわ」
ふいっと彼女の母は顔を背ける。
彼女の瞳に、思わず涙が潤む。
(明後日? そんなの早すぎる)
「なんで、もっと早く言ってくれなかったの?」
「だって、嫌がると思ったもの。何か最近はいつも笑っているから……」
はぁ、と母はため息をついた。
(ため息をつきたいのは、こっちの方)
こぶしを、ぎゅっと握る。
「これからは、学校帰り、遅くならないでほしいんだけど」
「……」
彼女は黙ったままだった。
母は、そんな彼女にすがるような目つきだ。
困った彼女は、
「……分かった」
こう答えるしかなかった。
自分の部屋で、ベッドに寝転びながら彼女は考えていた。
先輩に、何でもして伝えなければ。
お見舞いに、いけない事。
明後日には、東京(ココ)を離れること。
——と言っても、二人はメールアドレスも、電話番号も何も知らない。
(どうしよう)
彼女は自分の手のひらを、額にくっつけて悩んだ。
**
「——という事で、飯室さんは明日にはこの学校をさよならします」
彼女は教壇の前に立っていた。
先生は、軽く目を合わせて「挨拶を」と言っているように見えた。
「……短い時間でしたが、ありがとうございました」
小さな声で、かすれるような声で言った後、少しだけ笑顔を作った。
「えっ?」
教室の声がひとつになる。
隣にいる先生までもが、口に手を当てて驚いている。
(? 何驚いてるの……?)
彼女は少しだけ首の角度をかたむけると、前の席のヒソヒソ声が聞こえた。
「ねえ、飯室ってあんなに可愛かったっけ?」
「さあ。あんだけ可愛かったら、うちのグループいれたのに」
(可愛い?)
クラスメイト達が言っていることの意味が、彼女にはよく理解できなかった。
そのまま、何事もなかったかのように彼女は席についた。
**
つまらない授業が終わり、帰り道。
はぁ、と一人ため息をつく。
先輩の事、どうしようか。
どうやって伝えようか。自分はもういけないのだから。
地面に転がっている小石をじゃり、と少し蹴る。小石は大きくカーブして池の中に入ってしまった。
「あ、旭ちゃん」
「?」
"旭ちゃん"?
そんな名前で呼ばれている覚えはないが……。
彼女は振り返って息を吸い込んだ。
「は、遥さん」
「遥でいいよ。あのね、旭ちゃんもう病院へ行けないでしょ。準備とかで」
「あ、ああ、はい」
動揺しているのが、まる分かりだ。
(でも、これでも隠してるつもりよ)
「でね、うちが陽斗に伝えてあげる。ちょうど、あまり病院に行ってなかったの。怖くって」
「え、そうなの?」
「だから、ついでに謝ろうと思うんだ。もう一回」
ぎこちない笑顔だったが、遥は確かに彼女に向けて笑顔を作った。
それが、彼女にとって何故かすごく嬉しくて、頬が赤くなった。
「そう、じゃ、頼んでいいかな」
「うん」
お互いに、微笑み合う。
「この前いた、お友達は?」と聞こうとしたけど、空気が悪くなるのは少し怖いので、やめておいた。
あたりには、ランドセルをしょった子供達が、追いかけっこをしながら走っていく。
「あたしね、陽斗の事好きでいるよ」
「えっ?」
「ううん、彼女は旭でいいと思うよ。好きでいるだけ」
遥は、今度は彼女の事を呼び捨てにして呼んだ。
「……けどね、うちねぇ。陽斗の事が、世界で一番好き」
空を見上げて、遥は言った。彼女は、空を見上げるフリをして、本当は涙を隠していることを、知っていた。
「あたしは……あたしも、陽斗の事が、誰よりも、一番好きかな」
彼女は真っ直ぐに前を見てから言った。
「やっぱり?」と笑いながら遥が彼女を見る。
「なんか、うち等、趣味似てるよね」
「うん」
その後、さんざんガールズトークをし終えた彼女達は、急いで家に帰った。
「じゃあ、あたしの家ここだから」
「あ、そうなの? じゃ、ばいばい」
彼女の家が先だったので、彼女は玄関のカギを開けながら手を振った。
「あ! ねえ、旭!」
「? なーに?」
カギを開け、中に入ろうとした瞬間。
「うち、もっと前に旭と仲良くしとけばよかったなぁ」
「……え」
くやしそうに、遥が微笑んだ。
彼女は嬉しくて、くやしそうにする遥を見て、もっと微笑んだ。
「あたしもだよ!」
それを聞いた遥は、頬を赤らめて、ばいばいと手を振った。