複雑・ファジー小説
- 『春と未来』 ( No.1 )
- 日時: 2012/02/20 18:15
- 名前: Lithics (ID: 0T6O.YfN)
『春と未来』
——見上げたソラは蒼く澄んで、太陽は燦と微笑んでいた。校舎の屋上を吹く春一番、強い風が僕らのコートを奪おうとする前に。そんな無粋な覆いはとっくに脱ぎ捨てて、俺らはいつもの学ランで集まる。隣で呆と空を眺める相棒、健太(けんた)をよそに。俺は立っているだけで、溢れる解放感に身震いがするようだった。
「うっし……準備いいか、健太?」
「もち。ふっふ、一度で良いからさ、やってみたかったんだよなぁ〜! こういう青春っぽいの?」
「は、馬鹿言え。一度も何も、今しか出来ないだろうが。ほら、行くぞ…せーーのっ!」
「あ、待てよ優斗! 僕も……せーーの!」
——思い切り、右腕を振りかぶって。その手に持つ黒い筒を握り締める。
「「卒業——!」」
——目標は、あの太陽……昼過ぎの斜め60度。一拍遅れた相棒も、同じような構えで。
「「万歳 ——!!」」
——眩しい空を、二本の卒業証書が交差する。それが太陽と重なって、重力に逆らって留まる一瞬……目を細めながら見た、その光景を。俺はきっと、一生忘れないだろう。
……俺は、の話だが。卒業ってのは『別れ』そのものだと思う。新たな門出だとか、終わりでは無く始まりだ〜、なんて良く言うが。それは卒業とは無関係の未来の話だろう。今までの人間関係・環境を清算する意味で、そこには『新しい』という要素は皆無だ。
「うわ、やべッ……下まで落ちた?」
「あはははっ! 優斗、気合い入れすぎ!」
「うるせぇ。良いんだよ、捨てる気だったんだから」
「いや、マズイだろ。中に名前書いてあるんだから、誰のか分かるんだぞ?」
だから、せいぜい泣いて。いつもより笑って。ベタな青春ごっこもして……いっそ、最高に思い出に残るイベントにしてやろうと思った。そして、多分もう成功したも同然。だって、こんな最後になってまで……俺の高校生活は、文句なしに『楽しい』と言えるのだから。
「じゃあ、お前のも落としちまえ! ほらほらほら……!」
「なにッ !? いや、僕は家に持って帰る……あぁ! ちょっと返せってば!」
「遅い……!せーーのっ!」
——だから、やっと割り切れる。『卒業』、その先に『未来』が在るんだ。
「卒業、万歳 !!」
(了)Lithics作