複雑・ファジー小説

Re: 言霊〜短編集〜 ( No.11 )
日時: 2012/02/21 17:43
名前: あんず (ID: S86U/ykR)


『花の色は』


「...花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまにー。」
「すげぇぇ!」

一斉に拍手が巻き起こった。

「さすが委員長」
「百人一首一気に全部暗唱なんて常人にはなかなかできないよ!」
「....そりゃどうも」

失礼ね。まるで私が普通じゃないみたいな言い方。

あんた達がおかしいのよ。
一夜漬けくらいしたら誰だって覚えられるに決まってるじゃない。
教師も明日暗唱のテストだって言ってたわけだし、できて当然なんだから。

私は冷たく一瞥を残し静かに教室を立ち去った。



◇◆




その噂を聞いたのは今日の昼休みがもうすぐ終わる時のこと

「委員長って何かムカつかない?」
「だよねー!クールぶっちゃってさ!」
「でもそういうやつこそ影で男に色目使ったりしてるんだよ〜」
「分かる〜!」





◆◇





放課後の屋上は風が涼しい。

別に悲しくなんてなかった。
悔しくもなかった。

言ってやったわよ。

「全部聞こえてたよ。影でコソコソみっともない....
あと皆さんの期待に応えられなくて申し訳ないんだけど生憎私は男になんて興味ないよ。」

クラスの女子共のビックリした顔、面白かったなぁ。
嫌われたってなんとも思わない。
私は全然辛くない。


はずなのに。




何故こんなにも胸が痛むのだろうかー。



人から拒絶され慣れていないせいかどうやらショックが大きかったようだ。
良くない噂が流れているのは知っていた。でもここまで酷いとは思っていなかった。

「私は..........泣いてなんかないぞ...............!」

頬をこすり立ち上がる。

その時だったー。





「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」

「!?」



鈴を転がすような声。
誰だ........

「委員長?」
「うわぁっ!」


驚いてつい大声を出してしまった。

振り向くとそこにいたのは一人の男子。


「委員長もそんな声出すんだね〜」
「...飛島.....くん........?」

白い肌に大きな目。爽やかな短髪。
お調子者の男子のグループにいて、私とは全く縁がないタイプである。

「なんでこんなところに.......」

「委員長に会うためだよ」

「え.....」

「だって君、いつもここにいるじゃん。放課後サッカーしてるとよく見える。」


しまった。誰にも気づかれていないと思っていた自分が恥ずかしい。
一人だと思っていたから...大声で...........


「それで百人一首練習してたよね」

「.........」

「毎日毎日、僕すごいなーと思ったよ」

言葉がうまく出てこない。

私は百人一首が好きだ。
こんな趣味持ってるなんて分かったらますます敬遠されてしまうじゃない。
しかもこんな奴にばれたら...

「何恥ずかしがってるんだよ...百人一首好きなの、良いことじゃん」

「!!」

「意外と僕も好きだしね、っていうか馬鹿にされると思ってた?」

コクリと頷くと彼はカラカラと笑った。
可愛い笑顔だなー。


「あ、葉桜」
「危ないよ!」

突然立ち上がり緑色のフェンスから身を乗り出す彼を追いかける。

「早く委員長もおいでよ!」
「え...でも......規則では......」

「いいから早くっ!」


腕を引っ張られる。

握られたところが
熱かった。




「うわぁ.......綺麗........」

「でしょー!」




風に揺らされた木々が一斉に葉を落とす。
五月の終わり。
桜の最後。

葉桜。





「青春って感じだね〜」

「確かに....」

そっとつぶやく。
まだ春の終わりの北風は少し冷たかったけれど。

あったかいよ。


「委員長、やっと笑った!」
「えっ?」
「さっきからずっと無表情でさ、でも笑うとすごい可愛いじゃん!」


沈黙するしかなかった。
どう反応していいかわからない。
なんでこのシュチュエーションであんなセリフを...


「...好きな子とこんな綺麗な葉桜見れるなんて、すごい青春だな〜」

「....................!?」

「あっ今のは忘れて!」


何だかよくわからない一日だった。
褒められて、嫌われて、
葉桜を二人で見たりして....

  小野小町(9番) 『古今集』春・113
花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

時は移ろい世は流れても、私はこの景色を一生忘れない気がするな。
あと、今日初めて芽生えたこの感情も。


「寒くなってきたしそろそろ帰ろっか」
「...うん」

彼が微笑んだ。


今日は五月三十一日。

もうすぐ夏がやってくるー。







ーfinー
あんず