複雑・ファジー小説
- To be continued!! ( No.22 )
- 日時: 2012/02/25 18:45
- 名前: Lithics (ID: w1UoqX1L)
『To be continued !!』
——酷く、暑い日だった。響く大歓声、応援歌と拍手の渦。バッターボックスに立った瞬間、弾けるように鳴り出した自分の心臓。無駄だと分かっていながら、その鼓動を抑え込んで。真白な太陽を直視しないよう気を付けつつ、一瞬だけ空に意識を逃がした。
(四面楚歌、というのは不謹慎だろうけどさ。そんな感じだよな……)
夏の高校野球、しかも県大会決勝。9回裏、スコアボードは2対1。つまる所、俺らは負けていて、最後の攻撃でサヨナラ逆転を目指したが……早、二死・走者二塁。そんなトンでもない状況で、俺に打席が回ってきてしまった。因みに打順は9番。ベンチで監督が苦笑いをしているが、どうも代打を寄こす気は無いようだ。サインは『頑張れ』……くたばれジジイ。
「ああ、もう! 南無三、どうとでも成りやがれ…… !!」
格好悪いと思うが、叫びでもしないと震えが止まらない。後ろで相手校のキャッチャーが嗤っているのを感じても、振り返りはしなかった。この捕手は知っているのだろう……俺が9番である理由、つまり公式戦でヒットを打った事のない弱打者である事を。
(それでも、打つ……絶対に、打つ!)
守備に定評はある。足も県下では一番だろう。だけど、どうしてもヒットが打てない。『それは、必要に迫られていないからだ』と、監督のジジイは珂々と笑ったけれど。ならば、俺の青春の全てを賭けて誓おう——今こそ、その必要な時だと。
(見てろよ、俺が『スラッガー』だ!)
ヘルムを被り直し、バットを長めに構える。不思議に落ち付いた鼓動が頼もしく、なんだか根拠の無い自信に包まれる。不敵に笑えと言われると困るが、マウンドで汗を拭う投手に共感するくらいの余裕はあった。嗚呼、この球場は暑くて眩しい……俺達の夏そのものだ。まだ、このままでは終われない最後の夏——
……そして、その時が来た。相手の投球フォームは流麗で、白球は弾丸のようなストレート。俺はと言えば、洗練もされず技巧もないスイングを……唯、無心で振り抜いた。
「らぁああああああ!」
——カキンと、鼓膜を打つ甲高い金属音がして。それ以外は、声援もブラスバンドも、アナウンスもコーラーの声も。全ての音が消えたような奇妙な感覚と、ビリビリと痺れる手首。仰いだ空には、太陽を穿つように浮かぶ白球の影が在った。
「え……?」
そう呟いたのは、俺だけでは無かっただろう。いや、あのジジイならしたり顔で頷いてたりするのかも知れないが。そんな考えは、爆発したような大歓声と。身体が反射的に走り出した事で掻き消されて。
(はは……遂にやった、な)
——塁を回りながら、俺は幸せだった。初めてホームランを打った事は勿論、飛跳ねて喜ぶナインがホームベースで待っていてくれる事も然りだが。なによりも、これでまだ『俺達の野球』が終わらずに済むという事——みんなで馬鹿みたいに一つの白球を追い、打った取ったと騒ぎ、自分達は泥だらけ……そんな野球が、大好きだから。
「さぁ皆! 続けようぜ、『野球』をさ!」
(了)Lithics作