複雑・ファジー小説
- Re: 言霊〜短編集〜(コメント募集!) ( No.23 )
- 日時: 2012/02/28 18:00
- 名前: あんず (ID: MW95G3Y6)
『アマゴイ』
「おおおおおお!」
沸き上がる歓声。
逆転ホームランだ、と誰かの叫ぶ声がする。
悔しい。
悔しい。
最後の年だったのに。
俺のせいで。
誰も責めない、いや責めてくれないのだ。
いっそ無茶苦茶に言ってくれた方が楽だったのにな。
頬を伝う涙。
自分には泣く資格なんてない、だから。
よく晴れた夏の日
俺の心に雨が降ることは無くなった
◇◆
「玄、朝だぞ起きろ〜」
「.....ん.........」
布団の中でモゾモゾと体を動かす。
眠い。
「早く起きないとフライパンでぶん殴るぞ!」
カンカンと金属音がする。
妹の朱莉がフライパンでも叩いているのだろうか。
「....悪りィ、もうちょい寝かしてくれ...」
布団をかぶった。
遮断される光。
「.....分かった。今日私はで、デェトだからな!朝食の皿は自分で洗えよ!忙しいんだからな!」
「おぅ」
最近めっきり妹が明るくなった。
デート...彼氏でも出来たのかな
9時をまわる。
言ってきまーすと声がして、家の中は俺一人になった。
瞼が重い。
眠りにつくーー。
◆◇
夏休み。
灼熱の太陽の下で俺はマウンドに立っていた。
開城高校、キャプテンの俺率いる野球部はどんどんと勝ち進んでー
県大会の決勝までたどり着いていたのだ。
小学生の頃から努力を続けてきた俺は県下でも名を轟かせるほどの投手で、しかも高3の夏最後の相手はバッターとしては無名のやつだった。
ーこれは勝てるな。
ヤツは守備は良くできる。有名だ。でもバッターとしての経験はないはず。
公式戦で一回もヒットを打ったことがないという情報はは既に偵察役から入手済だった。
汗を拭う。
青い空が眩しかった。
眩む視界。
眩しいーー
運命の瞬間はあっという間で、
俺の頭上を白いボールが通り過ぎて行く。
誰も責めてくれない。
俺のせいで負けたのに。
「先輩.........そんなに泣かないでください.....」
そうだ
俺に泣く資格なぞ無いのだ。
もう泣かない。
そう決めた。
「痛てェ!」
がちゃーんと大きな音がする。
目を覚ますと、手の中にあったのは白い野球ボールで
「....ッ...こんなもん見たくねーよ.......!」
あの時から野球は捨てたはずだった。
部活にも行っていないし、無論勉強にも手が付かない。
振り返ると部屋においてある花瓶が割れていた。
窓を開けて寝ていたからなのか、どうやらこのボールは外から投げ込まれたものであるようだ。
「嫌がらせかよ....」
一人そう呟き、外にいた者に文句を言おうと二階の窓から身を乗り出す。
「すみませーん!ボールとって下さ〜い!」
聞こえてきたのは予想に反し、小さな子供の舌足らずな声だった。
そういえばと近所には小ざっぱりした空き地があったのを思い出す。
下から俺の顔を覗き込んできたのは小学二年生ほどの少年たちであった。
そいつらは俺をじぃっと見つめて...
キャッキャと声を上げる。
「もしかしてお兄さん開城の小野選手!?」
「あ!よく見てみればそうじゃん」
「すげー!」
何を言っているんだこいつらは。
開城の小野と言ったら県大会で全てを崩した最低の選手じゃないか。
わざわざ思い出させるんじゃねーよ...
ギリと歯を食いしばる。
流石にガキに喧嘩をふっかけることはできない。
「すごい格好良かったよねー!」
「はぁ!?」
ミーンミーンと蝉の声がした。
あの日と同じ晴れた空。
「お前ら...バカにしてんのか?俺のせいで開城は負けたんだぞ!カッコ良くなんか.......」
「なにいってんのお兄さん、かっこ良かったじゃん!」
空気が静まり返る。
一人の子供が突然出した大声が真夏の空気に吸い込まれていく。
「........!何言って...........,」
「勝っても負けても頑張った人はカッコいいんだよ!!」
「え....」
「僕はお兄さんに憧れて野球を始めたのに、あんなに格好良かったのに、なんでだよ!」
喉を壊すくらいの大きな声。
木にとまっていた鳥が慌てて飛び立つのが見えた。
少年は
泣いていた。
俺をまっすぐ見据えながらないていた。
「行くぞ、もう帰る。」
「なんだよ左京、急に.....」
「そうだよボールは...」
「あんなヘタレに取ってもらいたくなんてない!くれてやる!」
遠ざかって行く少年たちの背中を見る。
彼らはきっとこれからも未来へと走って行くのであろう。
自然と目から熱いものがこぼれ落ちた。
これは
涙?
あの日泣かないと決めたのに。
俺はただ
泣きたかっただけなのかもしれないーー。
しばらく触っていなかったボールの感触だった。
カーテンが風に揺れる。
白いボールはマウンドの土埃の匂いがした。
しきりに野球がしたくなる衝動。
すべてを捨てたつもりだったけど、俺と野球はいつだって隣り合わせだったんだよな。
靴紐を結ぶ。
今ならまだ間に合うだろう。
右手にボールを握りしめ、
少年たちのあとを追いかけて俺は走り出した。
「おーい!」
ようやく雨が降りました。
ーfinー
あんず