複雑・ファジー小説
- Re: 言霊〜短編集〜(コメント募集!) ( No.26 )
- 日時: 2012/02/25 20:50
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
- 参照: http://www.kaki-kaki.com/bbs_m/view.html?771365
——————私は、螢。
ねえ、また来年も逢えますか——————……?
『螢の約束』
俺が彼女と最初に会ったのは、俺が物心をついた頃のお盆休みに、田舎にあるおばあちゃんの家に遊びに行っていた時のことだ。——俺はあの時、「一人で裏山に行ってはならない」という言いつけを早速破り、迷い込んでしまった。
小さかった俺は、途方に暮れて座り込んで泣いていた。その時、彼女が、声を掛けてくれた。——その時の事を、今でも鮮明に覚えている。
すらっとした華奢で向日葵のように伸びた背丈(十四、五歳ぐらいに見えた)。夏なのに、雪のように真っ白とした、すべすべの肌。真っ黒なのに、まるで蜂蜜のような鮮やかでなめらかな黒い長いサラサラとした髪。瞳は夏の空のように蒼い。綺麗な顔立ちだったが、儚い(当時の俺はこの言葉を知らないけれど)雰囲気だった。
「どうしたの?」
鈴を転がしたような声で聞かれ、俺は一瞬戸惑いながらも迷ったと答えた。すると彼女は吹きだして、
「だから泣いていたのね。蛇と会ってビックリして泣いているのだと思った」
と答えた。
「わ、笑うな!!」
「アハハ、ゴメンゴメン!!!」
その反応に俺はついムカッ、として反論したが、ケラケラと笑う彼女には勝てなくて、悔しい思いをした。
彼女は気が済むまで笑った後、俺に手を差し伸べて、裏山の出口まで案内すると言ってくれた。
その手を取った時、俺はビックリした。——彼女の肌は、あんなにも綺麗なのに、指や手のひらはボロボロになっていたのだ。爪は所々剥がれ、節々がパックリと割れ、手のひらは傷だらけだった。触れてみると、彼女の手はとても冷たくて。
(——なんでこんなにもボロボロなんだろう? なんでこんなにも冷たいんだろう?)
でも俺は、その事を彼女に聞こうとは思わなかった。いや、一瞬思った。でも、彼女の儚い雰囲気と、それに似合わぬ太陽のような笑みを見ると、聞くことをためらった。
彼女に案内されて数分、あっという間に裏山を出る事が出来た。
「ここから行ける?」
「うん、もう家の前だから、大丈夫!!」
「そ。……あの裏山に、一人で来ちゃダメよ」
「どうして?」と聞くと、彼女はまた笑って、
「また今日みたいに迷子になるからよ!」
と答えた(その答えに俺はすぐむきになって反論したけど、彼女には勝てなかった)。
「ありがとう、じゃあね」と挨拶し、彼女に背中を向けて家へ走ろうと思った時、俺は気づいてまた彼女の方へ振り向いた。
「おねーさん、名前は?」
「え……?」
「俺の名前は北野武。おねーさんの名前は?」
彼女は戸惑いながらも、笑顔で答えてくれた。
「……螢。魅祁野螢」
それから、次の日。螢は裏山に居た。
「一人で来てはならない」といわれた裏山だが、「螢がいるから一人じゃないじゃん」というと、「生意気なガキめ!!」と笑いながらいわれた。(「生意気でもガキでもない!!」と反論したけど、やっぱり勝てなかった)
その日は二人でクワガタを捕った。蜘蛛や蜂にびっくりして、螢に笑われた。また反論したけど、やっぱり敵わなかった。
その次の日も、その次の日も。俺が都会に帰るまで、螢は裏山で待ってくれた。
「また来年逢える?」と螢が聞いてきたので、俺はニカッ、と笑って、「絶対来年も来る!!」と約束した。
——————そして、その言葉通り、来年も螢と会った。
来年のお盆休みも、その次のお盆休みも。いくつか年月が流れ、俺は螢に惹かれて行った。
でも、気づいたんだ。
——————螢は、歳を取らなかった。
俺はだんだん身長が伸びて行き、やがて螢を抜いた。でも螢は、成長もしなければ歳もとらなかった。
俺はその時——ああ、螢は人間じゃないんだな、と悟った。
螢は何も言っていない。でも、言わなくたって判ったんだ。
それでも、——俺は螢の事が好きだったんだ。
俺は、いつの間にか高校三年目を迎えていた。大学受験を控えている為、今回は二泊三日だ。
裏山に来てみると、やっぱり変わらない笑顔で螢が出向いてくれた。
「今年は来れないのかと思った」
クス、と螢は笑った。——初めて会った時は、笑顔が見たくて見上げていたのに、今では見下ろすようになっていた。
けれど、今日は何だか何時もと違う。悲しそうな、そんな笑顔をしていた。
でも、その時はあまり気にも留めないで、苦笑しながら受け流した。
「まあ、大学受験を控えているからな」
「いいの? 大切な試験なのに、ここで遊び呆けて」
「俺、これでもか!? という程勉強したぜ!? 休んでいる暇すらも無かったんだぞ!!」
「ほー、偉い偉い」
明らかにわざとっぽい感心を浮かべながら、螢は俺の頭を撫でた。畜生……身長が伸びても、歳をとっても、やっぱり口じゃ螢には勝てない。——でも、それが嬉しいんだ。
暫く他愛の無い話をしている間、螢が思いついたように言った。
「ね、二人でお祭り行かない? 明日なんだけど……」
「お、いいな。今回は、明日までだし」
淡々と話は進んで即決定。午後の五時に集合することになった。
何を着て行こうか、明日が待ち遠しいなあと思っている俺だったが、螢が時々見せる悲しそうな顔が、心に引っ掛かっていた。
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