複雑・ファジー小説

南瓜 ( No.44 )
日時: 2012/03/03 18:09
名前: Lithics (ID: LJORQFwR)

『南瓜』

 ——誰かを欺くように、そこかしこでジャック・O・ランタンが嗤う。オレンジと黒で飾り付けられた会場の雰囲気と裏腹に、何処か盛り上がりに欠ける……酷く中途半端なイベントだとは思わないか。そう、秋の終わりの『ハロウィン・パーティー』というものは。

(ああ……酷いわね、これは)

 すれ違う人々の顔に表情は無い。素顔はおろか感情さえも『仮装』の下に隠し、いい大人たちが戯れる——そんな退廃的な雰囲気が蔓延した、気だるげな会場だった。跋扈する怪物たち、下品な高笑いの吸血鬼、沈黙する死神。冷静に見渡せば誰もが吐き気を催すような雑多な空間は、誰も故意的に『気にしない』からこそ保たれる。

(まあ……私も同じ穴の狢って所かしら)

 深く被ったフードのせいで、視界は半分も無いが……その他の点で『魔女』という仮装は正解だったと思う。衣装は黒いローブだけで事足りるし、何より他にも似たような人の数が多い。よって『私』という個性はここに来て、完全に消えてしまったようなものだった。

(ふっ……くく、くはは……)

 嗚呼、だから私も『彼ら』と同じ。『自分』が無いというのは、なんてゾクゾクするのだろう! 私達はハロウィンの意味など知らず、ただゴモラの民の如く退廃に溺れるのだ。何をしても『私』の罪とはならず……いや、甘美な罪自体は在っても、それには罰が伴わない。誰も『魔女の毒』から逃れ得るものなど居ないのだ——

 ——そして。私がローブの懐から取り出した小瓶を、誰が見咎める事が出来ただろう。その中身を見知らぬ他人のグラスに次々と注ぎ入れたとしても、気付く者はない。此処では誰もが自分の欲望に掛かり切りなのだから……お菓子を配る『大人』は存在しないのだ。だからこそ……

「Trick or Treat……ふふっ、悪戯が過ぎるかしらね」


——南瓜の灯だけが、私を嗤う。その刳り抜かれた空虚な眼と口に、底知れない黒を湛えて。

(了)Lithics