複雑・ファジー小説

Re: 言霊〜短編集〜(『夏』完成!コメント募集!) ( No.45 )
日時: 2012/03/03 23:50
名前: あんず (ID: UnXRlUte)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode


『クレイジー』


明かりが蛍光灯から電球へと切り替わった。
纏わり付く薄闇。ちりちりと音を立てながら部屋を照らしている。

辺りは最前列の人でも目を細めてしまうほど暗い。
・・・でもこれだけ暗ければ役者や観客に顔を見られなくて済むだろう。とにかく一人になりたかった。

カツコツという足音と共に舞台袖から奇抜な格好をした男がひとり出て来る。語り部、であろうか。彼は舞台の中央まで歩き、くるりとひと回りしてお辞儀した。貼り付けたようなつまんない笑顔。
吐き気がした。






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ケタケタケタと狂ったような笑い声が背中を追ってくる。暗くて細長い廊下を駆け抜けた。
「......ッ!」
上手くバランスが取れずに足首を捻ってしまう。襲う痛みに耐えながらも必死になってハイヒールを鳴らして。零れそうな涙を堪えながらネオンで彩られた都会の路地に逃げ出した。



「・・・何あれ、ほんっとうに有り得ない!」
人に見られないよう人通りの少ない路地をこれ異常ないほどの速さで家まで駆けた。
帰り着くなり家中の電気を全てつける。影が迫ってくる感覚。

本当に偶然だったのだ。おかしくなってしまうくらいのぐしゃぐしゃな気持ちで泣きじゃくりながら夜の街を歩く。
たまたま差し出されたポスター。気持ちを落ち着けるつもりで入った劇場だった。開演時刻は数分後、その上値段も他のものに比べれば安いときているのだ。まさかあんなことになろうとは。

「登場人物はおかしいしまず語り部からして狂ってる。麻薬でもやってそうなラリった口上なんて聞きたくないっての!」

思いを吐くように叫んだ。窓ガラスがびんびんと震える。

「観客への配慮なんてまったくないし、あんな作品大嫌い!」

嫌な気持ちで心が埋まっていくのが分かった。唇を噛み締める。こうなってしまったのも全てあいつのせいだ。
もしも神様がいるなら呪ってやる。絶対に。






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その頃の私はもの凄く頭が悪くて。やっぱり衝動買いは良くないな、今日みたいな目にあっちゃうわけだし。

入社試験には3つ落ちた。神様ってやつは幸せなヤツに幸福を、困っているヤツに災難を与える代物。
私はあの人に出会いたくなかった。

雨が降り出してきたため私は喫茶店に入った。折り畳み傘を忘れたのも神様の連鎖の一つなんだろう。

「濡れるよ、お嬢さん。」

傘を差し出してきた彼がどんなに素敵だったかは誰にも理解してもらえないはずだ。
冷たく湿った私にそっと傘を差し出してくれた彼は、とても、輝いていたんだ。

私は愛してしまったんだよ。






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「身勝手なのよ・・・あの野郎・・・・・・!!!」

愛していたはずだ。私は彼が好きで彼も私が好きだったはず。二股されるなんて思ってなかった。あんな男のために泣きたくないけど零れてしまうモンは仕方がないさ。
もしかして愛ではなく依存なのかもしれない。でもお願い。嘘でもいいから綺麗ごとを信じさせて。

手当たり次第にそばにあったものを壁に投げつけていく。
ガシャーーン、と大きな音がした。マグカップ。2人で選んだおそろいの。くっつけるとハートになるんだ。
もういらない、こんなもの。燃えないゴミの袋の中、たくさんの欠片がうずまっていった。






いつからこうしていたんだろうか。時計を見るともう11時を回っていた。散乱した部屋の中、ここで一人。
ケタケタと響く笑い声が再び脳裏をよぎる。ああ、思い出したくないことを思い出してしまった。

その時。静まった部屋に響いたのはチャイムの音で。
「・・・はい。」

ドアを開ける。



立っていたのは別れたはずの、


「リク・・・・・・・」
「麻美・・・・・・・・・・!」



何でコイツはここにいるんだ。二股かけてて、今度私の知らない誰かと結婚するんじゃなかったのか?なんで平然と立っているんだ?


不意に抱きしめられる。
喉から出掛かっていた帰ってよ、の声が閉じ込められてしまった。

「なんで・・・・」
「やっぱりお前しかいない。麻美、もう一度」


玄関先での出来事。いつの間にか降り出した雨が冷たい頬を伝わる。
熱のこもった強い腕を私は振りほどくことが出来なかった。

嗚呼、クレイジー。

狂ってるんだ私は。あんなに嫌だったのに、立ったこんだけのスキンシップで、私は。
彼の瞳は陰っていた。彼もきっとおかしいんだと思う。みんなみんなクレイジーだ。

他の人のものなのにこんなにも愛しいんだよ。ああ。

依存。
私と彼は何もしなかった。抱き合ったまま。それ以上もそれ以下も。


今何時なんだろう。考える。
でも、なんかもう、どうでもよくなっちゃってさ。

くしゅんとくしゃみがでた。
秋なんだから今はとっても寒いはずなのにな。

コートも着ないで私たちとってもクレイジー。

人間ってみんな心の中はあの語り部みたいにどっか壊れてるんだと思う。

神様、私を呪って下さい。


秋は飽き。人間みんな脆いんだよ。
依存の季節。

所詮、ね——。






−fin−
あんず