複雑・ファジー小説

季節外れ ( No.47 )
日時: 2012/03/04 13:49
名前: Lithics (ID: StvfWq.v)

『季節外れ』


「ねぇ、今から『花火』やろうよ!」

「えっと…………はい?」

 ——その季節外れの提案は、同棲している彼女によるモノだった。その時は既に9月も終わり近く。この北国においてはもう夏の影など何処を探しても無いのだから、その一言はあまりにも突飛だったのだが。

「だから、花火だよ! 夏のキャンプで皆とやったのが随分と残っちゃってて……来年まで取っておくと湿気るでしょ?」

「ああ、あれか……いやしかしな、あまりにも季節感ってものが」

「いいじゃない、別に。それとも、私と二人きりでやるのは嫌?」

 渋る俺に、ニヤリと笑いかける彼女。こういう小狡い事を言われると、一度くらい反撃したくなるモノなのだが……それはそれでホントに誤解して泣いてしまうような女の子だった。男子諸兄よ。この世で女性ほど難しいものは無いと思うのだが、どうだろうか?

「……ふぅ、分かったよ。なら河川敷に行こうか、あそこなら広さも十分だろ」

「うん! へへ、楽しみだね〜!」

 苦笑いの俺に対して、彼女は満面の笑みではしゃぐ。所謂、『お祭り女』である彼女と過ごす毎日——特に夏休みは、まるで洗濯機の中身の如くかき回されるようで。その実、下らないと思いながらも喧騒を楽しんでいる自分も居た。平素から『鉄仮面』なんて渾名が有るくらい無感動だった俺なのに、その『スリルと冒険』に満ちた激動を経て少しは変わってしまったようだった。そりゃ、ちょっとは惚れた弱みというのもあっただろうが。だって、矢張り笑っている時が一番可愛いのだ、仕方ないだろう?

———
——


「うわぁ……流石に誰も居ないねぇ!」

「ああ…………」

 そして、到着した川岸は見事に無人。少し前まではやれBBQだ、花火だキャンプだと若者たちで賑わっていたのだが。空を仰げば、秋の澄んだ空気で鋭さを増した三日月が、王様のように浮かんで……確かに、もう『夏』とは雰囲気が違うのだと実感した。こうしていると、『四季』の移り変わりがどれだけ俺達に影響を及ぼしているか分かる気がする。

(『秋』か……なんでだろうな、酷く寂しい感じがする)

楽しい季節は終わった。『秋』になった途端、今まで騒いでいた血が鳴りを潜めてしまって……それは結局、過ぎ去りし『夏』という熱い季節がヒトを動かしていたという事だったのだろう。特に今年の俺はそうだったのかも知れないと思えば、その『熱』も無くなった今、一体俺は——


「ふふ、隙アリ !! 喰らえ、水平発射3連発!」

「は……? う、うわぁ!?」

 突然に弾ける閃光、シュッという乾いた破裂音。それは色鮮やかな光弾が眼前に迫り来る、ちょっとファンタジーな光景だった。身を捻り躱した先で炸裂する『打ち上げ花火』……当たったら結構痛い、というか先ず火傷をしそうだ。そんな冷や汗を掻く俺を見て、即席の狙撃手と化した彼女は鈴を転がしたように笑った。

「あはは! 凄いね、全部躱すなんて……じゃ、次は10連発♪」

「ばっ……正気か !? 説明文を良く読んで考え直せ、つうか俺に向けるな!」

「い〜や! なんか一人で遠い目してさ、私を放っておいた報いを受けろ〜!」

「ぼ、暴論だ! この、本気で狙ってやがるな……!」

 シュッシュッと連続して発射される花火の音は、アクション映画で見たサプレッサー付きの拳銃に似て凶悪。絶対楽しみ方を間違えているというのに、閃光に浮かぶ彼女の顔は眩しいくらいに晴れやかで……その表情を見ただけで、この悪戯に対する怒りも、先の感傷も消えて無くなってしまった。仕方が無いから俺も——せいぜい楽しませてもらうとしようか。

「ああもう、仕方が無い……いいさ、全部躱してやるから掛かって来い!」

「言ったね〜? へへ、それそれ!」

 ……その挑発については、後に海よりも深く反省して深海魚辺りに告解の秘跡を求めようかと思った。彼女が自分で空回りする分には可愛いが、敢えて油を注いでやる必要性は無いのだと心の奥深くに刻んで。火花(誤植に非ず、地上を低く飛ぶのは『花火』では無い)とのダンスは小一時間続くのだった。

———
——


 ——やがて喧騒は終わり、俺達は蝋燭を囲んで肩を寄せ合う。手元で煌めく線香花火を見ていると、その静かで儚い光に吸い込まれそうになった。いつまでも続いて欲しい一方で、長く続くと余計に終わりが怖くなる……そんな感傷。それでも『楽しい』と思えるのは、隣に彼女が居てくれるからなのだろう。

「信じられん……普通、彼氏相手に『噴き出し花火』に火を点けて投げるかな」

「あはは……ごめんってば。あんな風に爆発するとは思わなかったから」

「はあ、全く……ははッ……」

 軽く笑って、また空を仰ぐ。相変らず鋭い秋空だが、この小一時間で見方は少しだけ変わってしまったようだ。『秋』に感じていた寒々しい印象は解け、代わりに在るのは——汗が冷えていく爽快感と、火と彼女の温もり。だからきっと、少なくとも彼女にとっては『季節』など関係なくて。

「……? なに、どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」

「いや……はは、なんでも無い。なぁ今度……そうだな、紅葉狩りにでも行こうか」

「え、ホント !? えへへ、勿論OK! 貴方から誘ってくれるなんて珍しいね〜」

「はは……何か仕返しを考えておかないとな」

 ——そう、彼女が教えてくれたのだ……ヒトを動かす『熱』は、ヒトの中に在ると。しかも二人なら、その熱も二倍在る訳だから……『秋』という季節のせいにして引き籠るのは勿体無い、素直にそう思った。楽しい事は、ずっと続く。俺達がそう望むのなら、どんな季節でも、何歳になっても……青春は終わらないのだ。

「よし……線香花火をどっちが長く続けられるか、勝負しようか」

「むむ! 言ったわね〜、受けて立とうじゃない!」


 ——それじゃあ、また来年、その次もずっと。出来るなら、君と二人で。

(了)Lithics