複雑・ファジー小説

Re: 言霊〜短編集〜 ( No.5 )
日時: 2012/02/26 17:06
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)

                     ——————春は嫌いだ。
                     春なんて——————……。


「——貴女、私たちの娘にならない?」

 遠縁の小母さんと小父さんが、私にそう言ってくれた。




『遅咲きの春花』

 春は嫌いだ。訪れる度に友達と離ればなれになるし、大好きな祖父母が死んでしまったのも春だし、住み慣れた家を出て行かなくてはならなかったのも春だし。
 でも——一番嫌だったのは、両親を失ってしまったこの春。

 あの日、父さんと母さんは、私に内緒で卒業祝いを買いに行っていたんだ。私が春になると元気が無くなるから、励まそうと——。
 でも、帰りに事故にあった。
 トラックに押しつぶされて、両親の頭はこっぱみじんになっていた。その残酷な描写は小学六年生である私には耐えきれないだろうと言われ、遺体すらも見ることは叶わなかった。
 お通夜、お葬式、淡々と事は流れて行って……。


 部屋の窓からアパートの庭を見降ろしてみる。庭には、早咲きの桜が植えられていた。
 ——私は、もうすぐこのアパートを出なければならない。未成年である私は、親戚に預けられなければならないからだ。
 でも—————今の私は、外出することすらままならなかった。

 判っている。全ては偶然の不幸が重なっていることで、春になる途端私が不幸になることはないのだ。——判っていても、やっぱり春を好きにはなれない。
私にとってラッキーだったのは、私を引き受けてくれる人がまだ見つかっていない事。理由は私の家が借金だらけだったのと、私が普通の子供とは態度が違う、『変な子』だったからだろう。
出来れば、このままこの部屋を出たくない。もう別れなんてしたくないんだ。駄目だと判っていても、もう何処にも行きたくないんだ——。


 ピンポーン。インターホンが鳴った。
 誰だろう? 私の家に来るのは大家さんか刑事さんかお隣さんだけど——————。
ドアを開いた先には、お通夜と葬式でしか見たことのない、遠縁の小母さんと小父さんが立っていた。
 いきなりの来客に、思わず私はバタバタとしながら二人を居間へ上がらせ、お茶の用意をする。
 手際が滅茶苦茶悪かったけれど、小母さんと小父さんはニコニコと笑いながら飲んでくれて、小母さんは、おいしいわ、と褒めてくれた。
 その時、緊張でガチガチだったのに、少しずつほぐれていくのを感じた。

「あのね、私たち貴女に話があって来たの」

 湯のみをちゃぶ台の上に乗せて、小母さんが本題に切り出した。

「私たちの家は、ちょっと広くて。でも子供が居なくて、寂しいのよ。だから、もし良かったら——」

 一呼吸置いて、小母さんは微笑んで言った。

「貴女、私たちの娘にならない?」

 あまりにもいきなりな言葉に、私は呆然としていた。その様子に、慌てて小母さんが修正する。

「あ、貴女が良かったらの話よ!? 嫌だったら、断ってもいいし……」

 その時、小父さんが小母さんの様子に見かねて私に言った。

「——もし、君が嫌だったら、家を出てもいい。けれど、今は落ち着いた環境に居る事が大切だと私は思う。もし、君が私たちの娘になりたいのなら——私たちは、喜んで歓迎する」

 その言葉に、ふっと、心の扉が開かれるのを感じた。
 ニコニコと笑う小母さん。静かに微笑む小父さん。——二人の言葉が、とっても嬉しかった。
 この住みなれた部屋を出て行きたくなかったのに、何故か行きたいって、感じたんだ。

「……お、おねがい、します……、小父さん、小母さん」

 かすれた声で、私が言うと、小父さんが修正した。

「——おいおい、小父さん、小母さんか?」

 あッ……。

「お父さん、お母さん……」

 そう言うと、涙がぶはあ、と溢れだした。空っぽだった心が、満たされていくように感じた。

「これからよろしくね。——『春花』ちゃん」

 新しいお母さんが、私を抱きしめながら、私の名を呼んだ。





 春は嫌いだ。——でも、私にも『春』は来たんだ。
 遅咲きの、春の花だけど、ね。


             終