複雑・ファジー小説
- Re: 言霊〜短編集〜(第Ⅱ部開始、題『天気予報』) ( No.70 )
- 日時: 2012/05/21 20:30
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: SzPG2ZN6)
『明日天気になーれ
晴れれば遊べや
雨降りゃ憂えや
明日天気にしておくれ』
町人が歌うは、明日を決める、下駄の歌。
——————
「うわぁ、お母さんありがとう」
とある時代の、とある村での話だ。
いや、実質としては村と言うよりも、百人ちょっとの農民が集まって暮らしている名もない集落だ。
だが、人里離れた辺鄙な場所という訳では決してなく、賑わう城下町もすぐそこにある。
ただ、そこに町があるのになぜ山で暮らそうとするのか分からない、それだけの理由で人口が少ないのだ。
俗世から離れたい人、緑の中で過ごしたい人、城下町に住めるほど裕福ではない人が、居住していた。
その中でも、一応は金があり、町でも生活できるが、自然の中を好んだ家族の物語だ。
その中心に立つのは、目を輝かせて箱の中を凝視して、顔を上気させている幼い男の子だ。
その周りにいて、その木箱の中身を送ったのが、勿論のことながら彼の両親である。
息子が喜びを表し、ぴょんぴょんとそこいらを飛び跳ねるのを見て二人は微笑んでいた。
五歳になった彼の初めての誕生日プレゼントは、履き物、下駄だった。
赤い鼻緒の、漆塗りの子供用の、それなりに高価な一品だろう。
新品の下駄を家屋内で試着する少年を眺めながら、二人は満足そうにしていた。
「買ってきたのはお母さんだけど、注文してたのは父さんなんだぞ」
「そうなの? ありがとう」
子供らしい、元気いっぱいの声で、子供らしく真っ直ぐに感謝の色を彼は示してみせた。
そして、それは家で履くものではないと母からたしなめられたので、床に腰掛けて名残惜しそうに脱ぎ始めている。
ふと、幼い彼の目が、元々下駄が入っていた木箱の側面に向かって吸い寄せられた。
そこに、墨を使って達筆で書かれていたのは、詩のようなもの。
当然、まだ字が読めない少年は、父母に対して、その意味を訊きたがった、子供らしい、好奇心で。
「ねぇ、これ何て書いてあるの?」
「どれのことだ。ああ、これか……」
楷書体だが、当然その時代はそれが普通なのだから父親の彼はあっさりと読み上げていった。
『明日天気になーれ
晴れれば遊べや
雨降りゃ憂えや
明日天気にしておくれ』
ようするに、明日の天気を占う迷信みたいなものだなと、息子ではなく自分に納得させるかのような口調で説明し、彼は満足そうな表情を浮かべた。
上手く説明できたことに対する無言の歓喜など幼い子供は無視して、またしても関心は下駄へと戻っていた。
見れば見るほど美しく、木目一つとってみても、芸術家が狙いすましたかのような模様に見えて仕方がない。
音楽を好きなものがそれを聴いても飽きないように、今の少年はいくらそれを見つめても飽きないようで、食い入るように眺め続けている。
こんなに喜んでくれたなら、買った甲斐があったというものだと、母親はとびきりの笑顔を作った。
初めての誕生日の贈り物にしては上手くいったようで、どちらかと言うと充足感よりも安堵の方が強いように思える笑顔だ。
拒絶されたらどうしよう、無意識のうちにそういう不安が募り募っていたらしい。
「じゃあ、町に行こうか」
嬉々としている息子の肩を叩いて、父親は外に出ようと促した。
ご飯の用意をしなければいけないから、母親は留守番をする、ということになり、父と子の二人が町に行くこととなる。
うん、行こう、と言ったのはいいのだが、少年は何を思ったのか手に持ったそれを床に置いた。
「何をしてるんだ?」
「えっ、どうしたの?」
「下駄って言うのは履くためにあるんだぞ」
「じゃあ行ってきます」
出かける準備ができた二人は、もう戸口に立って、今にも町へと続く道を歩いていこうとしているところだ。
まだ履き慣れていない新品の下駄に足を慣らすように、そこいらを歩き回っている。
しかし、初めて使うというのに全く違和感がないという、奇妙なことが起こっていたからそれは不要なはずだ。
有り余る力を発散させるためにそこいらを走り回っていたいのだろう。
父親と、その妻が二言三言話した後に、彼ははしゃぎっ放しの少年を呼び付けた。
「もう行くからこっちに来なさい」
今まさに空を舞う蝶々を追いかけていた幼子は、本来の目的を思い出して両親の下へと駆け寄る。
走るのも自由自在になっているのに、内心彼らは驚いていた。
この五歳の少年は、下駄を履くのが人生初のはずなのに、ものの五分程度でそれと長らく付き合ってきたかのように振る舞っている。
まあ、接地面積が小さいとはいえ、履き物は履き物、体幹の平衡を一々崩すための代物ではないのだと、二人は正当化した。
「それじゃ二人とも、行ってらっしゃい」
母の、もしくは妻の声を背中に聞きながら、大と小の二人組の男たちは麓の町へと向かっていった。
二人が見えなくなるまで、その背中に向かって腕を降り続けた彼女は、彼らが去った後に振り返って、しきりに一人考え事をしていた。
「それにしてもこんな詩、聞いたことがない……」
——————
「お父さん、今日はどこに行くの?」
「御輿の点検に行かないといけないんだ。父さんの仕事はそういうのの修理と、大工の両方だからな」
そうなんだ、とは言いながらも町の方に目が行ってしまっていると、本当にこっちの話を聞いているか疑わしい。
今まであまり町に来る機会が無かった上に、今日訪れる通りは、彼にとって来たことのない場所だから、関心をひかれても仕方がないのだが。
ここいらには、魚屋や八百屋という、普段買い出しをするような店は一切ない。
その代わりに、子供の目を引き付け、離そうとしない絡繰りなんかを売る店が林立している。
確かにほとんどの店に玩具の類が置いてあるのだが、その店の主人が作っている場合が多いので、店舗によって素材や設計、色合いが全く異なっていた。
「凄いよ、人形が勝手に歩いてる」
彼は興奮した口調で、たくさんある店の中の一つ、御繰屋という所をじっと見ていた。
どうしたのかと思って父親が覗き込むと、店の中で日本人形が、床を滑るように進んでいた。
歩いているという言葉には少し語弊があるが、それでも確かに独りでに進んでいた。
「ああ、これか」
それは、父にとっては普段から見慣れたものなので、大して驚きはしなかった。
ゼンマイ仕掛けで、足の裏の部分には小さい滑車状のものをいくつか装着している。
御繰屋の常連となっている彼には、店主だけでなく、客引きの彼女も充分に見知った中だった。
「ここの店主が、源さんって言うんだ。その下駄を、町から取り寄せてくれたんだ」
「そうなんだ。お礼した方が良い?」
「いやいや、礼儀正しいのは良いことだけど、その必用はないよ」
向こうは厚意じゃなくて、商売でやってるんだからね。
そう言ってやると、厚意って何? と返され、悪戦苦闘しながらも教えてやった後に今度は商売について聞かれて、今度こそお手上げだと、父親は黙り込んでしまった。
「お神輿って何?」
「お祭りの時に皆が担いでるやつ。この町のは装飾がきれいだよ」
屋根が真っ赤で、金や銀のヒラヒラした紐が何本も何本も伸びていて、持ち手が担ぐ棒の部分は真っ黒な上から漆塗りで、美しく黒光りしている。
ここの御輿の修理と点検を、年に一回するようになってから、七年の歳月が過ぎていた。
何度見ても、その美しさを、完璧に目に納めるのは不可能ではないかと、彼は常々感じている。
——————
父親の仕事は今年は点検だけに終わり、後は何事もなく、二人は家に帰っていた。
真っ赤な夕焼けは、今日も名残惜しそうにしながらも、遠い山の向こうに沈んでいこうとしていた。
まるで地面を焼き焦がすような、うだるような暑さは、夏を夏らしくするために虫に力を与えていた。
真っ白な蝶々、黄色い蝶々、ジージーと五月蝿い蝉は鳴き狂い、眠っていた甲虫は地面の中からその姿を現した。
「お祭りっていつなの?」
「明日だよ、晴れると良いんだけど」
「明日は晴れるの? それとも雨が降るの?」
「分からないけど……下駄占いしてみるか?」
下駄占い、その言葉を聞いた少年の目は丸くなり、すっとんきょうな声を上げて、いつものごとく質問攻めが始まった。
「下駄占いって何なの?」
「下駄を転がして明日の天気を占うんだよ」
「朝のあの木箱の歌?」
「そうそう」
こんな風にやるんだよ、と言った父親は足を後ろに軽く蹴りあげた。
そして、間髪を入れずに振り下ろし、前の方に蹴りだした。
蹴りだす足は、少年の目の前で綺麗な円弧を描き、空中を舞うように落ちていく下駄は、放物線を描く。
乾いた音を立て、一度だけ跳ね上がった下駄は、鼻緒を天に見えるようにして、ゆっくりと地面で動きを止めた。
「こうなったら、晴れなんだ。やってみる?」
「うん、やってみる」
そして、無邪気な声で歌いながら、彼は後方に蹴りだした。
夕焼けだけが浮かぶ空に、幼い少年の声は遠くまで響くように透き通っていた。
『明日天気になーれ
晴れれば遊べや
雨降りゃ憂えや
明日天気にしておくれ』
可愛らしい足が、小さな下駄を宙へと投げ出した。
くるりくるりと回転しながら、斜め上へと上昇していくが、上へ動く運動は一瞬制止された。
その次には、落下運動が始まった。
地面に向かって吸い込まれるようにして、下駄は落ちていく。
少年の目には、なぜかその動きがたいそうゆったりとしたものに見えてならなかった。
カラコロと弾むような美しい音色と共に、地面に到着した下駄は普通の向きで立っていた。
それが晴れだよ、そう告げられた少年は、屈託のない笑顔をその顔いっぱいに浮かべた。
翌日の、夜、太鼓と御輿の声援が大気を震わすお祭り騒ぎ。
その満天の星空を邪魔する雲は、一つたりとも浮いていなかった。
- Re: 言霊〜短編集〜(第Ⅱ部開始、題『天気予報』) ( No.71 )
- 日時: 2012/05/23 22:49
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: .8PfC7U9)
「お祭り、楽しかったね」
「そうだな。晴れて良かったよ」
澄み渡った濃紺の空の下、祭りの名残の騒々しさが残る夜道を、三人の家族が歩いていた。
ここ数年の祭りの中でも最も好天だったらしく、初めての祭りに少年は大満足だった。
「それにしても、本当に当たったね、占い」
「ああ、そうだな」
一度の成功に味をしめたのか、少年は明日の天気を占おうとしたのだが、母親に止められた。
人通りが多い所は危ないので家の近くに帰るまでは止めておきなさいと、当然の抑制。
ちょっと機嫌を損ねてしまった少年だったが、家に着くまでの辛抱だと思い留まった。
祭りが終わってもまだまだ空は澄み渡っていて、雲一つ見えない。
明日、雨が降ると言われても思わず否定してしまうほどに満天の夜空だったのだ。
「下駄占いって絶対当たるの?」
「いや、そうでもないよ。父さんもよく外れたもんだ」
そうなの? と少年は訊き直してみても、あっさりとそうだよと肯定された。
もはや、「何で?」と「そうなの?」が口癖になっている男の子はその理由も知ろうとしたのだが、「父さんも分からない」の一言で締め括られる。
それ以上は訊いてももう無理だと分かった少年は、ひたすら帰ることに集中した。
現に今日当たったのだから、明日も当たると信じていれば良い、それだけの話なのだから。
我が父が何度占いに裏切られようとも、自分は当たると信じきっていた。
事実として翌日、天気予報には外れたとは言え、下駄占いには裏切られなかった。
——————
「あれ? 晴れてるよ」
翌朝、目覚めた彼は朝食をとるよりも早く、条件反射のように外へと飛び出した。
昨晩、占った限りでは今日の天気は雨になるはず、そう信じて疑わなかった彼は、窓から射す光と静かな外を疑った。
雨なのに、どうして地面を打つ音がしたいのだろう、とかなんでお日様が出ていないのだろう、とかを疑っても、決して占いの結果を疑わなかった。
だが、それは検討違いな事だと木の引き戸を開けて初めて少年は理解した。
外の光景は、雲はちらほら顔を見せていても、目を疑うほどの快晴。
いつもの通り、じりじりと焼き焦がすような暑さと、目を眩ませるような明るい太陽が、今日は晴れだと告げている。
「あら、起きたの。ご飯よ、こっちに来なさい」
戸口を開ける音で彼の起床を悟った母が、サクサクとした調子で包丁を扱いながら息子に声をかけた。
台所にいる母の声を聞くや否や、今にも口から出かかった不平不満を飲み込んで、引き下がった。
昨日父が毎回当たるとは限らないと伝えてくれていたのだが、自分は外れないという妙な自信を持っていたために少なからずショックを受けているのだ。
「今行くよ……」
未だに予報が外れた事実を納得できない彼は、後ろ髪を引かれるのとよく似た想いで振り向いた。
しかし、何度見ても天候が変わるわけもなく、容器に降りそそぐ日の光は少年をあざけっているようだった。
そんな様子に、場違いな薄情さを感じ取った少年は半ばふてくされて朝食に向かった。
何に腹を立てていようと、食欲には叶わないもので、逆にやけ食いでもしてやる勢いで食卓へと向かった。
しかし、そんなものがどうでもよくなるような異変が目の前に現れた。
最初、それをどう受け止めていいものか彼は全然分からなかった。
目の前で自分の御飯を用意してくれている母は、いつもどおりに見えても、やはり何か変だ。
動きの一つ一つがたどたどしいというか、妙にもたついている気がしてならない。
動きが重たいような、調子が悪いような————。
「お母さん、大丈夫なの?」
しばらく考えて状況を理解した少年は母親に極力優しい声で話しかけた。
だが、その声は今まで対面したことのない状況のせいか、彼自身にもあっさり分かる程に震えていた。
どうしよう、その五文字が延々と頭の中を渦巻いていた。
「大丈夫よ、ただの風邪だから。心配してくれてありがとう。ご飯食べなさい」
ただの風邪、その言葉を聞いて安堵した少年は並べられたお椀に手を伸ばした。
率直に言うと、この時少年は風邪の何たるかなどさっぱり分かってはいなかったが、落ち着きのある母に諭されて安心しきっていたのだ。
普段通りの、野菜のみそ汁、漬物と粟を頬張りながらコホコホと声を立てて咳こむ母を見てみる。
多少、息苦しそうにはしているが、平静を保っているように見える。
ただし、あくまでも『見えるだけ』だと気づくのは、そう遠くなかった。
今日は早朝から夕方手前ぐらいまでの仕事らしく、父親はすでに出かけていた。
後から少年は知ったのだが、父は母に、辛いなら寝ておけとちゃんと釘を刺していたらしい。
そして、ゆっくりと朝ごはんを食べながら思うことは、思い出したことは一つだった。
しつこいと思うだろうが、下駄についてだ。
今思い出すと、残念さよりも苛々が募ってくるのが自分でもわかったようである。
眉の間に皺を寄せ、不満の表情を浮かべている。
ただしそれは、外れた占いでも、それを提示した下駄でもなく、易々と信じ込んだ自分への怒りだった。
その鬱憤を少しでも吐き出してやろうと思い、食後すぐに家の目の前の野原へと駆け出した。
たとえ嫌なことがあっても、雄大な自然の前では忘れられる。
何とも悟りを開いたような意見だとは思うが、彼の場合体験に基づいているのだから普通だろう。
それこそ、大都会の大人が、自然の中で暮らすよりも先にそんなことを言う方がよっぽど驚きだ。
田舎の良さはきっと、住んでみないと分からない。
一瞬、例の下駄を履こうかどうか考えたのだが、履くことにした。
今なお占い占い言っている自分がどうにも恥ずかしくなっていた彼は、そろそろ忘れようとするために、両足の親指と人差し指の間に鼻緒を入れた。
辰の刻から、そろそろ巳の刻の終わりごろに近付くと、そろそろおなかも空いてきたので彼は家に帰った。
お昼も大体いつも通り、稗と大根の漬物、後はあっても海苔ぐらいだとは彼も理解していた。
流石に、米を主食とする程に裕福な家は、この集落ではなく城下町に住んでいた。
しかしだ、ここで、今朝最も懸念していたことが起こったのだ。
家に帰ると、玄関口のすぐそこで青い顔で弱々しくしている母が座りこんでいたのだ。
悠長にしている暇は刹那にもないとでも言うように、足から投げ捨てるように宙に放り出した。
この時、彼は見ていなかったのだが、放り出した下駄は明日が晴れだと、予言していた。
「どうしたの?」
「ごめんごめん、ちょっと気持ち悪くなっただけだから」
だが、ちょっと気持ち悪いどころか相当気分が悪いのだろうとはすぐに分かった。
だからこそ少年は、昼ご飯などよりも休んでくれと言おうと口を開けたのだが、あくまでも母は大丈夫だと言い張る。
それでも諦めずに、半泣きになって駄々をこねるような形になると、ついには折れたのか、母親はようやく首を縦に振った。
少年のその後の行動は、自分でも何をしたのか覚えておらず、それこそ何かに憑かれたよう。
昼ご飯は、味どころか何を食べたのかすら、覚えていない。
それほどに、生まれて初めての、母の体調不良という事態は彼にとって本当に一大事だったらしく、以降の人生では症状が多少重くとも落ち着いていた。
「こっちの部屋で寝ていてよ」
昼食を慌てて食べ終わった彼は、口元や頬に食べ物を飛び散らせた顔で母親を寝室へと促した。
顔にものが付いている不快感はしっかり感じていたようで、近くの水で顔を洗った。
ありがとうと、ただそれだけを口にすると本当に具合が悪いので、横になった途端、彼女はすぐさま夢の世界へと出かけた。
そこまで終わると、ようやく安心しきったのか少年は安堵のため息を吐いて床の上に寝転ぶ。
一気に緊張が抜け、身体中から力が抜けて、背中を床に叩きつけてしまうほどに、彼の脱力はたいそうなものであった。
ただ、ずっとこうしては居られないとでも言うべくして、寝転んだ状態からまた座り込む。
もしも辛そうな素振りを見せたら自分が何とかしてやるんだとでも言わんばかりに。
しかし、どれだけ長く横に座っていても、呼吸が乱れることも、怪しい汗をかくこともない。
最初の方は、いつ気分がより一層悪くなるか分からないとびくびくしていた幼子だったのだが、終にはこんなものかと、飽き飽きとした感じがした。
そして、気付いた時には彼は眠りこんでしまっていた。
どれほど寝たら気がすむのだろうと、帰ってきた父親が、すっかり夕食の準備が整った卓から立ち上がって息子の様子を見てみると、まだ安らかな寝息を立てている。
すっかり元気になった母は、ちょっと肩を竦めてみせた。
「ま、このまま寝かせてあげましょう。きっと、あの子も明日になったら元気になるわ」
「今日は、心の中に土砂降りが降ったみたいな日だったんだろうな」
眠る少年に、そっと掛け布団を羽織らせながら父親は彼を起こさぬようにほそぼそと呟いた。
明日こそは、彼が晴れてくれたら良い。
それだけを考えながら、少年を静かにそっとしておいて、妻の方へと戻った。
今となっては大丈夫だと言っているがどこまで本当か分からないからだ。
普段はかなり温厚かつ適当なのだが、健康面だけには几帳面な彼は、心配そうな目つきで妻の方に戻った。
その翌日、外の天気は地面という太鼓に雨という撥を叩きつけるような悪天候だった。
だが、彼の心の中の天気は、青々と澄み渡るような、限りなく広がる快晴だった。
title『心の天気予報』fin